日本バレーボールの「新時代とアジア戦略」〜なぜタイ人は日本人選手に熱狂し夢中になるのか?〜 後編
スポーツのアジア圏形成と未来価値の創出
人口減少、生産性の低下、優秀な人材の海外流出…このままでは失われた30年が50年になってしまう。現在、こういった危機感を持っていない経営者は少ないだろう。
その解決策ではないが、今後も高い成長が見込まれるアジア・アフリカの国々との連携や共創は重要な戦略である。もっといえばそういった連携が、日本という国の生きる道だといっても決して言いすぎではないかもしれない。
予想以上に好評を得た『日本バレーボールの「新時代とアジア戦略」〜なぜタイ人は日本人選手に熱狂し、夢中になるのか?〜前編』に続き、今回の後編ではさらに深く今大会の意味や意義、未来価値の考察を現地での徹底したインタビューで探っていく。
タイバレーボール協会の会長ソンポーン・チャイバンヤーン氏は大会終了後、こう語ってくれた。
「今回の大会は凄くいい機会だった。初めての大会でしたが、今後も続けて開催して欲しいし開催されると私は信じています。この大会が有り難いのは、タイのバレーの発展に繋がることです。タイでは女子バレーのほうが圧倒的に人気があり、この大会の盛り上がりを男子バレーの人気に繋げたいです」
偶然だが会長のインタビューの中にインタビューイ全員が語った言葉と同じものがあった。
「来年も、ぜひ開催してほしい」
選手から、関係者から、タイ人から、なぜこの言葉が出てきたのだろうか?日本スポーツのアジア戦略という大きな潮流が目の前で波打っている。
(*注:記事中の写真・画像で特に出典の明示がないものは筆者の撮影・提供)
「海外での試合経験は、日本人選手の強化に繋がる」
前編に続き、まず選手に話を聞いてみる。タイでも人気が高いウルフドッグス名古屋の市川健太選手はこう語る。ウルフドッグスは今大会で優勝している。
ー 試合が終わったばかりですが、大会の率直な感想は。
市川 タイ人の歓声は僕ら選手にとってもかなりエネルギーになりました。本当に試合が楽しくてセット自体は長かったのですが、あっという間という感じでした。
以前、ファンの中には日本まで応援に来られている方がいると聞き、是非タイで試合したいと思っていたので、念願がかなったので本当嬉しく感じてます。応援して下さって、ありがとうございますという気持ちです。
ー 日本のファンと比べて何が違いますか。
市川 本当に熱狂的だなと、試合を戦っていて感じました。自然と自分のパフォーマンスも上がるような歓声です。
個人的にSNS(市川選手のInstagram)などもやっていますが、タイ語だったり、東南アジアの言葉でメッセージをいただいてます。本当に東南アジアで男子バレーの人気を感じてます。
ー 日本のバレーボールチームがタイで試合を開催する意味をどう思われていますか。
市川 日本だけでとどまる選手たちじゃないと僕らは考えているので、世界に向けた日本バレーの発信というのは今後非常に大事なことになっていくと思ってます。それが日本バレーの強化に繋がります。
だから、東南アジアでの試合が開催されたら、僕は毎年のように行きたいです。タイの方々の前で試合するということは、1年通してもあることではありません。タイのファンの方にも嬉しいことでしょうし、僕ら選手にとっても良い経験になります。
もう一人、日本人選手に伺ってみた。こちらも人気の高いサントリーサンバーズの大宅真樹選手だ。
ー 試合直後ですが、結果は残念でしたが得られたものも多いのでは。
大宅 試合の結果は残念でしたが、これだけ多くのファンの方が来てくださったなかで試合ができ、リーグ開幕前に実戦を経験できたことはモチベーションにも繋がりました。課題も見えてきて、開幕まで残り日数も少ないですけれど、しっかり受け止めて練習していきたいです。
ータイ人の反応や応援は。
大宅 いいプレーにすごく声を上げてくれるので、ワンプレーワンプレーに必死になれます。モチベーションが上がりました。お客さんには見てもらうバレーを楽しんでもらいたいし、そのためには自分たちが楽しまなきゃいけない。基本はバレーボールを楽しむこと、これが一番大事です。
日本人にはないところをいいますと、変な表現ですが「アイドル化」したみたいな印象です。でも、それは悪いことではなくて、選手はそれぞれ力に変えていけばいいと思います。
ー Vリーグのチームが東南アジアで試合をすることの意味や意義は。
大宅 代表選手以外の選手が海外でプレーする機会が少ないので、こういう機会を与えて下さったり、取材をして下さったり、凄く有り難い機会です。
日本にとどまらず 世界に向けて自分たちのレベルアップもしていかないといけない。日本のVリーグも来シーズンから新しいSVリーグになり、世界最高峰のリーグを目標に活動していきます。まずはアジアから、日本から出て試合するという機会をどんどん増やしていけたらと思います。
来年以降もアジアで開催されるなら、絶対に自分たちの力になるので、そういった意味でも積極的に参加したいです。
「自分が若かったら、日本のチームでプレーしたかった」
ワンサイドの意見にはしたくはないので、対戦したタイのチーム側は今大会をどのようにとらえているのだろうか?試合直後のナコンラチャシマ バレーボールクラブのキャプテン、ワンチャイ・タップウィセー選手に伺った。
ー 日本のチームと対戦直後ですが、率直な感想をお聞かせ下さい。結果は日本チームに1勝1敗、準優勝(2位)でした。
ワンチャイ・タップウィセー(以下、ワンチャイ) 予想外でした、日本チームに勝つとは思いませんでした。勝因は自分たちのミスを減らすことができたこと、対戦相手のパナソニックのチームメンバーが全員揃っていなかったこと。もし全員揃っていたら負けていたかもしれません。
ー いつもこんなにタイのバレーボール会場は盛り上がっているのでしょうか。
ワンチャイ いつも凄い盛り上がってます。応援はすごく心強い感じです。声援があることでより努力することができます。
でも、日本のチームが来てくれたお陰です。ここまでの盛り上がりは。自分の友達やスポーツ関係者は、ほぼ日本の選手全員の名前を覚えてるくらい人気があるんです、本当に。それくらい日本のバレーボール選手は人気があります。
ー 日本のチームからお誘いがあったら日本のリーグでプレーしてみたいですか?
ワンチャイ そのような機会をいただけるとしたらとても光栄ですが、自分のスキルや年齢を考えると難しいと思います。もう少し若ければ日本のチームでプレーしたかったです。そういった機会があれば、是非タイの若い選手に挑戦して欲しいですね。
年を取るにつれてプレー自体は難しくなってきますから。今はスポーツをすることそのものに幸せを感じています。
ー 来年以降もこのような形で日本のチームと対戦したいですか。
ワンチャイ もちろん、対戦したいです。来年もタイへ来てくれますよね(笑)。
アジア各国で日本のバレーボールが見られる環境をつくる
最後に今大会の振り返りを、二人のチーム代表に伺ってみた。サントリーサンバーズの富岡正樹代表、サントリーホールディングス株式会社 コーポレートコミュニケーション本部 CSR推進部長である。
ー まず、この大会を評価していただけますでしょうか。
富岡 日本以上の熱気を感じましたし、決して手前味噌ではなく、本当にいい大会だったと思います。東南アジアで日本のバレーボールを見ていただくことは、これまであまりなかったので、今回は本当に嬉しかったですね。
ー 課題と可能性はどのように考えられていますか。
富岡 現在のインタビュー中にも会場の声が聞こえていますが、応援の熱気も応援のやり方も全然違います。相手のプレーに対しても拍手したり、ダンスしたり、日本とは全然違います。実は以前からタイのバレーボールファンは日本へVリーグ観戦にお見えになったりしてるんです。そういう意味で今回の大会で日本のバレーを知っていただいて、興味を持っていただいて、そういったお客様が増える凄くいい機会にはなったのではと思います。
ー 飲ませていただきましたが会場前で配られていた「TEA+(ティープラス)」も美味しかったですし、タイ人にも定着していました。ああいったプロモーションにもスポーツ大会は活用できます。
富岡 おっしゃる通りで、こちらも良い機会となりました。スポーツにはいろんな面があり、事業の海外展開では様々は活用が考えられます。
多くのスポーツが日本では盛んになっていますが、日本国内で終わってはいけない。アジアや海外での競争もあります。そういう意味でアジアの中でもバレーボールで負けてられないなという思いもあり、3社で知恵を出し合いながら、パンサーズさん、ウルフドッグスさんと共催で進めました。普段は競合チームですが、日本のバレーボールを知っていただく、または拡大していくために連携して一緒に取り組むことがすごく重要なのです。やはり、一度海外で大会が成功して、それを継続していくことが大事だと考えます。
我々3チーム以外も含めてだと思いますが、アジア各国で日本のバレーが見られるような環境を作っていくとことが極めて重要です。先ほど申し上げましたけど、チーム同士が協力し合って、日本のバレーを知っていただく努力を、あるいは海外のバレーチームとの交流を深めていく。この動きこそが大事なのです。
ー でも、どうしてここまでタイで人気があるのでしょうか?
富岡 おそらくですが、タイ人の日本に対する理解が凄くあるのだと思います。我々が思っている以上に。バレーボールをきっかけにもっともっと日本のことを知っていただけると嬉しいですね。もっと交流が深まってほしいです。
ー この10月にはVリーグの新しいシーズンが始まります(取材時10/1)が、それに向けてのメッセージをいただけますでしょうか。
富岡 ちょうど今、日本代表は来年のパリオリンピックに向けて戦っているところです。かなり盛り上がっていますが、流れを掴んで今まで以上に盛り上がるVリーグにしたい。そういった意味でも各チームは本当にいろんな努力をして、楽しいゲームをつくろうと全力でのぞんでいます。我々のチームも負けずに戦える形をつくっていきます。皆さん、ぜひVリーグの観戦に来て下さい!
今大会を継続していくことの意味と意義、そして未来価値
そしてもう一人、パナソニックパンサーズを運営するパナソニック スポーツ株式会社代表取締役の久保田剛氏に伺った。今回の大会を最初からリードし、実現へ向け全力で臨んできた久保田氏だけに、無事に大会を終えた直後のインタビューは感慨深いものであった。
ー 今回の大会、メディアから見ても成功だったと思いますが意味や意義をどうお考えでしょうか。
久保田 まずその前に、メディアの方々にはタイまで取材に来ていただいたことに感謝を申し上げます。
近年、東南アジアでは日本のバレーボールの人気が高まっているのですが、その意味、つまり価値をうまく表現する事ができていませんでした。本来ならリーグに今回のようなアジアでの大会開催の主導をお願いすべきではありますが、日頃からウルフドッグス代表の横井さんや、サンバーズ代表の富岡さんとその人気ぶりについて話をしており、まずはこの3チームでやってみようという事になりました。
こういった大会が初めて開催できたことに意味があると思いますし、意義としてはアジアでの大会開催がちゃんと形になって、開催地のタイの方からも大きな反響を得たことです。
もちろん課題は山のようにあります。試合もご覧になってお分かりになられたと思いますが、多数のファンの方がご来場いただいて、会場もエキサイティングで日本にはない雰囲気でした。日本の選手も喜んでいたし、海外での良い試合経験になったのではないでしょうか。ただ、日本バレーとしてはゴールはもっともっと上に設定していますが、記念すべき第1回としては非常に良かったのではないでしょうか。
ー 実際、蓋を開けてみて正直な感想はどうでしょうか。
久保田 ポテンシャルがある、やはりこのことを強く感じました。タイの皆さんは本当に優しい方が多くて、応援にも南国独特の明るさがあって、対戦している相手のチームの得点や好プレーにも拍手して盛り上がる。この文化は素晴らしいと思いました。
ー 今回の前後編の記事で、試合後の3チームの選手にそれぞれ伺ったのですが、全員が全員「もし来年も開催されたら、ぜひ挑戦したい」と言っていました。
久保田 それは嬉しいですね、本当に。まだまだポテンシャルを発揮できるということを次の大会では是非見せたいです。今回は時間の都合でできなかったタイの子供たちとの活動などもやっていきたい。今回は日本人学校へ選手たちが訪問させていただきましたが、今後もコート以外の活動も増やしていきたいです。
あと、各チームがキャンプで東南アジアへ合宿に来させていただき、その後で成果を試すため今回のような大会を開催するというストーリーはあっていいと考えます。このプランだとチームの強化と一体化が可能です。東南アジアはそういった意味でも可能性を秘めている地域です。
タイ以外の国々での開催を考えた場合ですがフィリピン、インドネシアなども候補です。今大会でもインドネシアから来られたお客様がいると伺いましたし。開催地をもう少し広げるというのは現実的に進めていきたいです。
もう一つ大事な要素として女子バレーと一緒に開催することが挙げられます。例えば同じ開催日でも午前中は女子バレー、午後は男性バレーというやり方があってもいい。ご存じかもしれませがタイは女子バレーが非常に人気がありまして、日本にも何人ものタイ人選手が来て活躍されています。来年のSVリーグでは女子リーグも一緒に立ち上がりますので、男女同時というのも可能となります。
ー 来年のSVリーグはいろんな意味で画期的ですね。
久保田 サッカーやバスケは女子リーグはあるのですが同じリーグ名で運用されるのは今のところ来年のSVリーグだけです。コートのサイズが変わるわけではなく、ネットの大きさが若干違いますが、ほぼ同じ環境でプレーできますから、開催方法など今後の広がりが考えられます。
変えなければいけない面もありますが、今まで日本のバレーボールを生で見たことない方が多い国々なので、まずは日本バレーを知っていただくことです。今回の試合の映像はプロモーションに使うこともできますし、実際に体験した方々から口コミ的に広がっていくことも考えられます。もちろんSNSの拡大も大きいです。
今までは頭の中でこういった大会があればいいなと想像していたものが、今回は実現しました。実際に観戦された方の中には、また次回も見たいと思って下さり大会の面白さや日本バレーの魅力も伝えて下さる。そうやって観戦や応援の輪が広がっていく。今回の活動を継続していって、数年続けて開催すれば、もっともっと広がっていくプロジェクトです。
ー 最終的にはスポーツアジア圏の形成でしょうか。
久保田 女子バレーの参加も検討していますし、韓国のKリーグのチームも参加したいというお問い合わせを頂きました。最終的な構想かもしれませんが、アジア圏でリーグを広げるという目標に向かって、1つ1つできることを出し惜しみせずに継続していきたいです。その先にアジア圏の形成があるように思います。
大会も単体で終わるのではなく、放送や配信とセットで日本のリーグ戦が普段から見られる仕組みを構築する。要するに「点」じゃなくて「線」にしていくのです。この流れがスポーツの拡大や普及には非常に重要です。
まだまだやるべきことや課題は山のようにありますが、今大会のタイの方々の喜んでいらっしゃる姿を見て背中を押された感じがします。今後も多くの方から支援をいただきながら毎年にように開催していけたらと思います。
会場で溢れる「日本排球」という言葉
こう語ると久保田氏はインタビュールームを出て、すぐに会場へ戻って行った。その後ろ姿はすでに次大会に向かっていた。
印象的だったのは、会場に溢れていた『日本排球』と書かれたTシャツだ。各チームのロゴ、スタジアムの陰影、英語、漢字などでデザインされたTシャツをタイ人や日本人が違和感なく着こなし、会場を埋めている姿はスポーツのアジア圏の未来価値を感じさせるものだ。この価値を今年だけで終わるのか、それとも未来にむけて最大限に引き上げるかは “It's up to us” 、ひとえに関係者やスタッフの尽力にかかっている。
今後も日本バレーボールのアジア戦略に注目し、取材を続けていく。
(後編・了)