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ヨーロッパ人は欧州防衛をどうするのか(1)「NATOの欧州化」とは:トランプ氏とウクライナ・ロシア

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者
NATO欧州の連合軍最高司令官、クリストファー・カヴォリ大将。アメリカ人(写真:ロイター/アフロ)

来るべきトランプ時代を前に、ヨーロッパで「欧州の防衛をどうするべきか」という議論が盛んになっている。

身につまされる議論である。欧州も日本も、アメリカに守られることに慣れきっている点では同じなのだ。

今のところ、トランプ氏や米国がアジアの防衛に無関心であるという様相は感じられないが、どうしても「明日は我が身」という思いがしてしまう。

何回かに分けて、欧州ではどのような意見や議論、問題があるか、紹介していきたいと思う。

NATOの欧州化とは

「NATO(北大西洋条約機構)の欧州化」という言葉を聞いたことがあるだろうか。

この言葉や議論は古い。簡単に言えば、アメリカ VS ソ連の対立構造が終わった冷戦後の時代に、欧州の防衛はより一層ヨーロッパ人が負担するべきかという話だ。

NATOでは様々な組織改革が行われてきたものの、ほとんどのヨーロッパ人は、気持ちの上でも実力でも予算でも、今までずっとアメリカ頼みであり続けたという事実には変わりがない。

特に、冷戦後にEU(欧州連合)が東に拡大し、東欧のEU加盟国がアメリカに頼る(というより、すがる)気持ちは強い。

第二次トランプ政権を前に、再び見直そうという意見が、盛んに欧州で出ている。

今回紹介するのは、レイチェル・リッツォ氏とマイケル・ベンハムー氏の二人が、共同で『ル・モンド』氏に寄稿したものだ。

リッツォ氏は、国際関係を専門とするアメリカのシンクタンク「アトランティック・カウンシル(ワシントン)」のリサーチ・アソシエイト。ベンハムー氏は、欧州の安全保障を専門とするシンクタンク「OPEWI-Europe'sWarInstitute(ブリュッセル)」のディレクターである。

それでは以下に二人の意見を紹介する。

ベルギー・ブリュッセルのNATO本部
ベルギー・ブリュッセルのNATO本部写真:ロイター/アフロ

「ドナルド・トランプが権力の座に戻る今、NATOの欧州化を計画しよう」

欧州の指導者たちは、NATOの欧州化という古いアイデアを復活させることで、積極的になるべきである。

既に欧州では、フィンランドとスウェーデンがNATOに加盟し、防衛予算額を増大させ、ウクライナに多くの支援を行っている。事実上、欧州はNATOの欧州化を進めている。

私達はこの変化を認識し、そのための計画をたてる時期に来ていると考えている。2050年までの移行計画を考えるなら、どのようなものになるだろうか。

第一に、EUは、NATOの活動を支援するために、より大きな役割を果たすべきである。

EUには、防衛プロジェクトの資金調達のために負債を負うなどの資金調達能力がある。これはNATOに欠けているものだ。

2022年2月のウクライナ侵攻から、EUは既に大きな前進をとげている。

「2023年欧州防衛産業戦略」では、「EU加盟国は、2030年までに防衛装備品の少なくとも40%を共同購入する。そして、EU域内で調達するのを2030年までに50%、2035年までに60%に引き上げる」ことを目標としている

現在は、欧州における防衛品の78%は、欧州域外から調達されている。


欧州は本質的なことに焦点を当て、自問しなければならない。

安全保障上の衝撃(例えば、バルト三国へのロシアの介入や、イスラム国の新バージョンなど)を吸収するには、どのような能力が必要か。アメリカが我々の初期段階の取り組みを支援するための政治的・戦術的余地を確保できるようにするために。

脅威の影響、実際の欧州のリソース(資源)、能力の任務の分担を関連付けながら、特定の脆弱な前線に対する計画を策定する必要があるのだ。

第二に、権力移譲の組織化である。

NATOの欧州の連合軍最高司令官は、「サクール(サカールとも聞こえる)/Saceur」と呼ばれる。

この地位は、伝統的にアメリカの将軍が務めてきたが、欧州が自国の防衛力を強化し、より大きなビジョンの統一を図ったら、ヨーロッパの軍事指導者が務めるようにすべきである。

地域司令部の司令官も同様である。例えば、ナポリにあるNATOの地中海司令部は、アメリカの4つ星提督に代わって、ギリシャ、イタリア、スペイン、フランスの提督が交代で指揮を執ることが可能だろう。

核兵器についてはどうか。欧州の「核の傘」についてより踏み込んだ議論が行われるまでは、サクールのアメリカ人副司令官(副司令官であると同時に、在欧米軍司令官でもある。原文訳ママ)が、欧州における米国の核射撃の戦術的責任を持つことになるだろう。

(筆者注:今まで常にアメリカ人だったサクールは、任命するのはアメリカ大統領である。その後、米国上院の承認や、NATOの最高政治意思決定機関である「北大西洋評議会」によって承認される。サクールは、在欧米軍司令官でもある。寄稿者は、将来、在欧米軍司令官の地位に就く人は、ヨーロッパ人司令官の下につく副サクールになり、米国の核射撃の戦術的責任をもつ人となるべきだと言っているのだと思う)。

このような組織的な権限移譲によって、よりコストのかかる離婚は避けられるだろう。

明確にしておくと、このように改革されたNATOの同盟は、理想的には依然としてアメリカの後方支援と情報力によって支えられいる。加盟国が攻撃された場合に武力介入を保証する第5条も維持されるだろう。

NATOの欧州化計画は何十年もの間、揶揄されてきたし、アメリカがいなければNATOは衰退してしまうという意見も、いまだにある。確かにそうかもしれない。

しかし、ワシントンの共和党と民主党の超党派プログラムによって支えられるNATOの積極的な欧州化は、長期的な安定と抑止力を保証するものだ。

米国と欧州の指導者たちが協力して改革主義的な「ホライズン2040」を策定し、市民や産業界に明確な情報をもたらす時間を確保することが、欧州のNATOを救い、最終的には強化する唯一の方法なのである。

NATO本部を訪問したゼレンスキー大統領と、ルッテ事務総長。2024年10月17日。
NATO本部を訪問したゼレンスキー大統領と、ルッテ事務総長。2024年10月17日。写真:ロイター/アフロ

本当に欧州化は可能なのか

いかがだっただろうか。

最後に出てきた「ホライズン2040」とは、EUの気候・エネルギーに関する「2040目標」のことだ(フランス語名称)。

2040年までに1990年レベルと比較して、温室効果ガスの純排出量を90%削減するという、とても野心的な目標を勧告しているものだ。

これをNATOになぞらえていると思われる。

2040年に向けての変革というのは、NATOのほうにも既に存在している。「NATOの戦闘における最上位概念」というものだ(NATO Warfighting Capstone Concept /NWCC)。2021年に承認された。

これは2040年までに新たな時代の戦争や安全保障環境に向けて、軍事力を適合させていくためのビジョンである。

つまり、気候変動問題と同じくらい、NATOは新しい時代に向けての思い切った変革が必要という意味を、二人の専門家はこの言葉にこめているのではないかと思う。

実際、寄稿文の中には、気候変動問題への解決を描く文章でよく使われる言葉が見られる。

そして現実を見るならば、両者が指摘するように、トランプ次期大統領という課題を越えて、アメリカ社会は予想以上に急速に変化しており、欧州との絆はどんどん薄れている。

米国国勢調査局によると、まず出身が変化している。

1949年のNATO調印時にはアメリカ人の90%がヨーロッパ出身であったが、さまざまな予測によれば、2050年にはその半分以下になるだろうという。

さらに、貿易においても同じである。

1950年にアメリカの対外貿易では、ヨーロッパへの輸出入が40%以上だった。この比率は今日では半分に減ってしまい、米国税関が数量化した物品貿易に基づく計算によると、20~ 21%となっている。

「離婚」せずにどうやってつながりを保つのか。権力を移譲したら、それ相応の金銭の負担も欧州が担うことになるし、軍拡となるだろう。本当に可能だろうか、市民が納得するだろうか。欧州市民は、軍拡が必須なほど、欧州に脅威になる存在が周りに数多くいると感じているだろうか(東欧と西欧では違う)。

東アジアのほうがよっぽど不安定に見える。

また、軍事に金銭を費やせば、アメリカと同じレベルの軍事技術をもつことが本当に望めるのだろうか、この社会主義的大陸ともいえる欧州で。

そして何より、欧州が共通の軍事ビジョンをもつことなど出来るのだろうか。しかも、欧州、欧州と寄稿者は書いているが、欧州ってどこのことでしょう。

この寄稿では、欧州とはEUのことを指している印象を受ける。しかし、NATOはEU加盟国だけではない。

ブレグジットのために、ウクライナに先陣切って(過激に)武器供与をする以外、存在感の埋没を防ぐ方法が乏しいイギリスもいるし、トルコもいる。「戦争にならないとEUに加盟できないのか」とボヤくバルカンの国々もある。

アメリカという大ボスがいないとダメなのではないか。でもトランプ次期大統領によって欧米の良好な関係が再びかき乱されたら?

そもそもEUとは軍事連合になるつもりがあるのか。それはEUの完全な変質に筆者には思えるのだが。

それでも日本の孤独で不安な状況から見たら、うらやましい気持ちがするのは否めない。

(2)に続く。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。元大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省機関の仕事を行う(2015年〜)。出版社の編集者出身。 早稲田大学卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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