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EUが軍事・防衛の行動計画で大幅に進展(1)ーー軍事モビリティ計画とPESCOのロードマップ

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者
右はモゲリーニ上級代表、左はパルリ仏国防相。2017年EU国防大臣非公式会議にて(写真:ロイター/アフロ)

「軍事のシェンゲン」?

3月28日、欧州連合(EU)は、将来の安全保障と防衛に関する重要な発表をした。

「軍事モビリティ(可動性・動きやすさ)に関する行動計画」というものだ。

欧州委員会のジャン=クロード・ユンケル委員長と、外務・安全保障の担当大臣(委員)であるフェデリカ・モゲリーニ上級代表が発表した。

目的は「道路・鉄道網が軍事輸送にふさわしいものとなるようにし、危機の際には軍隊や軍車両が素早く、途切れずに欧州大陸を移動できるよう、各国のルールの簡素化と効率化に欧州全体として取り組むこと」である。

これは、EUの軍事面を統合して強化する、大規模な動きの一環である。

欧州の一般メディア(特にドイツ)や欧州議会では、これを「軍事のシェンゲン」と呼んでいる。

シェンゲンとは、EU内の国境コントロールをなくす「シェンゲン協定」(※)のことである。

欧州を車や列車で旅行をした人は知っているかもしれないが、いまは国境のコントロールは消滅している。昔は国境でパスポートチェックがあって、国境のところにはよく両替所があったそうだ(例えば仏フランから独マルクに両替など)。いまは貨幣は共通のユーロになり、国境をいつ超えたかわからない感じで国をまたいでいる。

つまり欧州メディアは、「一般市民だけではなくて、戦車や軍隊も自由に国をまたいで行き来するようになる」と表現したいわけだ。

確かにこれは、驚くべきことだ。軍隊というのは国に属するもの、というのが、世界の共通認識だ。日本人もそうだし、ヨーロッパ人もそうだからだ。

この「軍事のシェンゲン」という言葉を、EU側は否定している。おそらく、加盟国の主権に配慮しているのだろう。この仕事を担うのは欧州委員会、欧州対外行動局、欧州防衛機関であるが、わざわざ公式発表で「加盟国の領土や、国の意思決定のプロセスに関する国家主権を、完全に尊重して行われる」と断っているくらいなので。

(※正確には、EU加盟国でもシェンゲン協定に入っていない国もあるし、EU加盟国じゃないけれど入っている国もある)。

内容について3つの項目

実際に何をするのか、3つの項目で説明されている。

1、軍事的な必要条件:軍の移動に必要なインフラなど、EUと加盟国のニーズを反映した必要条件を進展させる。理事会は、2018年中頃までに、これらの軍事必要条件を検討し検証するよう求められている。

2、輸送インフラ:2019年までに、委員会は、既存のインフラでアップグレードが必要なものはないかなど(例:橋梁の高さまたは重量・容量)、軍輸送に適しているヨーロッパ横断の輸送ネットワークの個所を特定する。そしてプロジェクトの優先順位リストを作成する。

委員会は、次の複数の年次財務枠組みにおいて、これらのプロジェクトに対する追加的な財政的支援を考慮に入れる。またこの政策と投資は、民間ニーズと軍事ニーズの相乗効果を高める機会を提供する、と説明されている。

3、規制および手続き上の問題:軍事分野における危険物輸送のための規則を整えることを考える。また、軍事作戦のための関税手続きを合理化したり簡素化したりするオプションを検討する。

これは委員会の仕事である。並行して、欧州防衛庁は国境を越えた移動許可の取り決めを発展させるために、加盟国を支援する。

何がしたいのか

一体、EUは何がしたいのか。何が目的なのか。

公式発表によると、モゲリーニ上級代表は、「EUとして第一の優先事項は、平和の促進と市民の安全を確保することである。域内の軍事モビリティを円滑にすることで、危機をより効果的に回避し、部隊をより効率的に展開させ、問題が起きた時により早く対応できる」という。

さらに、「われわれが最近正式に発足させた常設軍事協力枠組み(PESCO)含め、EU域内協力や北大西洋条約機構(NATO)をはじめとしたパートナーとの協力を進化させるさらなる一歩となる。われわれEUとしては、協力のみが今日の世界で効果を発する方法である」とも述べた。

いかにも外交官的な発言で、わかるようなわからないような内容である。

ヴィオレタ・ブルク運輸担当大臣(委員)はもう少し率直に話している。内容は次稿に書いていく。

PESCOとは何か

ところで、「軍事モビリティに関する行動計画」の発表より少し前の3月上旬に、PESCO(ペスコ)の行程表(ロードマップ)が発表されている。

PESCOとは一体何なのか。

PESCOとは「常設軍事協力枠組み」と訳される。英語の「Permanent structured cooperation on defence」の略語である。

昨年2017年、あれよあれよという勢いでつくられた組織である。英国のEU離脱やトランプ大統領の登場、ロシアに対する危機感が後押しをした。

参照記事:EU(欧州連合)&ヨーロッパ観察者が見る2017年のニュース・トップ3ー2018年への道(1位を参照)

参照記事:2018年、EU(欧州連合)27カ国はヨーロッパの近未来を決める年となる。

どのような経緯でつくられたのか

順序だって説明しよう。

1、昨年2017年6月、加盟国の首脳が集まる欧州理事会で、PESCOを創設する必要があることを合意。

2、同年11月、大臣たちが「共同通達」に署名。このときは23カ国だった。

3、翌月12月の欧州理事会で、首脳たちがPESCOの構築を承認。このときは25カ国になっていた。参加していないEU加盟国は、デンマークとマルタ(+EU離脱予定の英国)である。

何をする枠組みなのか

PESCOで可能になったのは、共同で防衛能力を開発すること、共用プロジェクトに投資すること、軍隊の作戦に即時に対応すること、自国軍の貢献を強化することだという。これらを実行するには、意思と能力のある有志の加盟国ということだ。つまり、参加は強制ではないことだ。

具体的には、初めのうちは戦車、無人機ドローン、軍用機などの機器開発プロジェクトの形を取る予定だが、時期が来ればEUの戦闘部隊の運営本部や運用ロジスティック(物流)プラットフォームをつくるという考えがある。

モゲリーニ上級代表は、50以上のプロジェクトが登録されていると語った。

そのうち3つのエリアに分類される17が最初のリストに載せられた。

3つのエリアに分類される17のプロジェクト
3つのエリアに分類される17のプロジェクト

PESCOのロードマップとは

そして前述のように3月上旬、PESCOの行程表(ロードマップ)が公表された。

画像

とりあえず向こう2年間の予定表であるが、重要なのは、EUは2025年までに「欧州防衛連合」(European Defence Union)を創設しようとしていることである。

そして、PESCOにしても「欧州防衛連合」にしても、EUは常に「NATOを補完するものである」と説明していることだ。

「アメリカから独立したい」「いや離れられない」「離れたくない」というヨーロッパ人の揺れる心が反映されている。まるで日本人のように。

PESCOと軍事モビリティの関係は?

やっとわかったのだが、どうやら軍事モビリティはPESCOの一環ということである。

もっとはっきり言えばいいものを、そうじゃなかったケースが多かったように見受けられ、大変わかりにくかった。公式文書に載っているのをみつけたので、秘匿してはいないと思うが、筆者はEU側があえて大声では言わなかったのではないかと疑っている。なぜかと推測すると、PESCOに関しては「テロ対策とか、災害救助とか、医療支援とか、ロジスティックとか」のようなイメージを前面に出していること、前述のように、「軍事は国家主権」という人々の意識にまるで反逆しているかのように見えかねないこと、「中立国の立場はどうなる」という問題がよけいに大きくなるからではないかと思う。

もしかしたら、メディア側も報道する際に、PESCOを出すと「何それ?」となり(欧州の一般市民はほとんどが知らないと思う)、話がややこしくなるので、説明を省いたケースもあるのかもしれない。

疑いの域を出ないとはいえ、どうもすっきりしない。

前述したように、これはとても微妙な問題をはらんでいる。

次稿に説明したい。

続く

※このシリーズは完結していて、続編とも言えるもう一つのシリーズも完結しています。

5000億ユーロの「コアネットワーク回廊計画」が軍事にー(2)EUが軍事・防衛の行動計画で大幅に進展

トランプ大統領とNATOー欧州連合の自立のせめぎ合い (3)EUが軍事・防衛の行動計画で大幅に進展

EU(欧州連合)「防衛同盟」への道:防衛パッケージ計画の背景(4)EUが軍事の行動計画で大幅に進展

◎もう一つのシリーズ

前編:「欧」と「米」は分離してゆくのか :欧州独自の軍事路線「欧州介入イニシアチブ」にトランプの反応は

中編:「欧」と「米」は分離してゆくのか :欧州の問題。将来EU軍で自立したいのかとPESCOを巡る議論

後編1:「ヨーロッパ人は米軍に守られるのに慣れてしまった」在欧米軍の戦略:欧と米は分離してゆくのか 後編1

フランスは空を、ドイツは陸を牽引:パルリ仏国防相インタビュー紹介:欧と米は分離してゆくのか 後編2

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。元大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省機関の仕事を行う(2015年〜)。出版社の編集者出身。 早稲田大学卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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