総選挙結果で見る安倍元総理と菅前総理の暗闘第二幕の幕開け
フーテン老人世直し録(616)
霜月某日
ドラマは起きないと予想した総選挙でドラマが起きた。フーテンの予想は野党共闘が功を奏して野党は議席を伸ばすが、しかし与党も安定多数の議席を獲得して双方ともが勝利を宣言する。だから面白くもおかしくもない選挙だと思っていた。
ところが予想に反して総選挙は数々のドラマを生んだ。中でも特筆すべきは、総理に次ぐ権力者である甘利明自民党幹事長が小選挙区で落選したことである。比例で復活当選は果たしたものの、権力の座を手放すしかなくなった。
次に共産党と候補者調整を行い、野党共闘を主導した枝野幸男立憲民主党代表は、事前の予想とは裏腹に自党の議席を13も減らし、さらに野党第一党党首でありながら、自身の選挙で自民党候補に差を詰められ、ぎりぎりで当選するという醜態をさらした。その結果辞任せざるを得なくなった。
つまり与党勢力のナンバー2と野党勢力のナンバー1が共に権力を喪失するというドラマが生まれた。与野党双方にまたがり権力喪失のドラマが生まれた選挙をかつて見たことがない。この選挙結果によって日本の中枢権力は変化せざるを得なくなった。
どう変化していくかを我々はこれから注目していかなければならないが、野党では近く立憲民主党の代表選挙が予定されており、その帰趨を見極めてからでないと評価判断を下すわけにいかない。
一方の与党では、この選挙結果で岸田政権の力が上向き、長期政権も視野に入ったとする見方があるが、フーテンが注目するのは、7年8か月の長期政権を実現し、裏から岸田政権を操って復権の機会をうかがおうとする安倍元総理の存在だ。
この選挙結果は安倍元総理の力を上向かせるのか、それとも低下させるのか、そしてそれはどのような影響を政治に与えるかを、選挙が終わったばかりでまだ材料に乏しいが考えてみたい。
岸田政権の誕生は、安倍、麻生、甘利の3Aが二階元幹事長2Fの首を切ろうと思ったことから始まる。それは総選挙での公認権を菅―二階連合に握られることを恐れたからだ。特に危機感を強く持ったのは安倍元総理だった。
総選挙が終われば、安倍元総理は自民党最大派閥の細田派を安倍派に衣替えし、会長に就任することが予定されていた。そのため安倍元総理は最大派閥の数を維持する必要があり、細田派の選挙動向に並々ならぬ関心を抱いていた。
それに立ちふさがったのが二階元幹事長だ。二階はこの総選挙を自派閥の数を増やす好機と捉え、旧民主党議員にも触手を伸ばし、それらの議員を自民党公認候補として総選挙で当選させようと画策した。
菅政権の誕生直後から二階元幹事長は「何度でも選挙をやる」と公言したが、それは7年8か月の長期政権の間に数を膨張させた細田派に対し、自民党内の派閥力学を変えようとするいわば戦闘宣言である。そして派閥を持たない菅総理は、その二階派の後継会長になることを目論んでいた。
安倍元総理にすれば菅―二階連合に選挙の公認権を委ねておくことは危険だ。3Aは二階交代で一致する。するとそれを察知したか、二階元幹事長は東京五輪開催中止や河井案里夫妻への1億5千万円の支給問題に言及し、自分を交代させれば不穏なことが起こるぞと脅しをかけた。
ここに3Aと2Fの権力闘争が始まる。それは安倍元総理と菅前総理との戦いでもある。菅前総理は河野太郎、小泉進次郎、石破茂らと組み、安倍元総理の権力一掃を狙う。対する安倍元総理は自分の岩盤支持層を自民党に繋ぎ留めておくため、高市早苗を「かませ犬」にして岸田総裁誕生を狙った。
結果は派閥の数の論理で3Aの圧勝に終わり岸田政権が誕生した。その過程で菅前総理によって官邸から追放された安倍元総理の知恵袋、今井尚哉元総理秘書官が岸田総理の知恵袋として復活する。その進言によって岸田総理は総理就任から10日後に衆議院解散、その5日後に公示、そして12日後に投票という史上最短選挙に打って出た。
そこだけを見ると岸田政権は安倍元総理の傀儡に見える。ただ党役員・内閣人事を見ると、そうとばかりは言えない。随所に甘利前幹事長の影響力が読み取れ、同時に「安倍離れ」も見えた。細田派から起用した松野官房長官、福田自民党総務会長、高木国対委員長らはいずれも安倍元総理とは距離のある人物だ。
安倍元総理が要求したと言われる高市幹事長、萩生田官房長官は実現しなかった。その対応に安倍元総理は激怒したとも言われる。しかし岸田政権が安倍傀儡政権であることを国民に見抜かれれば、この政権はお終いだ。安倍政権とも菅政権とも違うことをアピールする以外に国民の支持を繋ぎ留める方法はない。
そこでフーテンは、岸田総理の頭には麻生副総理の主張である「大宏池会構想」を実現し、麻生派と岸田派が合流すれば、細田派を抜いて自民党最大派閥になることから、軸足を安倍元総理からそちらに移していくだろうと考えた。
岸田総理は人事で「安倍離れ」を画策し、一方の選挙の手法では安倍政権の知恵袋であった今井元総理秘書官の進言に従う。二面性を持って様子を窺うのが、総選挙前の岸田総理だった。
選挙の結果はどうだったか。まず自民党総裁選で鎮圧された菅前総理、河野太郎、小泉進次郎、石破茂らはいずれも小選挙区で選挙民から強く支持された。勝率順に並べれば、石破84.06%、河野79.32%、小泉79.17%、二階69.33%、菅61.14%といずれも勝率が6割を上回る。
これに対し総裁選に勝利した側は、岸田80.66%は総理に就任したのだから当然として、安倍69.72%、麻生59.62%、甘利48.91%と勝率が高くない。特に安倍元総理は前回より得票数を2万票以上減らし、勝率も7割を切った。選挙民の支持に低下傾向が見られる。
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