日本バレーボールの「新時代とアジア戦略」〜なぜタイ人は日本人選手に熱狂し夢中になるのか?〜 前編
男子バレーボールのアジアツアーがタイで成功!新時代の潮流が始まる
ここは、日本の代々木第一体育館だろうか?
そう思えるくらいのファンの熱気と応援が、一切の休憩なしに、日本人の男子バレー選手へ送られる。ここはタイの首都バンコクにあるニミブットスタジアム。タイ史上初の日本バレーボールチームのカップ戦が開催されたのだ。現地で"体感"した者でなければ、タイ人の日本人選手への熱狂ぶりは、おそらく理解できないかもしれない。
男子バレーの熱狂といえば、まさに代々木第一で開催されたパリ五輪予選・プールBでの連日の激闘が思い出される。特に今月7日に開催された日本対スロベニアは日本代表こと"龍神NIPPON"がストレートの3−0で勝利。男女を通して32年ぶりの五輪前年での出場権獲得となった。
が、それと同じか、それ以上の熱量がバンコクでも放たれていた。
バレーボールV1男子のパナソニックパンサーズ、サントリーサンバーズ、ウルフドッグス名古屋の3つの男子チームが、タイ・バンコクでアジアツアーを開催。大会名は「JAPAN VOLLEYBALL ASIA TOUR IN THAILAND 2023 Panasonic ENERGY CUP」。9月30日、10月1日にバンコク ニミブットスタジアムにて、日本の3チームとタイのプロチーム・ナコンラチャシマ バレーボールクラブとの対戦となった。日本バレーの人気が高い東南アジアでさらなるファンとマーケットの獲得、現地でのバレーボール文化の定着や競技そのものの普及・強化が目的である。
なぜタイ人がここまで日本のバレーボールに熱狂するのか?
筆者は日本のスポーツのアジア戦略の取材を2010年代半ばから取材しているが、その先鞭をつけたのはサッカーJリーグだったが、この分野にご興味ある方はJリーグの戦略や取り組みは筆者の過去の記事を読んでほしい。
はたしてアリーナ競技はどのように展開していくだろうか。今後の日本のバレーボールのアジア戦略の取り組みを、現地での徹底したインタビューを通してリアルに伝えていく。今回の取材を通して確実に一つだけいえることがある。日本のスポーツ、日本と東南アジアの関係は確実に「新時代」に入っているという事実だ。
なお、後編はこちらからとなる。
(*注:記事中の写真・画像で特に出典の明示がないものは筆者の撮影・提供)
開場前からの大行列。タイで一体何が起きているのか!?
今回の大会の主催は先述したパナソニックパンサーズ、サントリーサンバーズ、ウルフドッグス名古屋。主管がタイ王国バレーボール協会、協賛がパナソニック エナジー株式会社、後援は公益財団法人日本バレーボール協会 などという座組みだ。
パンサーズを運営するパナソニックスポーツ株式会社の久保田剛社長は昨年フィリピンで開催されたネーションズリーグ(VNL)の熱狂ぶりを聞いて、今大会の示唆を得たという。
日本バレーボールの東南アジアでの人気の高さ、新たなファンや市場の開拓、また、タイでの競技普及や選手の競技力の向上などの戦略的な目的もある。今回の大会の成功を見て、他の東南アジアでの開催も検討している。
今回の大会だが合計4試合が開催され、結果は優勝(1位)はウルフドッグス名古屋、準優勝(2位)はナコンラチャシマだった。2位になったがタイのナコンラチャシマの強さや個人技の高さが目立った大会で、優勝してもおかしくなく、ポテンシャルの高さを感じさせられた。タイのバレーボールでのレベルの高さは想定以上だった。
そしてこの大会、何より凄かったのはタイ人によるバレーボールへの応援の熱さだ。タイ人の応援にはいくつかの特徴がある。
ひとつは太鼓など派手な鳴り物が使われる。チームによっては専門のDJまでもいる(このあたりNBAなどアメリカ文化の影響があるかもしれない)。対戦相手の得点や好プレーにも拍手を送る、つまり、ずっと応援している。また、チームによってはアイドル集団のような私設応援団がいる。そして、必ずといっていいほどいわゆる"推しメン”(応援している選手がいる)が存在し、試合後のサインや写真などの争奪戦は日本以上の盛り上がりである。
開場前から最前列で行列をしていたファンの一人、ムックさんに聞いてみた。彼女はパナソニックパンサーズの8番 仲本賢優選手の大ファンだ。
「きっかけは東京オリンピックの配信で日本のバレーボールを見たことでした。その後も見続けていて気になったのが、仲本賢優選手なんです。あ、この、スマホですか?いつも彼とは一緒なんです!」
照れながら答える彼女のスマイルは微笑みの国タイの中でも最上級のものを見せてくれた。また、グッズ売り場にいたナットさんはこう答えてくれた。
「漫画の『ハイキュー!!』がきっかけです。スローモーションが多用され凄く面白くてハマりました。そこから日本のバレーボーに興味を持って、今はサンバーズを応援しています」
同じような質問をして、東京オリンピックの動画配信がきっかけで日本バレーを知った人が多く、バレー漫画『ハイキュー!!』の影響はその次だった。一昨年に開催された東京オリンピック・パラリンピックは国内において未だ評価が分かれる大会だが、ことスポーツのアジア戦略への貢献は正しく評価されるべきだろう。
企業の動員ではない。日本の試合は毎回動画でチェックするファン
今回の大会のVリーグトップの3チームが一緒になって開催していることの意義や意味、そして戦略をチーム代表に伺ってみた。優勝したウルフドッグス名古屋を運営するTG SPORTS株式会社 代表取締役社長の横井俊広氏は、こう語ってくれた。
ー 日本とはまったく違うタイの応援スタイルでした。
横井 噂には聞いていたのですが、実際こうやって現地で応援を見て正直びっくりしています。 ある程度の観客数は予想していたのですが、こんなにたくさんお越しいただいて、また、ここまで熱狂的なお客様がいるとは想像していませんでした。国民性というか、相手チームの得点やいいプレーを積極的に応援していただける。選手たちもすごく息が上がっていて、気持ちも上がっていましたし。プレーしていても凄く楽しかったんじゃないかと思います。
応援の仕方も鳴り物が鳴ったりリズミカルなダンスだったり、もしかしたら、そういう新しい応援スタイルは今後の日本にあってもいいのではないでしょうか。
ー 特にウフルドッグスの応援の数も熱量も凄かったです。アイドル集団のような私設応援団もいて、会場全体を盛り上げていました。
横井 豊田合成の関連会社が現地に3社あります。2社は同じ場所にありバンコクから100kmのところですが、バスで約2時間弱ぐらいかけてタイ人が応援に駆けつけてくれる。そもそもバレーボールが好きだし、ウルフドッグスも大好きです。また、こういった楽しいイベントも大好きなので会場全体がいい雰囲気になったのだと私は考えます。
ー 何人かに伺ったのですが決して動員をかけられたわけではない。また、リアルで試合を見たのは今回初めてだと。普段はどうやって日本での試合を観戦されているのでしょうか。
横井 おそらくインターネット経由でご覧になるのか、もしくはダイジェストをご覧になるのか。実は次のシーズンからはタイ最大のキャリアであるTrueが運営するTrueID様からVリーグの試合をタイで配信いただくことが決まり、今回は記者会見もさせていただきました。
もともとタイは女子バレーが圧倒的な人気があります。ただ、今後は男子バレーの放送でタイ国内では約10万人は視聴するだろうとTrueID側は予想されています。
ー海外で日本のスポーツコンテンツがそこまで視聴されるのは凄いことですね。
横井 おっしゃる通りで、もの凄く楽しみにしています。Vリーグとしても、皆さん、こぞって楽しみにしてると思います。東南アジアという市場に対して、どんどんアプローチをして受け入れていただく。こんな嬉しいことはありません。
私の勝手な想像なのですが、タイ人はチームでひとつのことを繋いで、一生懸命やっていくという、バレーボールの姿勢と国民性が多分とても合っているのかなと。バレーボールの魅力は、東南アジアの国々ではすごく伝わりやすいのかなと考えています。そういった意味でも期待をしています。
ー 今回の大会、アジア戦略の意義や意味は思っている以上に深いと思います。そのあたりを横井様はどのようにお考えでしょうか。
横井 とても素晴らしい機会をいただいたと思ってます。今回はパナソニックさん、パナソニックエナジーさんのご支援であったり、パナソニックスポーツの久保田社長様からの、あるいはサントリーの富岡部長様からのお声がけであったり、そういう方々のご支援やリーダーシップで実現しています。私としては 一緒にやらせていただいて、凄く光栄ですし嬉しく思ってます。本当にありがとうございますという気持ちでおります。
ー今後のアジア戦略、どのように展開していくのでしょうか。
横井 これはVリーグのほうもしっかりとVリーグリボーンに向けて、アジア戦略をいろいろと考えております。Vリーグの今後の流れの中に今大会も乗っているものだと思っています。今後ネット配信という形でたくさんのファンの方が入ってこられる、東南アジアの方々にも広がっていく。我々自身もどんどん外に出ていって、定期的に海外でもレギュラーラウンドを開催できれば、あるいは今回のような独自興業をやらせていただく機会をもっと増やしていけたらとも考えています。
あと、もうひとつはインバウンドで我々のアリーナに観戦に来ていただける。これも大事な取り組みです。実は今日の会場でも20人ぐらいはしょっちゅう日本に来られていて、顔見知りの人もいるんです。会った瞬間に「今日も来てるね」と挨拶ができる、そんな関係にしていけたらと思っています。すでにインドネシア、タイ、シンガポールから定期的に日本へVリーグの観戦に来ています。
もうすぐ新しいシーズンが開始しますが、日本のVリーグ男子は本当に高いレベルで毎試合を戦っています。世界からスーパースターがやってくるVリーグですので、 ぜひ本当に素晴らしい競技力やチームワーク、ボールを繋ぐ執念など、実際に観戦して応援してもらえたらと願ってます。サンバーズさん、パンサーズさんともども、ウルフドッグスも皆様をお待ちしております。
パンサーズ清水邦広選手「この交流を1回で終わらせてはいけない」
では一方、実際に試合でプレーした選手はどう感じたのだろうか?パンサーズの背番号1番、清水邦広選手はこう語ってくれた。
ータイでの試合は初めてでしょうか。
清水 僕自身は大学時代のユニバーシアードで試合をしたことがありますが、パンサーズ自体は初めてです。本当にこうやって試合ができてよかったなと実感しています。
あらためて、このバンコクの地で現地の人に日本のバレーボールを見てもらえる機会があったことは本当よかったと思ってます。 結果的には負けてしまいましたが…でも、とてもいいバレーができたんじゃないかと。悔しい反面、タイの方々には面白い試合を見せれたんじゃないかなと思います。
ー 1点取るごとに歓声があがる。あの会場の熱気はどう感じられましたか。
清水 いや、もう、日本とはまた違う盛り上がり方といいますか、プレーしていて本当に楽しかったです。歓声もそうですが、対戦相手の選手にいいプレーが出た時の喜び方が、タイの人たちは自分のチームのように喜んでくださるのでプレーしていて楽しい気持ちを選手全員が持ったでのはないでしょうか。
試合が終わった後も2階席から手を伸ばしてサインや写真を求められましたが、違う国で、こうやって自分の名前を呼ばれたりする事は凄く光栄なことですよね。
今回の試合を観戦していただいて、日本へVリーグを見に行こうと思っていただけたなら本当嬉しく思います。僕たちも長期休みがあればタイにパッと来て観光とかできたらなと考えています。タイと日本との交流をこれからも続けていきたいです。
ー タイのチームと実際に戦ってみて、率直な感想は。
清水 正直なところレベルが高かったですし、僕らのチームは負けましたし。
タイのチームの特徴ですが、ミドルがすごく大きかったのでサーブも強い。パンサーズ側のパスが悪くて、逆にタイのチームのほうがしっかりとパスを返して、真ん中に個人技が高い選手が多かったので、すごくやりづらかったです。
また、日本チームとは違う戦い方だったので、僕らの有利な戦い方はできなかったんですけど、試合を通してもっと修正ができたのではと反省しています。僕たちが見習わなきゃいけないことも沢山ありました。それらを吸収して、またVリーグの新シーズンに向けて調整してきたいです。
ー 日本のチームがタイで、東南アジアで、こうやって試合を開催する意味や意義を、試合が終わった後だからこそ感じる部分があるかと思います。また、来年も開催されたらどうされますか。
清水 これだけ多くの方々に来ていただいて、応援をいただけるというのは選手の一人として開催して良かったと思っています。この交流を1回で終わらせないように、何回でもできるように僕たち選手も協力していきたいです。
次に開催されたらですか!? 是非挑戦したいです!それが何年も続いてくれたら僕個人としては嬉しいです。また、タイだけではなく、いろんなアジアの国々で、Vリーグのチームと出場できたらと思います。日本にはいろんなバレーボールのチームが存在し、その数だけプレースタイルも違う。日本のバレーボールの魅力をすべて見せれるよう大会を継続して開催して欲しいですね。
(前篇・了)