Yahoo!ニュース

スイスとイタリアが国境変更。日本にとって他人事ではない気候変動の影響

橋本淳司水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表
(写真:アフロ)

氷河融解による国境の変更

CNNによると、スイスとイタリアは近く、アルプスの名峰マッターホルン付近の国境を変更することを決定した。

(関連記事「スイスとイタリアが国境を一部変更へ 氷河融解の影響」CNN/2024年10月1日)

これは、国境線の目印として長年役立ってきた氷河が、融解によって大幅に後退したためだ。世界各地で氷河が失われる温暖化が進行する中、国境すら変えざるを得ない現実が起きている。日本にとっても他人事ではない。地球温暖化が進行すれば、日本の国境も曖昧になる可能性があるからだ。

国境は山や川、湖などの自然の地形によって決められたもの、人の手によって決められたものがある。もし気候変動が進み、北極や南極の氷が融け、海面が上昇すればどうなるか。小さな島々や海岸線が消失し、日本の領土そのものが縮小する恐れが現実味を帯びてくる。

海面上昇で領土が変わる理由


南極にある地球最大の氷床が融けると海面の上昇につながるだけでなく、南極にある資源の利用、航路の開通などに伴う国家間競争が激化する可能性もある。特に、南極条約に基づいて管理されている地域で、将来的に国境線や領土の主張に関する紛争が生じる可能性がある。

海岸線が変化すれば、領海や排他的経済水域も不確かになる。

領海において、沿岸国の主権は、上空、海底の地下におよぶ。沿岸国には、漁業や資源開発を行う権利があり、もし外国の船が許可なく入ってきた場合、自国の法律で取り締まることができる。このとき、領海を決める基準となるのが「低潮線」である。低潮線とは、引き潮のときに現れる海岸線、つまり陸地と海の境目のことだ。この低潮線から12カイリ(約22キロメートル)までが、その国の領海とされている(国際海洋法条約第5条で定められている)。現在の日本の領海の広さは、国土の面積が約38万平方キロメートルであるのに対し、領海は約48万平方キロメートルある。

さらに、その領海の外側には、排他的経済水域(EEZ)が広がっている。この排他的経済水域では、沿岸国は天然資源を探すことや開発する権利があり、また、海洋の科学的調査や環境保護についての管理も行える。この水域は、沿岸から200海里(約370キロメートル)までの範囲に広がる。また、もしその国に離島がある場合、その離島からも200海里までが排他的経済水域として認められている。

低地にある離島は水没の危機

日本には多くの離島がある。日本は1万4125の島から成る国で、本州、北海道、四国、九州、沖縄本島を除く1万4120が離島であり、これらが日本の排他的経済水域を拡大する役割を果たす。

IPCC第6次評価報告書では、2100年までに海面水位が世界平均で0.29〜1.01メートル上昇すると予測されている。最近の研究によると、温室効果ガスの排出が現在のペースで続いた場合、1メートル以上の上昇も現実的なシナリオである。

この場合、日本の砂浜の大半が消失し、低地にある離島は水没の危機に直面するだろう。こうした事態が進行した場合、領海や排他的経済水域(EEZ)がどうなるかが重要な問題となる。

遅れている対応

世界的には、「固定」と「移動」という2つの方針が議論されている。例えば、マーシャル諸島やキリバス、ツバルなどの太平洋諸国は、海面が上昇しても現在の領海やEEZを固定するという考えを示している。太平洋諸島フォーラムは「国連海洋条約は基線や外縁の見直しや更新について積極的な義務を課していない」と指摘し、陸地が水没してもEEZを維持する方針を採用している。

一方、アメリカでは沿岸調査局が数ヶ月に一度、デジタル海図を更新し、地域ごとに領海範囲を修正している。また、オランダも海軍水路局が最新のデータに基づいて海域調査を行い、海図を更新して領海を調整している。

国連海洋法条約が起草された時点では、海面上昇の問題は想定されていなかった。このため、各国の対応は分かれ、隣接する国々の間で領海や海洋資源を巡る争いが発生する可能性が高まっている。特に資源が豊富な海域では、競争が激化し、緊張が増す恐れがある。

温暖化の進行を止めなければ、このような深刻な影響が私たちの生活や国際関係に大きな影を落とす。海面上昇は遠い未来の問題ではなく、今まさに対応が必要な現実である。気候変動への対策を迅速に進めることが、私たちの環境と平和を守るために重要である。

水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表

水問題やその解決方法を調査し、情報発信を行う。また、学校、自治体、企業などと連携し、水をテーマにした探究的な学びを行う。社会課題の解決に貢献した書き手として「Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2019」受賞。現在、武蔵野大学客員教授、東京財団政策研究所「未来の水ビジョン」プログラム研究主幹、NPO法人地域水道支援センター理事。著書に『水辺のワンダー〜世界を歩いて未来を考えた』(文研出版)、『水道民営化で水はどうなる』(岩波書店)、『67億人の水』(日本経済新聞出版社)、『日本の地下水が危ない』(幻冬舎新書)、『100年後の水を守る〜水ジャーナリストの20年』(文研出版)などがある。

橋本淳司の最近の記事