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ベラルーシ反政府デモ――ピンチを保身に利用する「独裁者」の賭け

六辻彰二国際政治学者
首都ミンスクにある大祖国戦争記念碑の前に集まった反政府デモ(2020.8.16)(写真:ロイター/アフロ)
  • 反政府デモの拡大によってこれまでになく追い詰められているルカシェンコ大統領は、ロシアに支援を求めている
  • ベラルーシとロシアは同盟関係にあるものの、ルカシェンコはしばしばロシアに敵意をみせており、両国は良好な関係にあるとはいえない
  • このタイミングでの支援要請はご都合主義に他ならないが、ルカシェンコには「ロシアは介入せざるを得ないはず」という勝算があるとみられる

 反政府デモの高まりで、ベラルーシのルカシェンコ大統領はかつてない窮地に立たされているが、その状況を利用する賭けに打って出ている。

「独裁者」の栄枯盛衰

 筆者は10年近く前、世界の代表的な「独裁者」20人を取り上げた本を著した。振り返ってみると、そのうちすでに10人が死亡や失脚によって権力の座を去っている。諸行無常の響きあり、といったところか。

 逆に、残る10人は今も「現役」である。このうちの一人が、1994年から東欧ベラルーシで権力を握ってきたルカシェンコ大統領だ。

 ところが、ルカシェンコはこれまでにない逆風にさらされている。

 8月9日に行われた大統領選挙でルカシェンコは80%を得票して6選を決めたが、この選挙の不正を訴えるデモが拡大。首都ミンスクでは連日、数万人規模のデモ隊が治安部隊と対峙し、緊張が高まっている。

 逮捕者が拷問されたり、取材していたジャーナリストら複数人が死亡したりしたこともあり、EUは8月14日、ベラルーシに対する制裁の検討に入った。

 こうしてみると、一見ルカシェンコ政権は風前の灯と映るかもしれない。しかし、ロシアとの関係によって、ルカシェンコはこの危機を乗り切ろうとしている。

「プーチンに連絡をとる必要がある」

 反政府デモの広がりを受けて、ルカシェンコ大統領は国営放送で「プーチンと連絡をとる必要がある。これはもはやベラルーシだけの脅威ではないからだ」と述べている。

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 ベラルーシは1991年、ソ連崩壊にともなって独立した。その歴史的な因縁から、旧ソ連の国のなかにはバルト三国のように反ロシア的な国もあるが、ベラルーシは基本的にロシア寄りの立場を保ってきた。ベラルーシは旧ソ連構成6カ国からなる、ロシア主導の軍事同盟「集団安全保障条約機構」の加盟国だ。

 旧ソ連圏の東欧諸国は、もともとロシアの縄張りだが、2000年代から欧米との間で勢力圏争いが続いてきた。ウクライナでは2014年、親ロシア派の大統領が親欧米派の市民によって追われている。

 こうした背景に鑑みれば、ルカシェンコの発言は、欧米の圧力に対抗するためロシアに頼るものとも映る。

ロシア人傭兵の暗躍

 しかし、コトはそれほど単純ではない。ルカシェンコ大統領は基本的には親ロシア派とみてよいが、しばしばプーチン大統領と対立を演じてきたからだ(ちなみにプーチンも「残り10人」のうちの一人)。

 その入り口は、2007年にロシアがベラルーシ向けの天然ガス輸出を停止したことだった。この原因は、友好関係を理由にロシアから割安で輸入していた天然ガスを、ベラルーシがEUに転売していたことにあった。

 いわば身から出たサビだが、これ以降ベラルーシとロシアは同盟国でありながらも、両国間には微妙な隙間風が目立つようになった。特に、ウクライナ危機でロシアがクリミア半島を編入した後、ルカシェンコ大統領はロシアへの警戒感を露わにし、それまでの親欧米派に加えて、親ロシア派の政治活動も取り締まりの対象に加えるようになった

 今回の反政府デモのきっかけになった大統領選挙でも、それは鮮明になった。独裁国家らしく、有力候補はさまざまな理由をつけられ、立候補そのものが禁じられたのだが、このなかには駐米大使やIT企業経営者としての経歴をもち、欧米諸国と深い関係をもつバレリー・ツェプカロ氏だけでなく、ロシアの巨大石油企業ガスプロムの系列でベラルーシ最大の銀行ベラガスプロム・バンクの経営責任者だったビクター・ババリキヤ氏も含まれていたのだ。

 ババリキヤ氏はその後、違法なマネーロンダリングに加担したとして収監されている。これだけでもロシアとの関係が良好とはいえないが、さらに1月にルカシェンコは「政情を不安定化させようとロシア人傭兵がベラルーシに入り込んでいる」と33名のロシア人を逮捕している。この件に関して、ロシア政府はルカシェンコの主張を否定している。

「自分を見捨てられるのか?」

 こうした確執を考えれば、自分の身が危うくなった時だけプーチンに頼るのは、単なる身勝手にも映る。とはいえ、ここには小国の「独裁者」ならではの外交戦術もうかがえる。

 つまり、ルカシェンコ大統領は窮地にある状態で、これまでの確執を無視してあえてプーチンに秋波を送ることで、「この段階で自分を見限れば、ベラルーシに欧米の勢力が及ぶかもしれないが、それでもいいのか?」と言っていることになるからだ。

 ロシアにとって、ベラルーシはヨーロッパと直接接触することを避ける緩衝地帯である。いわばルカシェンコは自分のピンチを人質に、ロシアに自分を守らせようとしているといえる。

 とはいえ、この賭けにルカシェンコが勝てるかは不透明だ。

 プーチン大統領は18日、ドイツのメルケル首相との電話会談で「外部の介入は受け入れられない」と述べたと伝えられている。これは縄張りとしてのベラルーシを守ろうとする発言ととれる。

 ただし、プーチンはベラルーシを手放したくないだろうが、それとルカシェンコを守ることはイコールではない。

 親欧米派の台頭が目覚ましかったウクライナの場合と異なり、ベラルーシの反政府デモは選挙のやり直しや政治犯の釈放などを求めているものの、EU加盟などを要求しているわけではなく、明白に欧米寄りとはいえない。ヨーロッパ外交関係委員会のグレッセル上級研究員は「ルカシェンコがいなくなってもベラルーシは親ロシア的であり続ける」と分析している。

 つまり、ルカシェンコが失脚したとしても、すぐさまEUがベラルーシを呑み込むとは限らない。それは「ルカシェンコ失脚」がロシアにもたらすダメージの小ささを意味する

 だとすれば、ロシアにとってベラルーシ情勢に介入する必要性や緊急性は乏しい。

「残り10人」が9人になる日

 おまけに、EUにとっても、このタイミングでベラルーシを「とる」必要は乏しい。ベラルーシはウクライナより経済規模が小さいうえ、イギリスの離脱や極右の台頭などで求心力が低下するなか、EUにかつてほど東方拡大への熱意はない。おまけに、各国はコロナへの対応で手一杯だ。

 そのため、プーチンとメルケルの電話会談の翌19日、EUがベラルーシへの制裁を見送り、対話を促す方針を確認したことは不思議ではない。選挙にいそがしいトランプ大統領にとっては、なおさらだろう。

 それぞれの事情から欧米がベラルーシへの関心が薄いとすれば、ロシアとしても無理に手を出す必要はない。むしろプーチン大統領は、大統領選挙に出馬できなかったババリキヤ氏のように、ルカシェンコより「忠実な」協力者の発掘など、どう転んでもベラルーシを手放さない算段に向かっているとみた方がよい。

 プーチンが実質的に動かないなら、ルカシェンコの勝率は高くないだろう。「残りの10人」が9人になる日は遠くないのかもしれない。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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