台風19号で浸水被害を受けた北陸新幹線の車両はどうなる? 全車両が廃車の可能性も
千曲川の決壊によって浸水した北陸新幹線の車両基地
台風19号は日本列島にかつてない規模の水害をもたらした。国土交通省が発表した「令和元年台風第19号による被害状況等について(第12報)」によると、河川の堤防が切れて崩されることを意味する決壊が発生したのは2019年10月16日14時30分現在で7つの県の合わせて59河川、90カ所に上るという。これらの決壊箇所での被害状況は多くが「調査中」とのことで、被害の全貌は同日の段階では明らかになっていない。
多数の決壊箇所のうちの一つ、信濃川水系の千曲川の左岸、58.0km地点に該当する長野市穂保(ほやす)地先で起きた千曲川の堤防の決壊は北陸新幹線にも大きな被害をもたらした。堤防の決壊によって流れ出した大量の水は、約2km北北西に位置し、長野市赤沼にあるJR東日本の長野新幹線車両センターと呼ばれる車両基地に襲いかかる。一時は面積約15万平方mの車両センター全体が浸水し、着発収容線に留置されていた12両編成の車両、10編成の合わせて120両もすべて水に浸かってしまう。
報道で確認した限り、車両への浸水はピーク時でちょうど側面の扉の下辺付近、ちょうど床面が設置されているあたりであった。北陸新幹線で用いられているJR東日本のE7系、JR西日本のW7系という両者ほぼ同仕様の車両の床面の高さは、レール面から1.3mの位置に設けられている。加えて、レールの高さは約15cm、レールやまくらぎを支えるバラストと呼ばれる砂利の厚さも約15cmであるから、同車両センターの浸水の度合いは最低でも1.6mに達したと言えるだろう。
長野新幹線車両センターは車両の留置だけでなく、検査や一時的に規模の小さな修繕も実施される。検査の内容はおおむね2日に1回の仕業(しぎょう)検査、そして車両の走行距離が3万kmまたは30日以内に実施する交番検査の2種類だ。仕業検査の対象はE7系・W7系の双方で、交番検査は原則としてE7系だけに対して行う。同車両センターの浸水によって北陸新幹線の車両の検査も実施できなくなるものの、代替の施設は存在する。東京都北区にあるJR東日本の東京新幹線車両センター、石川県白山市にあるJR西日本の白山総合車両所だ。ただし、両施設とも日常的に北陸新幹線用の車両の検査を行っており、東京新幹線車両センターに至っては加えて東北・上越・北海道・山形・秋田の各新幹線用の車両の仕業検査や交番検査も担当しているので、長野新幹線車両センター分の検査業務を追加して負担するための体制を整える必要が生じる。
長野新幹線車両センターはなぜこの位置につくられたのか
今回の浸水で長野新幹線車両センターを運営するJR東日本への風当たりは強い。だが、客観的に見て筆者は不可抗力であったと考える。
そもそもの問題として、JR東日本が長野市赤沼という場所を選んだことが誤りではないかという批判も多い。実はこの場所は整備新幹線である北陸新幹線を建設した日本鉄道建設公団、現在の鉄道建設・運輸施設整備支援機構(鉄道・運輸機構)が他の候補地と比較、検討のうえ決定した。同公団の北陸新幹線建設局が著し、発行した『北陸新幹線工事誌 高崎・長野間』(1998年3月)の48ページを見ると同車両センターの位置を決めるに当たっては次のような経緯をたどったという。
「新幹線における車両基地の配置については、その機能を十分に発揮するために、将来的な想定輸送量に基づき、1 断面輸送量の段差が大きいこと、2 空車回送や仕業・交番検査時の回送ロスが少ないこと(効率的な車両運用)、3 鉄道・道路等の交通事情、通勤の便がよく、要員確保が容易なこと、4 上下水道、工業用水及び用地の確保が容易であること等を条件として選定を行った。
(中略)長野地区の具体的な基地位置としては、赤沼地区、川中島付近等が候補地として検討されたが、当面、長野が終点とはなるものの、将来的には北陸新幹線全線が整備されること、用地取得の難易度等を考慮して、前述の条件に最も適合した赤沼地区に設置することとした。」
もう一つの候補地であった川中島付近の具体的な位置は不明ながら、筆者の推測ではJR東日本信越線の川中島駅の北方にある犀川(さいがわ)沿いの平地ではないかと考える。今回の台風で犀川は護岸の損壊という被害が生じたものの、決壊は避けられたので、同公団の選択が誤りであったと言うのはたやすい。しかし、長野市が公表している洪水ハザードマップの「古里・柳原・浅川・朝陽・若槻・長沼・豊野地区周辺」編から長野新幹線車両センターの様子を、そして「篠ノ井・川中島・信更地区周辺」編から川中島地区の様子をそれぞれ見比べても、1000年に1回程度の洪水による浸水の深さはどちらも10m以上20m未満とあって危険度は同じだ。同車両センターが建設された当時はハザードマップが存在しなかったという点も考慮すれば、現在の位置が誤りであったとは言えない。
長野新幹線車両センターは広大な盛土の上に築かれている。一見平地のようでも厳密には多少の傾斜が生じているので、車両を長時間停止させられるよう平らな場所に線路を敷くためであり、そのうえで周囲の河川の氾濫にも備えたからだ。同車両センターの北東側から2005年8月に筆者が撮影した写真を見ると、この車両基地は周囲の水田と比べて少なくとも2mは高い位置に設けられている。今回の千曲川の決壊による洪水の規模は調査中ながら、最低でも水位はいま挙げた2mに先ほどの1.6mを加えた3.6mは上昇したようだ。車両基地の周囲に高さ20mの堤防を張りめぐらせておけば今回の台風でも無事であったかもしれないが、周辺の環境破壊は著しく、日照の被害が生じることは間違いない。
浸水した北陸新幹線の車両の今後を考える
長野新幹線車両センターで浸水した車両は、E7系が8編成の96両、W7系が2編成の24両で合わせて120両である。これら車両の今後については多くの人々が関心をもたれているであろう。筆者の考えを結論から言うと、120両すべてが全損で修理は不可能かそうでなくても大変困難であるために廃車とせざるを得ず、現地で解体するほかないと考える。理由は次のとおりだ。
先述のように車両への浸水の程度はひどく、床面までの1.3mが水没した。車輪や車軸といった走行装置、モーターをはじめとする電気機器など、主要な機器類はほぼすべて床下に装着されており、これらは甚大な被害を受けた。それでも走行装置といった機械の部品は洗浄すれば使える可能性はまだある。しかし、台風の雨は海水を含んでおり、早急に手を打たないと鋼鉄の腐食が進んでしまう。
いっぽう、電気機器はすべてを新しく取り換えなければならない。モーターの回転数やトルクをコントロールする主変換装置をはじめ、新幹線の車両を含めた現代の鉄道車両の電気機器には各所に半導体が用いられているからだ。水に濡れた基板はまず再生不可能で、新品と交換する必要がある。パソコンの修理を依頼した経験がある人ならわかるとおり、基板代は新品と同額程度というケースが多く、工賃を含めると新品よりも高額に上ることも珍しくない。
実を言うと、鉄道車両のなかで電動機を用いて走る電車と呼ばれる車両は、新幹線の車両を含めて車両の価格のおよそ半分が電気機器代と言われている。国土交通省の「鉄道車両等生産動態統計調査」によると、2017年度に製造された新幹線の車両の価格は1両平均1億5885万円であった。その半分の7924万円を費やしてまで修理する価値があるかというと何とも言えない。
それから、新幹線の車両の床下には電気機器同士を結ぶ長大な電線類が張りめぐらされている。その距離は1両当たり数kmにも達するという。これら電線類を乾燥させたうえ、1本1本に対して電気が通るかどうかのテストを行うのは容易ではないし、仮に作動したとしても営業運転という過酷な環境下での確実性は保証されない。電線だけを新品に交換という選択肢もあるが、作業の手間や費やす時間を考えれば、やはり車両自体を新たに製造するほうが得策となってしまう。
電気機器の問題に加え、浸水した車両をどこで修理するのかという問題も生じる。長野新幹線車両センターには大規模な修繕を実施するための設備がないからで、JR東日本の車両であれば宮城県利府町にある新幹線総合車両センター、JR西日本であれば先述の白山総合車両所に搬入しなければならない。
問題はここからで、120両はいずれも自力で走行できないはずであり、となると他の車両に牽引されて移動する必要がある。車両の牽引を担当する車両といえば機関車が思い起こされるが、JR東日本、JR西日本の両社とも北陸新幹線の車両を引ける機関車を保有していない。浸水の被害を受けなかったE7系・W7系が牽引すればよいとはいえ、これらはただでさえ車両が不足している北陸新幹線での営業運転に充当する必要があり、機関車代わりに使用している余裕はないだろう。仮に牽引可能な環境にあったとしても、北陸新幹線には長野新幹線車両センターから見て高崎駅、金沢駅の双方の方面に30パーミル(水平に1000m進むと30mの高低差が生じる傾斜)もの勾配区間が存在する。無動力のE7系・W7系を引いて坂を上っていくことの難しさはもちろん、ブレーキすら作動しないこれらの車両を牽引して急坂を下ろうとはだれも考えないはずだ。
トレーラーを利用して浸水した120両の車両を1両ずつ輸送する方策も検討されるであろうが、こちらも現実的ではない。長野新幹線車両センターからの直線距離は白山総合車両所まででは155kmほど、新幹線総合車両センターまでに至っては300kmほどもある。幅3.5m、長さ25mにも及ぶ新幹線の車両をトレーラーで運ぶには、深夜の時間帯に道路を半ば占有する状態で行うほかない。新幹線の車両をこれほどまでの長い距離にわたってトレーラーで運んだ実績はいままでなく、強行したとしても大変な日数と輸送費とを要してしまうであろう。特に輸送費については1両当たり数千万円以上に上ると考えられ、やはり代替の車両を新たに製造するという選択の優位性は揺るぎない。
新幹線総合車両センター、白山総合車両所以外で修繕を行うとして、候補地として考えられるのは長野新幹線車両センターから南西に約7km離れた位置にあるJR東日本の長野総合車両センターである。同車両センターは在来線用の車両の検査や修繕を行う施設で、JR東日本、いやJR各社のなかでも有数の規模をもつ。
この程度の距離であれば浸水した車両を1両ずつトレーラーで運んでも輸送費はあまりかさまない。だが、長野総合車両センターに新幹線の車両の修繕に対応した設備を新たにつくることができるのかという問題が生じる。もし可能であったとしても、稼働は早くても2020年夏ごろで、そこから修繕作業を開始するとなると完了はいつになるのであろうか。となると、現時点で日々車両の製造を続けている全国の鉄道車両メーカーに新車を発注したほうが手間は少なくて済むし、納品も早い。
最後の選択肢は長野新幹線車両センターに大規模な修繕が可能な設備を増設するという案だ。しかし、長野総合車両センターに新幹線の車両の修繕設備を追加するのと同様の問題が起きる。加えて長野新幹線車両センター自体の浸水状況が不明なうえ、周囲の道路を含めて本格的な復旧の見通しが不透明ななか、浸水した車両の修繕まで担わせるというのは余りにも荷が重い。
いままでの考察から、残念ながら浸水した120両の車両はすべて廃車とするほうが得策となる。車両の解体場所はいま挙げた長野総合車両センターとなるのではないだろうか。いっぽうで、浸水はしたものの、車両の防水性能が優れていて、ほとんど損傷が生じていないという可能性も残されている。いずれの結果になるかは、長野新幹線車両センターから水が引き、復旧作業が開始されれば明らかになるであろう。
北陸新幹線で不足する車両はどのように補えばよいのか
北陸新幹線ではE7系が19編成、W7系が11編成の合わせて30編成がいずれも12両編成を組んで営業に用いられている。市販の時刻表に基づく筆者の試算では、平日に毎日運転される上下61本ずつの計122本の列車を運転するためには両者合わせて23編成が必要と求められた。今回の浸水によって10編成が失われ、残る編成は20編成だから、3編成が不足する。
E7系・W7系は新幹線の車両のなかでは特殊な構造をもつ。それは、架線に供給される交流2万5000Vの電源周波数が50Hzであっても60Hzであっても走行可能という点だ。北陸新幹線に電力を供給している電力会社は起点の高崎側から東京電力、中部電力、東北電力、北陸電力の4社である。電源周波数は東京電力と東北電力とが50Hz、中部電力と北陸電力とが60Hzをそれぞれ採用しているため、車両も対応せざるを得なかったのだ。いっぽうで他の新幹線の車両は一部を除いて50Hzまたは60Hzのどちらかでしか走ることができない。したがって、3編成が不足した北陸新幹線を他の新幹線の車両で補うことは不可能だと考えられる――。
実を言うと、JR東日本は2019年から上越新幹線の車両の置き換えを始めたところで、旧来の車両の代わりに投入された車両は北陸新幹線用と同仕様のE7系だ。いまのところ上越新幹線向けに製造されたE7系は12両編成が4編成あり、うち3編成を北陸新幹線に転用させるというのが現実的な方策となる。
年末年始などの繁忙期には臨時列車を多数運転するために北陸新幹線では編成の数が足りなくなってしまう。上越新幹線からE7系4編成をすべて借りて24編成の体制としても、まだあと数編成欲しいところだ。E7系による置き換えの対象となっている上越新幹線用のE2系という車両のうち、最も製造時期の古い10両編成の2編成は北陸新幹線でも走行できる。正確に言うと、10両編成のうち7・8号車を除いた残り8両だ。それから、8両編成の全車両が二階建て車両でやはりE7系によって置き換えられる予定であったE4系という車両にも、臨時列車用という限られた使用回数の想定ながら、北陸新幹線への乗り入れに対応した編成が2編成存在する。これらを活用して何とかやりくりするほかない。
上越新幹線で不足する車両は、走行に支障のない東北新幹線用の車両を転用してしのぐ。東北新幹線には、元秋田新幹線用で6両編成を組むE3系という車両が2編成存在する。これらは通常、朝夕のラッシュ時にしか用いられていないから、日中の時間帯を中心に上越新幹線での営業に就かせたいところだ。
台風19号による北陸新幹線の車両面での影響は年単位に及ぶ。浸水した120両のE7系・W7系が修繕不可能と判明し、仮に120両分を新たに製造することが決定したとしよう。E7系・W7系を製造した実績をもつ鉄道車両メーカー4社(50音順に川崎重工業、近畿車輛、総合車両製作所、日立製作所)にいまから発注したとしても、すべてが完成するのは早くても2021年秋ごろだと考えられる。鉄道車両メーカーが新幹線の車両を1編成製造するために必要な工期はおおむね半年程度であり、各メーカーの規模にもよるが、一度に製造できる編成の数は2編成が標準的であるからだ。
いま挙げた鉄道車両メーカーのうち、近畿車輛を除く3社は上越新幹線用として受注したE7系の製造を進めている。その数はすでに完成した4編成分を含めて11編成132両で、すべてが出そろうのは2020年度中、つまりは2021年春までに完成するのだという。上越新幹線の利用者にははなはだお気の毒ながら、完成を待つ7編成のうち、6編成も北陸新幹線へと転用させてもらおう。この結果、上越新幹線に必要となるE7系はあと10編成となる。こちらはいまから鉄道車両メーカー各社に発注しておけば、2022年の春ごろから翌2023年の春ごろにかけて受け取ることができそうだ。
これまでJR西日本のW7系については触れなかったが、この点に関しては理由がある。今回の浸水はJR東日本の管内で起きた事態であるので、同社はJR西日本に車両を補償しなければならない。という次第で、JR東日本が鉄道車両メーカーに発注したE7系のうち2編成分はW7系に変更し、完成後はJR西日本へ譲渡する手続きが取られるものと予想される。
台風19号の被害の全貌がまだ明らかになっていないなか、このような記事は不謹慎ではないかと筆者は考えた。しかし、東日本大震災では東北新幹線の復旧が多くの被災者を勇気づけ、なかには涙を流して喜んだ人までいたという事実を筆者は目の当たりにしている。北陸新幹線の復旧への道のりを示すことにより、今回の台風で被災した方々に些細ながらも勇気を与えられればこれに勝る喜びはない。