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米国の混沌が招いたコロナの暗い冬

片瀬ケイ在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー
トランプ大統領のコロナ対策顧問のスコット・アトラス医師。感染症や疫学は門外漢。(写真:ロイター/アフロ)

死者数はもうすぐ25万人

 コロナ禍がはじまり9カ月。米国で新型コロナウイルスが、これまでにない猛スピードで全土に広がっている。11月10日には、筆者の住むテキサス州の累計感染者数が米国ではじめて100万人を超えた。その3日後には、カリフォルニア州も100万人を超えた。

 大統領選挙直前には、全米の1日あたり新規感染者数が10万人に達していなかったのに、それから1万人単位で増えていき、11月13日には1日で18万4000人以上の新規感染者が確認された。直近の6日間だけで、感染者数は100万人増である。累計感染者数は1100万人、死者数は25万人に近づくという恐ろしい数になってしまった。

 感染者数や入院患者数が急増する中で、どの州も全面的なロックダウンではなく、感染の温床となりやすい状況の制限で乗り切ろうとしている。ニューヨーク州では再びバーやレストランの営業時間を短縮し、オレゴン州はレストランの店内飲食を閉鎖した。ミシガン州では高校、大学の対面授業をやめ、仕事も可能な限りテレワークにするなどの制限を復活させた。

 そんな時、トランプ大統領の新型コロナ対策顧問のスコット・アトラス医師は、ミシガン州民に向けて、「これを止める唯一の道は、市民が立ち上がること。受け入れれば、制限される」と、ツイートした。ミシガン州民に、知事のコロナ対策制限を受け入れず、抵抗に立ち上がれと焚きつけているのだ。

スコット・アトラス医師って誰?

 トランプ大統領は、マスク着用や行動制限などのコロナ対策を、経済再開や市民の自由な生活を妨げるものと考えている。このため、ソーシャルディスタンシングを呼びかけ続けるコロナ対策チームとは、春の終わりから距離を置くようになった。

 8月には、保守系ケーブルテレビのFOXニュースの医療コメンテーターで、コロナ対策チームや主流の疫学者が反対する「自然感染による集団免疫戦略」を提唱するスコット・アトラス医師を、新たに「大統領の新型コロナ対策顧問」に任命。同医師の専門は神経放射線医学で、感染症や疫学ではなく、「別の観点から大統領にコロナ対策を助言する」という説明だった。

 アトラス医師は、子どもはコロナウイルスに対し本質的に「リスクがない」と主張をしている。大多数の専門家は異議を唱えるが、トランプ大統領の「学校再開、経済再開」推進政策にもってこいの専門家だった。

 以来、トランプ大統領はアトラス医師とは話すが、コロナ対策チームの会合に出ることも、国立アレルギー感染症研究所のアンソニー・ファウチ所長ら感染症や公衆衛生の専門家からヒアリングを受けることもなくなった。対策チームの座長であるペンス副大統領経由で、情報はトランプ大統領に展開されるとはいえ、トランプ大統領がコロナ感染の制御にそれほど興味がないことは明らかだ。

 アトラス医師は、先月も「マスクに効果があるかって?答えはノーだ」とツイート。虚偽で有害な情報の共有を禁止するツイッターの規定違反にあたるため、10月18日には削除された。(注1)アトラス医師の見解とは逆に、米疾病対策センター(CDC)は11月10日、最近の研究に基づき、マスク着用は感染から他者を守るだけでなく、着用者本人を感染から守る効用もあると発表した。(注2)

バイデン政権のコロナ対策

 ファウチ所長は、以前から「ウイルスは私たちの事情などお構いなしに広がっていく。制御しなければ、際限のない拡大に向けてテイクオフする」と警告していた。離陸した飛行機が、急速に上昇していくように、目に見えないウイルスがどんどん広がり、増殖し、さらに拡散するイメージが頭に浮かび、ゾッとさせられる。

 ねずみ算式に増えていくのだから、ウイルスが拡散すればするほど、制御も難しくなる。なぜ、こんなことになったのか。どうしたらいいのか。

 ジョー・バイデン次期大統領は、すでにビベック・マーシー前公衆衛生局長官とデビッド・ケスラー元食品医薬品局(FDA)長官らを中心に、公衆衛生や医学のベテランを揃えた新型コロナ対策本部を立ち上げている。(注3)メディアは早くも、バイデン次期大統領やマーシー氏らに「バイデン政権ではコロナ対策にどう取り組むのか」と問いただす。

 バイデン次期大統領を筆頭に、まずは誰もがマスクの着用とソーシャルディスタンシングの徹底を市民に懇願する。その上で、状況に応じた行動制限や、検査と接触者追跡の徹底、ワクチンや治療薬、必要な医療用品の確保をあげる。メディア側は、それでは「現状を招いたトランプ政権と変わらない」と不満げで、新たな方策を聞き出したいようだ。

混沌の果てに

 しかし米国でこんな風になったのは、いまだにマスク着用やソーシャルディスタンシングの実施どころか、新型コロナの脅威に対してさえ共通認識ができていないことが最大要因なのだ。11月15日現在、まだ14州でマスク着用を義務づけていない。

 コロナ対策チームやトランプ大統領、アトラス医師、政治家、専門家、フェイクニュース、私見を披露する市民の声がソーシャルメディアで拡散され、コロナ情報は今も混沌としている。

 爆発的な感染拡大に直面している北部のサウス・ダコタ州。トランプ大統領と同じようにコロナの脅威を否定し、自由な生活様式を守ることに固執する州民が多く、同州知事は現在もマスク着用の義務づけを強く否定している。同州のICU看護師はCNNのインタビューで、患者が死ぬ直前までコロナではない、コロナは存在しないと言い続けたり、「治るんだから家族とビデオ面会する必要はない」といって、家族の顔を見ることなく息を引き取ってしまう患者がいたと話した。(注4)

 大統領選挙から2週間が過ぎようとしている。感染拡大の勢いは増すばかりで、毎日1100人以上が死んでいく。トランプ大統領は毎日ゴルフをし、選挙に対する訴訟を指示するだけで、コロナ対策には言及しない。トランプ大統領の許可なしには、バイデン次期大統領のコロナ対策本部が現対策チームから状況説明を受けることさえできない。

 トランプ大統領の「アメリカ・ファースト」は、一体、何を意味していたのだろうか。米国市民は今年、制御不能なコロナ感染のもとで、感謝祭やクリスマスを迎えることになる。暗い冬になる。

(注1)ツイッター、トランプ氏顧問の投稿削除-「マスクに効果なし」は虚偽 ブルームバーグニュース

(注2)マスク着用、自分を感染から守る効果も CDCが新ガイドライン CNN

(注3)バイデン政権移行チーム計画 COVID-19 (英文リンク)

(注4)入院しても新型コロナはデマだと信じ込むサウスダコタ州の患者がいる (CNN 英文ビデオリンク)

在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー

 東京生まれ。日本での記者職を経て、1995年より米国在住。米国の政治社会、医療事情などを日本のメディアに寄稿している。2008年、43歳で卵巣がんの診断を受け、米国での手術、化学療法を経てがんサバイバーに。のちの遺伝子検査で、大腸がんや婦人科がん等の発症リスクが高くなるリンチ症候群であることが判明。翻訳書に『ファック・キャンサー』(筑摩書房)、共著に『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿』(光文社新書)、『夫婦別姓』(ちくま新書)、共訳書に『RPMで自閉症を理解する』(エスコアール)がある。なお、私は医療従事者ではありません。病気の診断、治療については必ず医師にご相談下さい。

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