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吉本新喜劇座長引退が発表された小籔千豊が根強く支持される理由

ラリー遠田作家・お笑い評論家

お笑いの世界では、東京と大阪の間に深い溝がある。大阪には関西固有のお笑い文化というものがあり、ナニワ芸人たちが独自の世界を築いてきた。そんな風土で育った関西の芸人が東京に出てくるときには、大なり小なり芸風を変えることを余儀なくされる。いわば、東京と大阪では周波数が違う。チューニングを間違えると、東京に足場を築くことができない。

お笑い東海道の難所である箱根の山を越えるとき、関西芸人は肩の力を抜いて「全国ネットのテレビで勝負をする」という覚悟を決めなければならない。

関西のテレビ業界は「大いなる内輪」である。テレビを見ている視聴者もテレビに出ている芸人やタレントも、同じ文化と価値観を共有しているから、タブーを気にせずのびのびと話ができる。

えげつない話や下世話な話が平気で飛び交う街の飲み会の延長線上にトーク番組がある。毒も下品も下世話も温かく包み込んでくれる。それが関西のテレビだ。

でも、東京のテレビではそうはいかない。全国ネットのテレビはみんなのもの。さまざまな年齢と文化背景の視聴者が、テレビという交差点で交わる。そこでは、芸人は多数派に通じる笑いを提供しなければいけない。

「東京がナンボのもんじゃい!」

「東京モンには負けへんで!」

今どきこんな薄っぺらい考えの関西人はいないのかもしれないが、たとえばこれに近い心構えで上京してくる関西芸人がいたとしたら、多くの場合、彼らは手痛いしっぺ返しを受けることになる。東京への過剰な対抗意識は、東京への劣等感の裏返しでしかないからだ。

約10年ほど前、1人の宣教師がスルリと箱根の門をくぐった。「吉本新喜劇を東京に布教したい」という名目で、ちゃっかり東京行きの切符をつかんだ男。彼こそが今をときめくミスター座長、小籔千豊である。

小籔は『人志松本のすべらない話』への出演をきっかけに全国ネットに進出。現在ではレギュラー番組を複数抱える売れっ子となっている。芸人としての彼の売りは、フリートーク、MC、いじり、たとえなど、すべてを器用にこなす圧倒的な話術。しゃべりの基礎体力の強さが彼の大きなアドバンテージになっている。

「ひねくれ」と「クール」を両立させる

だが、それだけではない。彼の最大の魅力は、独自のひねくれたクールな視点だ。「ひねくれ」と「クール」は普通なら両立しないもの。ひねくれている人は冷静になれないし、クールな人はひねくれたりしない。ひねくれた精神を持ちながら、それをクールに表現できるのが小籔のすごさだ。

たとえば、「一般人なのにプロの芸人のまねごとをして調子に乗ってはしゃいでいるやつがいた」という話をするとき、小籔は彼のことを「だんじりの上に乗って踊ってるやつ」と表現する。

そのたとえを何度も繰り返して、冷ややかな目線で彼の言動を描写していく。淡々とした語り口で、偏見と独断を織り交ぜながら話を進めて、じわじわと笑いを誘う。独断を論理で補強して、激情を静かに語る。こんなトークができる人はほかにいない。

そこには、嫌われることを覚悟しながらも己を解き放つ捨て身の力強さ、時には相手を傷つけることもいとわない芯の強さがある。それができるのは、彼が大阪で伝統ある吉本新喜劇の座長を務めているからだろう。

座長という確固たるポジションを得ている小籔は、東京で安全策を採る必要がない。だからこそ、万人に伝わるかどうかわからない自分の芸風を堂々と貫き通すことができる。それが全国区の視聴者には新鮮な驚きと感動をもたらしたのだ。

謙虚な姿勢を貫く

1月14日、そんな小籔が座長を退くことが発表された。8月の公演をもって座長を退くことになるが、新喜劇の舞台にはその後も出演を続けるという。

小籔は自らが東京のテレビで活躍することで、吉本新喜劇を全国区に広めるという使命を果たした。それだけの偉業を成し遂げたにもかかわらず、本人はインスタグラムで「#会社の人と話していて記者会見みたいなワードも出たのですが #こんなカスが座長やめるだけやのにわざわざ大勢呼び出すのは忍びないので遠慮させて頂きました」と謙虚な言葉を残した。どこまでもクールな男なのだ。

作家・お笑い評論家

テレビ番組制作会社勤務を経て作家・お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など、多岐にわたる活動を行う。主な著書に『松本人志とお笑いとテレビ』(中公新書ラクレ)、『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと『めちゃイケ』の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『逆襲する山里亮太』(双葉社)、『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)、『M-1戦国史』(メディアファクトリー新書)がある。マンガ『イロモンガール』(白泉社)では原作を担当した。

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