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スシローで時給が200円UP!? インフレ下で声を上げる学生アルバイトたち

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
画像はイメージです。(写真:イメージマート)

 インフレの影響で実質賃金が低下し生活がますます苦しくなる中で、春闘を通じた賃上げに期待が寄せられている。しかし、主に大企業の正規労働者が対象の日本の労働組合による春闘はこれまで、パートやアルバイトといった非正規労働者やそもそも職場に労働組合がない労働者にとって、いわば「他人事」でしかなかった。

 その中で昨年、非正規労働者を対象とした「非正規春闘」がはじまった。これは従来の大手企業の正規雇用労働者に限られてきた「春闘」とは異なり、どんな企業で働いていても、どんな雇用形態であっても非正規労働者であれば、「誰でも一人から」参加ができる「開かれた」春闘である(参考:賃上げ10%を求める「非正規春闘」が本格化 どうやって参加したらいい?)。

 この取り組みには学生アルバイトも多く参加しており、昨年は大手飲食チェーンやスーパーなどで働く大学生アルバイトたちが賃上げを勝ち取ったことで社会的な注目を集めた。今年は、仙台市のコンビニで働く学生アルバイトも参加し、最低賃金水準であるいまの時給から10パーセントの賃上げを求めている。

 そこで本記事では、非正規春闘の中でも、とくに高校生や大学生などの学生アルバイトの動きに注目しながら、彼らの置かれた状況を踏まえたうえで、学生アルバイトが春闘に参加して賃上げを求める取り組みの意義について紹介していきたい。

アルバイト収入を頼りにして生活する学生

 学生アルバイトと聞くと、一般の非正規労働者とは異なる立場だという印象を受けるかもしれない。しかし実はいまの学生の多くは、一般のパートやアルバイトと同じように自身で生活費や学費を賄う必要があり、インフレや実質賃金の減少は文字通り死活問題となっている。

 その背景には、親からの支援の減少がある。全国大学生活共同組合連合会が2023年に公開した「第58回学生生活実態調査」によると、2022年の下宿生の「仕送り収入」は、一ヶ月あたり67,650円と前年より4,230円減少して1982年以降最小額で、一ヶ月あたりの生活費(毎月の仕送り額から家賃を差し引いた額)は1日当たりわずか約470円だ。

 親からの仕送りが減る一方で、学費は増大している。1975年から2005年までの40年で国立大学の授業料授業料は14.9倍に、入学金は5.6倍にまで高騰している。ここ数年間でみても、物価高騰を理由に学費の値上げが起こっており、例えば早稲田大学の理工学部の学費は来年度から14万円値上げされて年間184万円にもなる。(参考:早慶など私大で学費値上げ続々、14万円アップも 物価高騰など理由

 仕送りが減り学費が高騰する中で、学生は以前以上に生活のためにアルバイトをせざるを得なくなっている。仙台で食料支援を行っている「フードバンク仙台」には、2023年の4月から5月の2カ月間で、東北大学に通う300人以上の学生から支援依頼が届いたというが、その中には、「親からの仕送りがなく家賃など全て自分の貯金やアルバイト代で生活しなければならないので食に回すお金の余裕がない」という声が多かったそうだ(参考:食糧支援に駆け込む「学生」たち 「ホームレス化」が迫る貧困の実態とは)。

 急激なインフレは、このような厳しい状況にある学生の生活状況を更に悪化させている。賃上げ要求が、学生アルバイトにとって切実な要求として立ち上がってくるのは当然だろう。学生が生活維持の確保と、学業に専念できる状況を獲得するためにも、賃上げが必要不可欠なものとなっている。

非正規春闘で賃上げを獲得する学生アルバイト

 昨年スタートした「非正規春闘」には学生アルバイトたちも参加しており、大手飲食チェーンやスーパーなど学生アルバイトや非正規労働者の多いサービス業での賃上げにつながっている。

 例えば、大手回転寿司チェーン・スシローにおいては、昨年、学生アルバイトが「回転寿司ユニオン」を立ち上げ、非正規春闘の一環で10%以上の賃上げを掲げて交渉したことで、東京の店舗で1200円から1400円へと大幅な賃上げ(約17%)を勝ち取っている

 このスシローでアルバイトとして働きながら労働組合を立ち上げて賃上げを勝ち取ったのは、関東の大学に通う当時19歳の男子大学生だ。彼は高校2年生の頃からスシローでバイトを始めていたが、働きはじめた当初から給料が5分単位で切り捨てられているという労働法違反が社内で起こっていたことに疑問をもっていたのだという。そんな折に、東京東部労組が「サイゼリア」に対して6分単位でカットされていた未払い賃金を全社的に支払わせたという事例に触発され、自身も職場で起こっている問題に取り組もうと思ったという。

 そこで、ひとりでも加入できる労働組合(ユニオン)である首都圏青年ユニオンに加入して会社と交渉したところ、1分単位の賃金支払いの要求を会社に認めさせることに成功した。さらに、未払い給与の支払いや賃上げも求めるために「回転寿司ユニオン」を立ち上げ、全国のスシロー店舗で働くアルバイトからの相談と協力を呼びかけた。

 非正規春闘では、「10%割引セールができるのに、なぜ10%の賃上げはしてくれないのですか」と会社に訴え賃上げを求めたが、会社側は当初ユニオン側の要求を拒否。そこで男性アルバイトは3日間のストライキを行った結果、ユニオンが要求した全店舗での賃上げは難しかったものの、男性が働く店舗での200円の賃上げにつながった。引き続き今年の非正規春闘では、首都圏青年ユニオンはスシローに対して、全ての店舗で働く非正規労働者の時給を1300円以上まで引き上げることを要求しているという。

ストライキの様子(Tik Tok)

 このようなスシローの事例以外にも、たった一人の学生が声を上げたことで数千人のアルバイトの賃上げが実現したという総合スーパーのベイシアの事例もある。関東にあるベイシアの店舗で働く大学生アルバイトが個人でユニオンに加入し非正規春闘実行委員会と共に交渉をしたところ、9千人のアルバイト従業員の賃金が5.44%上げるという成果を勝ち取っている。

 なお、今年の非正規春闘では、特にコンビニで働く学生の取り組みが広がっている。コンビニ業界は過去最高益をあげながら、必要最低限の人数しかシフトに割り当てないことで一人あたりの負担が大きくなっているだけでなく、その多くが学生アルバイトを含む非正規で時給は最低賃金水準だ。今年は仙台市内のファミリーマートで時給950円で働く学生が200円の賃上げを求めるほか、ファミリーマート本部に対して賃上げ分をフランチャイズ店舗に提供するよう要求している。

学生1人のアクションが女性パートを後押しする

 また、賃上げのために声を上げる学生アルバイトの姿に勇気づけられて、自分も声を上げたいと非正規春闘に加わるパートも現れてきている。

 昨年立ち上がった「回転寿司ユニオン」は、その立ち上げ記者会見をみた仙台市内の回転寿司で働く60代の女性や徳島県で働く50代の女性パート労働者の二人が組合に加入している。

 徳島県の回転寿司店舗で働くパート女性はそれまでも店舗に直接不満を伝えていたが一向に改善する様子がなく、一人での交渉に限界を感じていたという。そんな時に、学生が頑張っている姿を記者会見でみて、「私が頑張らなきゃどうするんだって」と思い、労働組合に加入したという。

 女性パート従業員が声を上げる学生に共感をした背景には、頑張っている姿に影響をうけたという他にも理由があると、回転寿司ユニオンの運営を担当している首都圏青年ユニオン事務局長の尾林氏は分析している。

 「学生アルバイトが基幹的な存在となり、他方で女性パート従業員が低待遇に抑えられていることで、(両者が)共通した要求をもって」いるということが、学生アルバイト・非正規パートの垣根を超えた集団的な連帯を促しているという(雑誌POSSE Vol.55 尾林哲矢「問題多発の業界に立ち向かう回転寿司ユニオン−すべての飲食業界で働く非正規労働者の改善を目指して−」)。

 回転寿司店舗での働き方からもわかるように学生アルバイトも非正規パートも、職場に欠かせない中心的な労働力となっている。学生バイトが出勤しなければ、店舗が正常に運営できないという事態も少なくない。しかし、中心的な労働力であるにもかかわらず、学生アルバイトや非正規パートといった非正規労働者は「非正規」であるだけで賃金を低く抑えられており、それは生活を維持できる水準にすら到底およばない。

 アルバイトやパートの収入を頼りに生活している彼らにとって、低賃金問題は生存に関わるような重大な問題である。このように、利害を共有しているからこそ、非正規春闘では、学生アルバイトは他のパートなどの非正規労働者とともに賃上げを求める運動に参加しているのだ。

 こうしてみていくと、学生アルバイトによる賃上げの運動が、学生に限定されない非正規労働者に普遍的な運動となりうることが言えるだろう。

まとめ

 現在、非正規春闘実行委員会では引き続き、会社に賃上げ要求をするために声を上げたいという相談を受け付けているという。相談後は、非正規春闘実行委員会からサポート受けながら、賃上げの要求書の作成や会社への申し入れ・団体交渉を行うことが可能だ。少しでも関心のある学生の方は、非正規春闘実行委員会HPに相談をしてみるとよいだろう(参考:賃上げ10%を求める「非正規春闘」が本格化 どうやって参加したらいい?

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*筆者が代表を務めるNPO法人。労働問題を専門とする研究者、弁護士、行政関係者等が運営しています。訓練を受けたスタッフが労働法・労働契約法など各種の法律や、労働組合・行政等の専門機関の「使い方」をサポートします。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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