ヘンリー王子はなぜメーガン・マークルさんを選んだのか。オバマ前大統領夫妻との関係は。
ヘンリー王子とアメリカの女優メーガン・マークルさんの結婚式が、5月19日に行われた。
調査会社YouGovが結婚式の5日前、14日に発表した世論調査によると、二人の結婚式に、英国民の66%は「関心がない」と答えている。
「反対」ではなく「関心がない」と答えるのは、人々の優しさ、あるいは気持ちの複雑さを表していると思う。
筆者は「オバマ前大統領がいなかったら、この結婚そのものがなかったかもしれないな」と思いながら中継を見ていたら、フランスのテレビでコメンテーターが同じことを言ったので、「やっぱりみんなそう思うんだな」と思った。
オバマ氏との友情をアピールするヘンリー王子
「ル・モンド」紙の特派員によると、英国王室にメーガンさんが入るのは、アメリカでオバマが立候補した大統領選と同じようなことだと考えている人々がいるという。
世界一の大国アメリカの大統領に黒人が就任ーーこれがどんなに世界を変えたことか。
そのせいかどうか、ヘンリー王子は近年、やたら「オバマ」だった。
王子は「私はオバマ夫妻を友人として結婚式に招待したい」と言っていた。
オバマ夫妻が結婚式に出席するのかについては、英国でもアメリカでもずーーっと注目されていた。
何かにつけ、ヘンリー王子は「オバマ夫妻は招待されているのですか」「来るのですか」と質問されていた。王子は「まだわからないよ」「サプライズをダメにしたくないからね」などとかわしていた。
4月頃に、どうやら無しとわかった後にも、当日まで「やっぱり来ないんですね」と言われているほどだった。
招待者リスト問題では、メーガンさんの父親に次いで、話題になっていた。
実際には、政治的理由で難しいと言われていた。オバマ氏が女王に会ったら、トランプ大統領が気を悪くするからと。
昨年11月、英国の極右議員がイスラム教徒に対する憎悪をあおるような画像をツイートをしたところ、トランプ氏がリツイートしたために問題が炎上。「トランプを女王の名の下に国賓で招待するな」と反対署名運動が1日で100万を超えた。
彼は「オバマ前政権が、在英アメリカ大使館の移転を決めたのはけしからん」と言い訳をつけて、今年1月の渡英予定を自分でキャンセルした。この状況では、とてもオバマ氏は呼べそうにないなと、誰もが思った。
それでも注目され続けたのは、「友人として」と王子が強調していたからだ。それと、もしオバマ夫妻が来れば、結婚式がただの結婚式じゃないような、ひときわ輝く素晴らしいものになりそうな・・・そんな期待を人々が抱いていたからではないだろうか。
結局、外国の政治関係者・王族は、誰も出席しなかった。
王子とオバマ氏の関係は
それでは、ヘンリー王子とオバマ氏は、本当に友達なのだろうか。
ネット上では「メーガンさんとヘンリー王子を引き合わせたのは、ミシェル前大統領夫人ではないか」という憶測まで流れている。
これはどういうことなのか。オバマ夫妻と王子は、どういう関係を築いてきたのか。
王子とオバマ夫妻が親しく近づいたのは、「インヴィクタス・ゲーム」を介してである。
「インヴィクタス・ゲーム」とは、2014年にヘンリー王子が総裁として創られた、規模が小さいパラリンピックのようなものである。
パラリンピックと異なるのは、出場者は(元)兵士であることだ。
第1回は英国で行われ、13カ国が参加した。
翌年の2015年には、基金を確立するために開催されなかったが、ヘンリー王子はアメリカを訪問した。この時に、ミシェル夫人と親しくなったという。バージニア州の米軍基地で、車イスのチームによるバスケットの試合を並んで観戦する様子が、メディアを飾った。
さらに、二人は兵士のセラピールームを訪問したりした。
米英を結びつけているのは、アフガニスタン戦争だ。9月11日テロ事件をきっかけに2001年から始まり、今も続いている。
ヘンリー王子は2013年まで10年間陸軍にいたが、その中に2度のアフガニスタン前線への従軍も含まれていた。
王子は、アフガニスタンでの軍務経験で「人生の方向が変わった」とスピーチで述べた。
英国に戻る飛行機の中では、3人のひどく負傷した英国兵と一緒だった。「私は、すべての退役軍人に責任があるのだと気付きました。彼らは国のために大きな個人的な犠牲を払ったのです。国への奉仕後に、健康で尊厳に満ちた人生を送ることを支援しなければ、と」。
そして、非公式にホワイトハウスでオバマ大統領と面会した。
次の大会は、アメリカのフロリダ州で実現したが、ミシェル夫人と王子は、開会式でメインの役割を果たした。
この模様は以下のビデオ(49秒)でわかる。
このころまでは、大統領よりも、ミシェル夫人との親しげな様子についての報道のほうが多かった。
オバマ夫妻とメーガンさんとの面会は?
翌年2017年にカナダでインヴィクタス・ゲームが開催された時は、今度はオバマ大統領と王子が仲良く二人で並んで座って観戦する模様が、英国でも北米でも一斉に報道された(冒頭写真)。
この大会時には、すでにメーガンさんとの交際が報じられていたので(二人の出会いは2016年7月とのこと)、彼女も王子と一緒に観戦するかと騒がれたが、結局現れなかった。
でもVIP席には現れなかったものの、母親とともに開会式を観客席で見ていた。そして閉会式では、王子はVIP席から一般席に移動し、母親と一緒にいたメーガンさんのほおにキスした姿が、撮影されて広まった。
ただ、メーガンさんがオバマ夫妻に会ったことがあるという報道は、一つもみつからなかった。
それなのに「ミシェル夫人が、二人を引き合わせた」というのは、あまりにも無理があるように思う。
(筆者は、現役のアメリカ大統領夫妻は、遠くの英国王子に、旧知の間柄でもない一女優を引き合わせるほど暇じゃないだろうと思っている)。
要は、人々がそう思うほどの雰囲気が、ミシェル夫人と王子の間にあったということではないだろうか。
ちなみに、インヴィクタス・ゲームについて、エリザベス女王にまつわる微笑ましいビデオがある。
オバマ氏は、エリザベス女王がインヴィクタス・ゲームに参画するかについて、ヘンリー王子に「もし成功したら、あなたがマイクを落としていいよ(=これ以上話すことはない、つまり最高の出来という意味)」と言ったそうだ。
そして公開されたのが、以下のビデオである
女王が「please(お願いするわ)」と答えたので、王子の勝ちということになった。
このビデオは王室の公式ツイッターから発信された。
退任後も続く交流
それにしても、王子のオバマ氏へのラブコールは、何だか心にひっかかるものがある。
メーガンさんが黒人だからと反対する人々を黙らせるために、オバマ氏の「黒人のアメリカ大統領」という強力な威光を借りたいだけなのだろうか。
これは推測なのだけど、オバマ夫妻の存在そのものが、黒人と白人のミックスであるメーガンさんを魅力的に見せたのではないか。
オバマ大統領の任期が終わったあとも、王子は交際を続けている。
これは、単純に「人から言われた仕事をやって、仲が良かっただけ」とは言えない何かがありそうだと思う。
オバマ大統領の任期中は、二人の本当の友情度は、今ひとつわかりかねた。
王子とオバマ氏は公人である。いくら仲が良さそうとはいえ、立場上の演出と言えないこともないからだ。
昨年12月、王子はBBC Radio 4's Today programmeにゲストエディターとして参加し、クリスマスのスペシャルゲストとしてオバマ氏を招いた。
リラックスした雰囲気のなか、オバマ氏は妻の支えと仕事をほめたたえて「私たちの結婚は強くて、今でも親友で、娘たちは素晴らしい若者に成長して、誠実さを保って、私たちを一体にするような仕事をして・・・それらに満足している」と語った。
さらに「今は次の世代のリーダーたちをトレーニングしなくてはいけないという気持ちにとらわれている。プレーヤーではなくて、むしろコーチに移行している」と述べた。
ちなみにこのインタビューは、オバマ氏の引退後初めてのものだったという。
その前にもオバマ氏は、昨年5月に欧州を休暇で訪れた際、王子と会っている。
「友人のハリー王子にロンドンで会えて、我々の(オバマ)財団について討論し、マンチェスターのテロ事件の被害者にお悔やみを述べることができて良かった」とツイートした。
オバマ夫妻に肩入れする王子
さらに昨年末、「第1回 オバマ財団サミット」がシカゴで行われ、ヘンリー王子が招待された。
オバマ財団は、若い世代のリーダーを育てるためのもので、世界約60カ国から500人近くの市民のリーダーが集まった。
オバマ氏は「地域社会の普通の人たちは、チャンスを与えられたとき、彼らの声が届いたとき、共に働いたときに、素晴らしいことを成し遂げることができる」と演説。
王子は「若い世代の声を聞かなければならない。彼らは、世界の大きな問題のいくつかの治療そのものなのだから」とパネリストとして語った。さらに「生まれてすぐに特権を与えられているのだから、残りの人生で特権を還元していくのに使う」とも。
退任後よりクリアに見えてきたのだが、やはり両者の友情というよりは、ヘンリー王子のほうが肩入れしている印象だ。
オバマ夫妻のほうは、政権にあったときから今まで常に王子を温かく、かつ節度をもって遇している感じを受ける。
サミットの折に、ミシェル夫人は王子を、シカゴのハイドパーク高校にサプライズで連れて行った。
そして、黒人の生徒たちにむかって「あなたは私よ、私はあなただったの」と語りかけた。
もともと王子は気さくな人柄だけど、アメリカにいるときは、なんだか王子ではないような、有名な一市民みたいに見える。
そしてオバマ氏といるときは、親しい先生と一緒にいるような、嬉しそうだけどちょっと緊張しているような、そんな雰囲気である。ミシェル夫人といるときのほうが、よりリラックスしている感じだ。
きっとヘンリー王子は、オバマ夫妻が好きなのだ。世界中の多くの人が、オバマ政権の開放的で、進歩的で自由な雰囲気を愛したように。王子はオバマ氏を尊敬し、彼と妻が描くアメリカの未来に魅惑されているのだろう。
なぜ王子は今まではずっと、ほとんど英国人の白人が彼女だったのに、いきなり「アメリカ人」の「黒人」が相手なのだろうと不思議だった。恋に落ちたと言われれば、そこで話は終わるのだが。
「軍隊ではただのハリーになれた」と語っているように、軍隊生活のおかげかもしれないと思っていた。
軍隊には非白人も多い。約7%がそうである(陸軍は10%)。様々な軍の活動の中で、肌の色の異なる兵士との、対等の仲間としての交流があったのだろう。
でも、それだけではないのではないか。もともと王子は、王族を辞めたいと思っていたような人だ。うんざりするような旧態依然、両親の離婚と母の劇的な死、人気のない父親と継母。そして過去の栄光に頼ろうとする祖国は、大きな危機を迎えている。スコットランドが離れて連合王国が分解しそうになり、極右のプロパガンダに踊らされた国民投票を行って、未来が見えなくなっている。英国は明らかに衰退の道をたどっている。
そんな中で、メーガンさんを選択したことは、オバマ夫妻とアメリカへの憧れが作用したのではないだろうか。それにこの二人は、自分の両親と違って仲睦まじい。大きな目標に向かって共に働くオバマ夫妻の存在はきっと、王子にとって希望なのかもしれない。フランクで明るくて、弱者と社会の平等のために精力的に活動するミシェル夫人の姿の向こうに、メーガンさんを見たのではないだろうか。
一番の問題はチャールズ皇太子
ヘンリー王子がこうなったのは、英国の衰退という時代背景があると思う。
まず、王室存続の問題。
ダイアナの死で存続の危機に瀕したのち、王室は戦略を立てて取り組んでいるという。
「ル・モンド」紙の特派員は、今回の結婚では、人気のないチャールズ皇太子のイメージを良くすることを最優先事項としたようだ、と語っている。
だから、「健康上の問題で」出席しない父親の代わりに、メーガンさんの腕をとって教会に入ってきたのはチャールズ皇太子だったのだろう(王室公式発表では、「メーガンさんが皇太子に頼んだ」と説明しているが)。確かにカミラ夫人そっちのけで、常ににこやかにメーガンさんの母親と話をしていた。
王位継承がなさそうなヘンリー王子はこの際どうでもよい、女王が90歳を超えている今、問題は次の国王だ、一ミリ足りとも人気が下がるような真似はできない、いやむしろ人気回復に貢献できるような手を打つべきだーーというのは、実にリアルな話である。
そんな一族のまっただ中にいた王子の気持ちは、どのようなものだったのだろう。
伝統に従って母親の棺の後について歩いた王子は、2年間心の医者の助けが必要だったそうだ。
大人になった今、「子供にあんなことをさせるべきではない」と本人は言っている。
不協和音の英国とアメリカ
そしてもう一つ深刻なのは、英国とアメリカの関係は、歴史的な転機を迎えていたことだ。
オバマ大統領が、歴代アメリカ大統領と異なり、英国に関心がないことは誰の目にも明らかだった。
英国としては、なんとしてもオバマ大統領とアメリカをひきとめたかった。
しかし実際は、英国側の不満ばかりが聞こえてきた。
オバマ大統領は就任後、9月11日テロ事件の後に英国から「英米の特別な関係の象徴」として貸し出されていたウインストン・チャーチルのバストアップの彫像を返還した。
彼が代わりに置いた彫像は、キング牧師である。
しばらく後に、アメリカを訪問したブラウン英首相(当時)は、HMS Gannet船の木でつくったペン置きをオバマ氏に贈った。
HMS Gannet船とは「反奴隷船」ということで有名な19世紀の英国船である。
オバマ氏からの返礼が、25枚のDVD(スターウォーズやオズの魔法使いなど)だったので、ずいぶんと話題になったものだ。
英国の大衆メディアは「世界一金持ちの国の、これが返礼?!」と書きたてた。
「ペン置きが気に入らなかったのか?」という反応もあったが、筆者としては、こちらだろうと感じた。
そもそもオバマ大統領は、アメリカの奴隷制と関係がない。父親はケニア出身の留学生で、後に帰国して母国に奉仕している。
しかも、ケニアはアフリカの東海岸で、一般的に奴隷貿易のイメージを持たれていない。
そんな彼だからこそ、史上初のアフリカ系大統領の地位を勝ち取れたのだろう。
おまけに、HMS Gannet船は「反奴隷船」として有名だが、識者によると、新大陸への奴隷貿易とは関係がないという。奴隷商人(海賊といっていい)から英国船を保護するためのパトロールをしていたのだそうだ(当時は依然として、異教徒であるキリスト教徒を奴隷にする習慣が残っていた)。
なんというセンスのないプレゼントだろう。
実は、このプレゼントの前振りには「ビクトリア女王から贈られた、HMS Gannet船の姉妹船の木で作られた、米大統領の執務机」という、19世紀来の逸話があるのだが・・・21世紀にもなって何をやっているのか、古臭い、前時代的、英国って大丈夫なのだろうかと、思わせた。
オバマの「疎遠」を嘆き悲しむ英国
その後も、両者の関係は複雑だった。といっても、英国側が騒いでいたのだが。
ミシェル夫人が公式訪問の際、エリザベス女王の背中に触れたのは不敬だとか、
オバマ大統領がサルコジ仏大統領に「フランスは最も強い同盟国だ」と言ったから「我が国は反タリバンのためにあれほど出兵しているのに!」と傷ついたとか、
ロイヤル・ソサエティがオバマにメダルを与えようとしたら、辞退されたので大いに気分を害したとか、
・・・とにかく色々あった。
オバマの父親の出身地ケニアは英国の植民地だったので、ハーバード大出身の優秀で誇り高い父親から、反英国の感化を受けたのではと言われていた。
ーーということで、ヘンリー王子のおかげで、やっと英国はオバマ大統領と親しくできそうな糸口ができたということだ。
大英帝国の遺産が、輝くどころか衰退の象徴になる時代に、初の黒人大統領であるアメリカの国家元首となんとか特別な親しい関係を保てたのは、旧帝国支配者一族の王子であり、やんちゃで有名だった人物だというのは、とても興味深いことだ。
少なくとも王子は、オバマ夫妻の描く「肌の色の差別のない世界」に抵抗するのではなく、積極的に受け入れたいと思ったことだけは確かなのだ。
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ヘンリー王子というと、筆者が必ず思い出すのは、チャールズ皇太子とカミラさんとの結婚のときのことだ。
後ろでにっこり笑って、両手の親指を立ててグッドポーズをしていた姿である。あれを見て、あまりにも哀れで涙が出そうになった。
当時彼は20歳くらいで大人だったはずだが、自分の感情を整理して自覚することができずに、周りに合わせてしまっているような、子供っぽさ。彼の精神の不安定さを見せつけられたように思った。
30歳をすぎた今は、当時の自分を振り返って語れるような強さをもつことができている。
英国民に国をあげて祝福されたとは言えない、自ら困難な結婚を選んだ王子。今まで十分、辛い思いをしてきたはずだ。どうか、幸せになってほしい。