EU(欧州連合)&ヨーロッパ観察者が見る2017年のニュース・トップ3ー2018年への道
今年も大晦日となった。2017年のEU(欧州連合)・ヨーロッパ関連の重要ニュースを、ランク付けしてトップ3を選出してみた。
3位
日本とEUの経済連携協定(EPA)の締結
カタルーニャの独立問題
この二つは同列3位だと思う。今まで記事で書いているので、詳しい説明は省略させていただく。
2位
西欧3国の主要選挙で、極右の台頭は抑制された。ブレグジット後「離脱ドミノ」まったく起こらなかった。EUは危機を(とりあえず)乗り越えた。
昨年2016年のブレグジットと移民危機のショックが冷めやらぬ今年、オランダ、フランス、ドイツで主要な選挙があった。極右が票を伸ばしたものの、全体としては、事前にマスコミが騒いでいたほどの状況は起こらず、そこそこ落ち着いた結果となった。また「離脱ドミノ」は全く起こらなかった。
この欄にまったく書いていないので、ちょっと長めに書きたいと思う。
3国の選挙結果の詳細
◎3月のオランダ総選挙(定数150)では、中道右派の与党・自由民主国民党が、議席を減らしたものの、33議席を得て第一党を維持した。現在、4党で連立を組み、第3次ルッテ内閣となっている。
他の与党3党は、キリスト教民主同盟(19議席)、民主66党(19議席)、キリスト教連合(5議席)。極右と呼ばれる自由党は20議席と第2位につけた。
◎フランスでは、4・5月に大統領選挙が行われた。エマニュエル・マクロン氏は、新しく「共和国前進」党をつくった。従来の右派でも左派でもない、「中道」を自認する党である。決選投票では、極右「国民戦線(FN)」党の党首、マリーヌ・ルペン氏を破って、大統領に選出された。
続いて6月に行われた総選挙(国民議会選挙)では、定数577のうち、共和国前進党が313議席を獲得して、単独過半数となった。極右・国民戦線は、8議席にとどまっている。
◎ドイツでは、9月にドイツ連邦議会選挙が行われた(定数709)。メルケル首相率いるキリスト教民主同盟は、議席を大幅に減らしたものの、200議席で1位を維持。キリスト教社会同盟(46議席)と合わせて246議席で、第1党となった。第2党には、中道左派の社民党がつけた(153議席)。極右「ドイツのための選択」は94議席を獲得して、第3党につけたのは、大きなニュースとなった。
前回と同じように、第2党の社民党と大連立を組む交渉が行われているが、まだ結論が出ていない。社民党党首のマルタン・シュルツ氏は、前の欧州議会議長で、人気が高い。
原因は何だろうか
3国を見ると、極右はドイツとオランダで1割強の議席を確保、フランスでは2%未満の議席数であった。確かに極右の伸長はショックだし、以前と比べれば不安な状態ではあるが、事前のマスコミの騒ぎ方から見たら、拍子抜けの結果と言えないこともない。市民のほうがよっぽど理性的だったというべきだろうか。この結果の原因を考えてみたい。
◎移民の大量流入がとまった。EU側の様々な対策が実ったおかげであるが、特にトルコには感謝しなくてはならないだろう。
◎オランダ人の理性と寛容さが先鞭をつけた。オランダでは、極右は票は伸ばしたものの、今までと同じ中道右派の党が第一党となり、首相も変わらなかったのだ。EUはオランダ人に感謝するべきかもしれない。
オランダ総選挙のあった3月と、9月のドイツ連邦選挙では半年の開きがあり、雰囲気はかなり違った。あの移民の大量流入は、3月にはまだ荒々しい話題であったが、9月には既に一応収まったという空気があった。
初めの一歩であるオランダが持ちこたえたことは、特にメディアには影響を与えたように感じた。極右・自由党は事前の評判とは別に20議席しか取れなかったので、「敗北」とオランダのメディアに扱われた。そしてヘルト・ウィルダース党首は取り囲む記者の前で、敗北したことを認めた。これが欧州メディアに流れた。
国際ニュースをチェックするような層には、メディアで知らされたオランダの理性的な結果は少なからぬ心理的な影響を与えたと思う。
ただ注意したいのは、国政選挙というものは、一番重要なのは自分の生活に直撃する問題であることだ。欧州でも日本でも同じである。そのため、欧州の国政選挙では、日本で報道されるほどには、EUや他国の動向は関係ないことは頭に入れておいたほうがいいと思う(実際、フランス大統領選のための党首が集まる主要特別テレビ番組では、EUがまったく話題に出なかったことがある。話していたのは、雇用や失業、税金、教育、地方格差、年金などの国内社会問題ばかりであった)。
◎3国において、極右は、結局は現状への「不満票」を吸収する役目しか果たさなかった。ただし強烈な「ノー」ではあるが。移民の大量流入が続いていれば話は別だが、極右が政権をとるほど、ヨーロッパ人は飢えていないし、生活できないほどではないと思う。
◎一口に「極右」というが、極右の度合いや政策は、各国の政党によってかなり異なる。極右の定義は難しい。ほとんどナチスの政党もあるが、マイルド路線に走り、中道右派の支持層を奪おうとする党は多い。ただし、これはやりすぎると、極右の独自性や存在意義(?)が失われ、逆に支持を失う。
つまり、いかにも極右らしいと、票は集めても結局は第一党になれない(少なくとも西欧においては)。といってマイルドになると、既存の政党に似てきて、そっぽを向かれる度合いが高くなる。
そういう意味では、極右極右というが、意外にもろい存在なのである。上記で「強烈ではあるが、不満票を吸収する役割」と書いたのは、このような意味もある。
3国の選挙に共通で見られたこと
◎3国に共通しているのは、伝統的な中道左派である社会党(フランス)、労働党(オランダ)や社民党(ドイツ)の、大きな落ち込みである。特にフランス社会党はひどい。前回は政権党だったのに、今や政党存続の危機である。オランダ労働党も、前回は連立与党だったのに、歴史的敗北を喫している。
一番の理由は、もちろん極右の台頭である。しかし、もっと大局的な、歴史的な流れによる説明が必要なのではないかと思う。フランス社会党やドイツの社民党等は、1889年の第2インターナショナル(欧州では「労働者/社会主義者インターナショナル」とも呼ばれる)の流れをくむ、大きな思想潮流の中にある政党である。筆者は、EU(存在そのものが左派)が力を増している流れもからめて考えてみたいのだけど、そのような分析もまだみつけていないし、今後の研究の課題と思っている。
◎伝統的な中道右派も、3国で同様に議席数を減らしている。そういう意味では、右左に関わらず、既存の政党に対する不信が高まっているという見方はできるだろう。ただし、オランダやドイツでは、中道右派は相変わらず政権党である。もし今後も極右が伸びていくとしたら(やや疑問であるが)、中道右派政党の生き残りは、極右に負けまいと、いかに強気というかやや過激な言動をし、かつ、いかに極右とは一線を引けるかにかかっているだろう。
◎ちなみに、緑の党系の党は、ドイツでは堅調なのび、オランダでは躍進、フランスでは相変わらず低迷である。
冷静に考えると、極右の政党が単独過半数をとることは西欧ではありえそうになく、そうなると、極右が政権をとるには連立を組まないといけなくなる。しかし、それを望む政党はまずないと言っていい(マイルド化した極右政党と連立ならありうるが、マイルド化すると極右じゃなくなる)。となると、第2、第3、第4の党などが連立を組めば、仮に極右が第1党であっても、議席数を上回って政権与党になることができる。実際に欧州にはそういう政権は存在する。
今後の欧州全体を考える場合、極右に対する油断は禁物だし、東と西、北と南の違いはあるものの、観察する側や報道する側のほうがもっと理性的になる必要があるかもしれない。
1位
EU軍事への第一歩が築かれた
市民の視線なら、2位に書いたものが1位になるだろう。でも、EUを観察している者にとっては、断然これが今年のナンバーワンである。2016年の一般メディアや市民の話題の中心がブレグジットと移民問題ならば、今年2017年、欧州の識者の関心の中心は圧倒的に軍事・安全保障問題であった。空気が大きく変化したことを感じさせた1年だった。
この問題は、EUの本質そのものを変化させる大問題である。日本人には、EUは左派思想のたまものであるという本質が伝わって広く理解される前に、本質が変わってしまいそうである。日本とEUの経済連携協定が結ばれて、いよいよこれから、という時に。なんてことだ・・・。
60年以上も前、欧州では「欧州防衛共同体」をつくろうという案があった。英語名ではEuropean Defence Community(EDC)と呼ばれる。この構想は挫折したが、それ以来、ヨーロッパ人はこの分野で進展することは決してなかった。ほとんどの国にとって、軍事は国家主権の問題だった。
これを変えたのは、ロシアによるクリミアの併合とウクライナ紛争である。また、Brexitやトランプ政権の誕生も、動きを加速させる原因になった。
今年の11月13日に、23か国のEU加盟国はブリュッセルで、軍事強化の協力、武器開発、外部活動に従事する意図を法的に確認した。フェデリカ・モゲリーニ氏(EU外務・安全保障政策上級代表)は、「私たちは欧州の防衛の歴史的な瞬間に生きています」と述べた。
23カ国の代表が署名したのものは「恒常的構造防衛協力(Permanent Structured Cooperation = PESCO)」に関する共同通達、という名称である。
AFP通信によると、モゲリーニ氏は、この新しいツールは、「私たちの戦略的自治を強化する軍事力をさらに発展させる」と評価した。20の公約を列挙している。この協力は、初めのうちは戦車、無人機ドローン、軍用機などの機器開発プロジェクトの形を取る予定だが、時期が来ればEUの戦闘部隊の運営本部や運用ロジスティック(物流)プラットフォームをつくるという考えがある。NATOを補完するものだが、モゲリーニ氏は50以上のプロジェクトが登録されていると語った(そのうち17が最初のリストに載せられた)。
11月の時点では23カ国で、英国を除く27カ国中、ポルトガル・マルタ・アイルランド・デンマークが参加していなかったが、12月11日にEU理事会が、「恒常的構造防衛協力(PESCO)」の創設を決定したときは、2カ国増えて、25カ国が参加となった(デンマークとマルタが未参加)。
この話はとても複雑で、NATOとの関係、ドイツの位置など、解説しようとするとますますややこしくなるので、来年に項を改めて書きたいと思う。
筆者がここで書いておきたいのは、一般市民の視点から見たら、「寝耳に水」の事態が起きているのではないかということだ。
確かにヨーロッパ市民は、一つのテロの記憶が薄れたころに次のテロが起こる、ということが繰り返されているので、安全が確保されることを願っている(ただ、必死でテロが起きない努力が行われ、効果は出ている印象はある)。
シェンゲン協定で人と物の移動は自由なのだから、EUの枠で安全強化を行うことは、おおむね支持されている。
しかし、果たしてEU市民は、軍事面のEU統合までは望んでいるのだろうか。上記の話がブリュッセルで進んでいることを、おそらくほとんどの市民は知らないだろうし、欧州のジャーナリストですら全体を見れば、無自覚な人が多いのではないかと思う。
つまり、感覚としては「テロ対策のためにEUとして安全保障の強化を進めているのは知っていた。賛成してもいた。しかし、気づいたらEU軍事の話になっていた」ではないかと思うのだ。
極右が台頭したのは、「国境を閉じて自分の国のことだけを考えたい」という思いであり、「ブリュッセルは遠すぎる。そんな所で決めるな」という不満も理由の一つである。極右の台頭は抑制されたといっても、まだまだ油断はできない状況だ。このEU軍事の進捗は、今後どのような市民の反応を引き起こすのか、不安を感じさせる。
テロ対策の流れと、ウクライナ・クリミア問題の流れは、実際は別のものだと思うが、現実では混ざっている。警察中心なのか軍中心なのか、治安維持・防衛・抑止・先取攻撃の境目がどこかという議論にもなると思う。
欧州と日本は、実際には違いがたくさんあるのに、不思議なほど似ている面がある。
今まで頼ってきた「アメリカ」という超大国の重しを失ってきているからなのだろうか。
* * * * *
昨年はブレグジット・移民問題で欧州は大きな危機に見舞われ、極右の台頭があれほど恐れられていた。EU崩壊の危機が叫ばれ、ドミノ離脱が起こるか? などと言われていた。それなのに、1年経ってみたら、EUはこれほどの堅い結束を見せていて、約60年前に失敗した軍事協力を新たに具体的に進めている。「雨降って地固まる」と呼べるような状態になっている。EUは加盟国のリーダーの意志が一番重要なのだが、それでもやはり、ユンケル(ユンカー)委員長の能力の高さには、心底感嘆する。
彼の能力を一番鋭く見抜いていたのは、英国を動かしている人たちだったのかもしれない。アメリカの世紀の前に世界を支配したのは英国だった。はるか昔の過去の栄華ではあるけれど、蓄積された見識と知識は英国に厳然と残っていて、それがユンケル委員長の時代を恐れさせ、反発させたのかもしれない。
参照:カタルーニャの独立投票と、スコットランド、EU(欧州連合)の関係
今こうして欧州大陸と英国は、完全に異なる、二つに分かれた道を行くことになった。
欧州大陸のEUと英国ーーこれらが、日EU関係にどのような直接的な変化をもたらすのか、中国・ロシア・朝鮮半島・アメリカなどを通じてどのような影響を及ぼすのか、来年は注視していかなければならないだろう。