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神田愛花の「不確実性」がバラエティ界を席巻する理由

ラリー遠田作家・お笑い評論家
(写真:イメージマート)

元NHKアナウンサーの神田愛花の勢いが止まらない。2023年に始まったフジテレビの昼の帯番組『ぽかぽか』では、ハライチと共にMCを務めている。この番組を軸にして数多くのバラエティ番組に出演している。

神田がブレークする大きなきっかけになったのは、2022年6月放送の特番『まっちゃんねる』の大喜利企画「IPPON女子グランプリ」に出演したことである。大喜利の達人として知られる渋谷凪咲、大喜利専門のYouTubeチャンネルを持つほどの大喜利好きである滝沢カレンなどの実力者たちと並んで、神田は大喜利の真剣勝負に挑んだ。

しかし、神田の回答はことごとく意味不明で、そもそもお題の趣旨に沿っていないものばかり。それも、わざと外している感じはなく、観客の反応の悪さに本人の方が驚いている。真剣な表情、真剣なトーンで、支離滅裂な答えを次々に繰り出す神田は、視聴者や別室で見守る審査員の芸人たちの度肝を抜いた。

ここでの活躍が認められて、神田に対する業界内の注目度が上がった。そして、ついに『ぽかぽか』という帯番組のMCに抜擢されるまでになった。神田がここまで重宝されている理由は、彼女のキャラクターがありそうでなかった斬新なものだからだ。

バラエティ番組は戦場である。わずかなスキを見計らって短く的確なコメントを差し挟む技術がなければ、長く生き残ることはできない。そのため、バラエティタレントは大きく2つの種類に分けられる。

1つは、いつでも確実に鋭く面白いコメントができる頭の回転が速いタイプである。いまテレビの第一線で活躍している芸人はほとんどがここに属する。

もう1つは、確実にとぼけたコメントをして場を和ませてくれるタイプである。前述の滝沢カレンなどはここに当てはまる。この種のタレントは「天然ボケ」「おバカキャラ」などと呼ばれることもあるが、本当のおバカであればこのポジションは務まらない。ある程度の命中率と破壊力を両立させていなければ、バラエティの常連になることはできない。

どちらのタイプにも「確実に」という言葉が付いていることに注目してほしい。バラエティ番組では1人の出演者に何度も発言の機会が回ってくるものではない。10回に1回の割合で面白いことを言えるような人はバラエティでは通用しない。ある程度の確実性も必要なのだ。

しかし、神田はどちらにも当てはまらないバラエティ界の異端児である。彼女は「不確実にズレたことを言う」というタイプだ。何が飛び出すかわからないびっくり箱のような存在である。この不確実性を一種の起爆剤のようなものだと考えて、『ぽかぽか』のスタッフは彼女を起用することにしたのだろう。

実際、『ぽかぽか』では、彼女はアナウンサーでありながら進行の役割を与えられていない。番組の進行はハライチの澤部佑が務める。神田はその外側で好き勝手にバットを振っていればいい。ほとんど空振り、でもたまにホームランが出る。神田はそれで構わないとスタッフも割り切っているように見える。

神田は大学で数学を専攻していた根っからの「理系女子」であり、彼女のズレもそのあたりに起因しているように見える。あくまでも雑な一般論だが、理系の人間は世の中や社会とは距離を置いて独特の理屈っぽい考え方をする傾向がある。神田も自分がロジカルな思考の人間であると語っている。

しかし、バラエティやお笑いというのは、そんな理系人間の計算を超えたところで成り立っている職人芸の世界である。人工知能マシン「神田AI花」は、理屈が通じないところに無理やり理屈を当てはめることで、誤作動を起こして、トンチンカンな答えをひねり出す。それが時として大きな笑いを生む。

人工知能チャットボットの「ChatGPT」が有名になった今では、ChatGPTに何か質問をして、少しズレた面白い答えが返ってくるのを楽しむ、という企画がテレビやYouTubeなどでもよく見受けられる。

神田愛花をバラエティ番組に呼ぶというのは、これと同じことだ。神田にコメントを求めると、期待を上回る面白い答えが出ることもあれば、単に意味不明のズレた答えが返ってくることもある。そこには生身の人間の発想を超えた新しい刺激が潜んでいる。

いつの間にか当たり前のように私たちの日常に定着した配膳ロボットやスマートスピーカーのように、「神田AI花」もいずれはバラエティに欠かせない存在になっているかもしれない。

作家・お笑い評論家

テレビ番組制作会社勤務を経て作家・お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など、多岐にわたる活動を行う。主な著書に『松本人志とお笑いとテレビ』(中公新書ラクレ)、『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと『めちゃイケ』の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『逆襲する山里亮太』(双葉社)、『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)、『M-1戦国史』(メディアファクトリー新書)がある。マンガ『イロモンガール』(白泉社)では原作を担当した。

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