ロシア軍の劣勢と兵員不足が喧伝されるなか、シリア人傭兵がウクライナ軍との戦闘に参加か?
ロシアのヴラジーミル・プーチン大統領は9月21日、国民向けのテレビ演説で、予備役を部分的に動員し、ウクライナでの戦闘に派遣するための大統領令に署名したことを明らかにした。召集されるのは、軍務経験者のみで、セルゲイ・ショイグ国防大臣によると、その規模は30万人を予定しているという。
この決定と前後するかたちで、ロシアの支配下にあるドネツク州(人民共和国)、ルハンスク州(人民共和国)、南部のヘルソン州、南東部のザポリージャ州を実効支配するウクライナの親ロシア勢力が、ロシアへの編入に向けた住民投票を実施すると発表した。
一方、ウクライナ軍参謀本部は前日の20日、ロシア軍がシリアのラタキア県のフマイミーム航空基地に駐留させている第217空挺部隊をウクライナに転戦させる動きを見せていると発表、その理由として、ロシア政府がロシア国内での動員に失敗したためだと主張した。
ハルキウ州からのロシア軍の撤退が確認されたのを受けて、米国の戦争研究所や英国の外務省が、ロシア軍が受刑者の動員を計画しているとして、ロシアの劣勢を喧伝するなか、傭兵をめぐる動きにも進展が見られた。
シリア軍参戦の情報
英国を拠点に活動する反体制系NGOのシリア人権監視団は9月21日、ウクライナ領内に駐留しているシリア軍部隊が戦闘への参加を開始したと発表したのだ。
同監視団によると、戦闘への参加を開始したのは、シリア軍第25師団。「トラ」の愛称で知られ、シリア国内で高い人気を誇るスハイル・ハサン准将が司令官を務める特殊部隊だ。イスラーム国やシリアのアル=カーイダと目されるシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)が主導する反体制派との戦闘の最前線で活躍し、2019年8月に大統領府直属とされる共和国護衛隊配属となり、「トラ部隊」から現在の部隊名へと変更、ロシアから武器・兵站物資の支援を受けるようになった。
シリア人権監視団が第25師団内の複数筋から得た情報によると、ロシア軍を支援するためにウクライナ領内に駐留している同師団の部隊の将兵数百人は、9月19日からウクライナ軍に対する戦闘に実際に参加を始めた。
第25師団の部隊は、シリア駐留ロシア軍の司令部が設置されているラタキア県のフマイミーム航空基地で数ヵ月にわたって訓練を受けた後に、同地からロシアに移送され、ロシアが掌握しているウクライナ東部での軍事作戦に投入されたという。また、将兵の多くが、前年にロシアでの軍事教練コースに参加し、ロシア語を修得しているという。
戦闘参加についての情報を発信したのは、シリア人権監視団だけで、その真偽は今のところ確認はできない。
シリア人権監視団は9月15日、複数筋から得た情報として、ロシアがウクライナでの戦闘のために募集したシリア人傭兵2,000人あまりがロシアとウクライナ東部に残留しているものの、警護任務に就くだけで、第一線での戦闘には参加していないと発表していた。その理由に関して、同監視団は、シリア人傭兵がロシア語を修得していないことが障害になっているとの見方を示していた。
ロシアとウクライナの双方が利用するシリア人傭兵
ロシア側のシリア人傭兵については、パン・アラブ日刊紙『シャルクルアウサト(シャルク・アウサト)』が3月、2万人以上がウクライナでロシア軍とともに戦闘に参加する準備ができていると報じていた。また、『フォーリン・ポリシー』も150人とも800人とも言われている傭兵がロシア入りしたと伝えていた。
第25師団については、第25師団が3月に、ロシア行きを希望する将兵(とりわけ元反体制武装集団メンバー)の募集をシリア国内各所で開始するとともに、ロシアに代表団を派遣し現地を視察、同月から4月にかけて約700人が空挺作戦などの特殊軍事演習を受けたなどと伝えられていた。
一方、ウクライナ側が募集した外国人傭兵のなかにも、シリア人は含まれている。ロシア国防省が6月に発表したところによると、外国人傭兵の数は6,956人で、シリア人は200人いるとされた。
NHKワールド・ジャパンでの佐野圭崇記者のリポートによると、ウクライナ側のシリア人傭兵は実戦に参加しており、少なくとも10人が戦死している。
●シリア人傭兵の詳細については拙稿『ロシアとシリア:ウクライナ侵攻の論理』(岩波書店、2022年)を参照されたい。