北朝鮮の軍事偵察衛星が日本を空から監視する時代
北朝鮮は「軍事偵察衛星打ち上げ」を予告した期間(5月31日~6月11日)のまさに初日に、打ち上げに踏み切った。だが、その過程でトラブルがあり、宇宙空間に衛星は投入されなかった。北朝鮮側は「できるだけ早い時期に、次の打ち上げに踏み切る」と発表している。
国営朝鮮中央通信は31日、打ち上げ後、軍事偵察衛星に関して報道し、新型衛星運搬ロケットで異常が発生して推進力を失い、黄海に落下したと伝えた。国家宇宙開発局報道官は、運搬ロケットに使用された燃料に問題があったとしている。
人工衛星の打ち上げロケットと、長距離弾道ミサイルは技術的に共通している。北朝鮮は「宇宙の平和利用は主権国家の合法的な権利」などと主張しているが、国連安全保障理事会は、たとえ宇宙ロケットであったとしても、北朝鮮の弾道ミサイル技術を用いた発射は核兵器開発と連動しているため禁止している。
今後、国連安保理で追加制裁などが論議されることになるが、常任理事国である中国とロシアが北朝鮮をバックアップする立場を取っているため、北朝鮮に対するさらなる圧力がかけられるか見通せない。
◇弾道ミサイルとロケットの違い
防衛省のホームページによると、第二次大戦後、米国やソ連(当時)がドイツの弾道ミサイル技術を入手して、これを基に大陸間弾道ミサイル(ICBM)などを開発し、同時にその技術を用いて人工衛星打ち上げロケットを作り上げたとされる。
弾道ミサイルと人工衛星打ち上げロケットは、基本的に▽エンジン部構造▽切り離しの部分▽搭載する誘導・電波・姿勢制御用電子などの機器▽ペイロード(搭載物)部――から構成されている。ミサイルとロケットの違いは、ペイロード部に格納するものが、衛星か爆弾かという程度だ。
安保理は2009年の決議などで北朝鮮に「弾道ミサイル技術を使用したあらゆる発射」を実施しないよう求めている。一方、北朝鮮は「宇宙の平和利用」目的と主張して、「人工衛星の打ち上げ」を繰り返してきた。
金正日(キム・ジョンイル)総書記時代の1998年に「光明星1号」、2009年に「光明星2号」をそれぞれ打ち上げたと主張した。だが、いずれも軌道に乗せることができなかった。
金正恩(キム・ジョンウン)政権発足後間もない2012年4月には「光明星3号」の打ち上げに失敗、同年12月12日の「光明星3号2号機」と2016年2月の「光明星4号」はともに打ち上げに成功し、軌道に達した。
ただ、韓国国防省は「衛星からの信号は確認されていない」と発表しており、衛星として機能しているかについては懐疑的な見方が強い。
◇日米韓の軍事拠点への攻撃視野に
金正恩総書記は2021年1月の朝鮮労働党大会で「近いうちに軍事偵察衛星を運用し、偵察情報収集能力を確保する」と宣言し、宇宙開発局などが準備を進めてきた。
今回の打ち上げに先立つ5月16日、金総書記は、宇宙開発局と国防科学研究機関などの科学者・技術者で構成される「非常設衛星発射準備委員会」の活動を現地指導している。朝鮮中央通信はこの時、金総書記が「搭載の準備が完了した軍事偵察衛星1号機を見て回った」「同委員会の今後の行動計画を承認した」と伝えていた。
金総書記は、昨年2月と3月の長距離弾道ミサイル「火星17」発射結果について説明を受けた際、軍事偵察衛星に関連して次のような見解を示している。「軍事偵察衛星の開発と運用の目的は、南朝鮮(韓国)地域と日本地域、太平洋上での米軍とその追随勢力による反(北)朝鮮軍事行動情報を、リアルタイムで朝鮮武力に提供することだ」
偵察衛星は地球を回るため、1基だけを運用しても不十分だ。数が多ければ多いほど、正確な情報を得ることができる。「今後、連続的に複数の偵察衛星を多角的に配置」(4月18日・金総書記)という指示もあり、北朝鮮はこれからも衛星打ち上げを繰り返す計画のようだ。
北朝鮮が核兵器を配備・管理・指揮統制をするためには、周辺環境を把握する必要があり、軍事偵察衛星による米空母などに関する情報をリアルタイムで把握することが求められる。北朝鮮の人工衛星に撮影機やデータ伝送の技術力がどこまで備わっているかはっきりしないが、仮に軍事偵察衛星の運用が本格化すれば、日米韓の軍事拠点への攻撃精度が高まるのは間違いない。
◇宇宙戦争・ビジネス
米国や中国、ロシアにみられるように、宇宙開発と軍事には密接な関係がある。ただ、現時点では北朝鮮から「宇宙戦争への準備」という側面は見えてこない。
米戦略国際問題研究所(CSIS)が2022年4月に発表した報告書によると、地球周回軌道上の人工衛星を攻撃する「対衛星兵器(ASAT)」に関する北朝鮮の能力は限定的という。またCSISの評価では、レーザーや高出力マイクロ波(HPM)兵器、電磁パルス(EMP)兵器などの「非動的・物理的」宇宙戦争能力も十分ではないようだ。
ただ、CSISは「北朝鮮がこうした状況であるにもかかわらず、サイバー攻撃や電波妨害(ジャミング)などの電子戦能力を宇宙に向けることができる」と警告している。
人工衛星に絡み、北朝鮮は2012年12月ごろ、実現の可能性はともかく「打ち上げビジネス」について内部で検討していたようだ。
北西部東倉里(トンチャンリ)の西海衛星発射場からは、かなりの重量のある物体を打ち上げる能力があるとの見込みから、内部では「1回当たり3000万ドル(約40億円)よりずっと安い値段で打ち上げることができる」「衛星写真1枚が1万ドル(約134万円)。写真を数多く撮り、用途に従って売れば、多額の収益が得られる」などの見解が示されていたこともある。