イスラーム教指導者がシリア人にウクライナ救済とロシアへの復讐を呼び掛ける一方、リビアでも「傭兵」勧誘
ウクライナのムフティーがシリアでのロシアの行為への「復讐」を呼び掛ける
英国のロンドンに拠点を置くニュース・サイトのミドル・イースト・アイは3月11日、ウクライナにおけるイスラーム法曹界の指導者の1人でウクライナ・ムスリム宗教局ムフティーのサイド・イスマギロヴがロシアに対する抵抗を呼び掛けていると伝えた。
イスマギロヴは3月8日、フェイスブックのアカウントに、宗教服に代えて軍服を身に纏い、キエフの領土防衛隊(予備役)の民兵と居並んでいる写真を公開した。
ウクライナからの独立を宣言したドネツク人民共和国の中心都市であるドネツク市の出身で、タタール系のイスマギロヴは次のように述べている。
ミドル・イースト・アイによると、イスマギロヴは、シリア内戦においてシリア人と外国人が、反体制派、クルド民族主義勢力、そしてイスラーム国においてが合従連衡し、ロシアに対抗したように、ヴォロディーミル・ゼレンスキー大統領による「国際義勇兵」参集の呼び掛けにイスラーム教徒が応え、シリアでのロシアの行為への「復讐」を行うことには、宗教的な基礎があると考えているという。
ロシアを支援せず、ウクライナを救済するよう呼びかける
また、UAEを拠点とするシリアの反体制系サイトのドゥラル・シャーミーヤも3月13日、イスマギロヴがシリア国民に対して、ロシアとともにウクライナに対する戦闘に参加せず、ウクライナを救済して欲しいと呼びかけたと伝えた。
同サイトによると、イスマギロヴは以下の通りのべたという。
リビアでも行われるシリア人「傭兵」の勧誘
こうしたなか、英国のロンドンに拠点を置くニュース専用チャンネルのスカイニュース・アラビア語版は3月13日、リビア西部でウクライナでの戦闘に参加するようリビアの若者らが勧誘を受けており、複数のリビア筋が警戒を強めている、と伝えた。
首都トリポリ近郊のタージューラ町のフサイン・ベン・アティーヤ町長は、スカイニュース・アラビックの取材に対して「ロシアに対する戦闘に参加するため、リビアの若者たちにウクライナ行きを誘っていると思われる動きがある」と述べた。
トリポリの複数筋の話によると、同地のムスリム同胞団が「ロシアはトリポリへの攻撃やリビア人殺害に関与した」と主張して、若者を勧誘しているという。
リビア人の軍事専門家のマフムード・ベン・サーリフ退役准将によると、ロシアがウクライナでの特別軍事作戦を開始した2月末からこの手の情報は流れていた。
だが、勧誘されているのは、リビアの若者ではなく、トルコによってシリアからリビアに送り込まれた「テロ諸派」のメンバーだという。
「テロ諸派」とは、リビアで、国連の主導のもとに発足した国民合意政府(GNA)と、サウジアラビア、UAE、エジプトの支援を受けるハリーファ・ハフタル司令官率いるリビア国民軍の戦闘が激化したのを受け、トルコがGNAを支援するとして、2020年初め頃からシリア北部の占領地(「ユーフラテスの盾」地域、「オリーブの枝」地域、「平和の泉」地域)から派遣していた「傭兵」のことである。
英国を拠点とする反体制系NGOのシリア人権監視団によると、リビアに送り込まれた傭兵の数は1万8000人に達し、そのなかにはTFSA(Turkish-backed Free Syrian Army:トルコが支援する自由シリア軍)として知られているシリア国民軍諸派に所属するイスラーム過激派1万人、さらにはイスラーム国の元メンバー50人も含まれていた(詳しくは拙稿『膠着するシリア:トランプ政権は何をもたらしたか』(東京外国語大学出版会、2021年)を参照されたい)。
ベン・サーリフはまた「彼らをウクライナに移送する取り組みがあることが確認されている。リビアやアゼルバイジャンの時と同じ名前を名乗って、ロシアに対する戦争に参加するためだ」と付言した。
ウクライナへの「傭兵」派遣に向けた協議を続けるTFSA
なお、トルコ占領下のシリア北部や、シリアのアル=カーイダが軍事・治安権限を握る北西部のいわゆる「解放区」での人権侵害を監視する北シリア違反記録センターが3月4日に発表したところによると、トルコ占領下のアレッポ県北部では、シリア国民軍諸派の司令官が幾度となく会合を開き、ウクライナへの戦闘員の派遣について協議しているという。
もっとも最近の会合は3月2日にアレッポ県北部のハワール・キリス村で開かれ、シリア国民軍に所属するハムザ師団、スルターン・ムラード師団、シャーム軍団、スライマーン・シャー師団、東部自由人運動、マジド軍団の司令官が参加した。
いずれもリビア、そしてアゼルバイジャンに傭兵として戦闘員を派遣してきた武装集団だ。
会合には、トルコの国家情報機構(MiT)の士官、ハムザ師団のサイフ・アブー・バクル司令官、スルターン・ムラード師団のファヒーム・イーサー司令官、スライマーン・シャー師団のムハンマド・ジャースィム司令官(通称アブー・アムシャ)、マジド軍団のヤースィル・アブドゥッラヒーム司令官、東部自由人運動のアフマド・イフサーン・ファイヤード・ハーイス司令官(通称アブー・ハーティム・シャクラー)が出席、アレッポ県北部のアアザーズ市一帯やアフリーン市一帯地域で、各組織の司令官にウクライナ行きを希望する戦闘員のリストを準備することが要請されたという。
ウクライナでの戦闘に参加する戦闘員には月1,000米ドル以上の報酬が支払われるという。
政府支配地で続く「傭兵」募集の動き
一方、政府支配地でも「傭兵」募集の動きは続いている。
シリア人権監視団は3月12日、複数筋から得た情報として、民兵組織の一つであるバアス大隊や、2018年にロシアの監督のもとにダマスカス県南方、ダマスカス郊外県東グータ地方などシリア政府との和解に応じた反体制武装集団の元司令官らが、ロシア軍を支援するためにウクライナに赴くよう、反体制武装集団の元戦闘員や兵役を終えたシリア軍の元兵士らを公然と勧誘していると発表した。
勧誘が行われているのは、ダマスカス県南方のバービッラー市、バイト・サフム市、東グータ地方のアイン・タルマー村、カフルバトナー町、ザマルカー町。
バアス大隊メンバーらは、ウクライナに赴けば1,500~2,000米ドルの報酬が得られると宣伝し、希望者に対して、同大隊事務所、あるいは軍事情報局の代表者らに氏名を登録するよう呼び掛けている。
現在のところ、手続きは氏名の登録に限定されているが、政府支配地域における貧困を逃れようと多くの若者が登録を行っているという。
また、シリア政府に反対の立場をとるレバノンのメディア・サイトのムドンも3月13日、バッシャール・アサド大統領の弟のマーヒル・アサド准将が実質司令官を務めるシリア軍第4機甲師団が、ウクライナでの戦闘に参加させるための「傭兵」の募集を開始したと伝えた。
同サイトによると、第4機甲師団は、シリア政府支配地域で暮らす住民の困難な生活状況に乗じて、6カ月間契約すれば、3,000米ドルの報酬を支払うとして、ウクライナ行きを希望する戦闘経験者を募っているという。