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孤独と孤立がうむ米国の危機(下)社会を内側から壊すもとは

片瀬ケイ在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー
コロナ禍でマーシー医務総監はネット上の誤った医療情報にも警鐘を鳴らした(写真:ロイター/アフロ)

不信感が広がる米国社会

 「国民のお医者さん」と呼ばれるビベック・マーシー米医務総監は、孤独と孤立の蔓延が個人や社会の健康に害をもたらすとして、5月に「孤独と孤立という私達のエピデミック(Our epidemic of Loneliness and Isolation)」という勧告書を発表した(注1)。米国がコロナ禍を経験する中で再び医務総監に任命されたマーシー氏は、米国社会に広がる孤独、孤立、ソーシャルメディアの影響、不信感の広がり、社会の分断を目の当たりにし危機感を強めたという。

前編の「米医務総監も苦しんだ孤独という闇」はこちらから

 米国といえば技術革新の最先端を走り、自由な気風を愛し、明るく楽天的な人が多い印象がある。しかしコロナ禍が始まる前の調査でも、すでに約半数の成人が「孤独を経験している」と答えるなど、水面下で孤独が広がってきた。そしてコロナ禍で一連の行動制限が始まると、その影響がはっきりと目にみえるようになった。

 病気や災害などに見舞われた時でも、家族や友人・知人、学校や勤め先、信仰や趣味・ボランティアのサークルといった所属団体、同じ地域に住む人や行政など様々なつながりを通して支援を受けられれば、危機を乗り越えやすい。そのためには人であれ行政などの組織に対してであれ信頼関係が必要となるが、米国ではこちらも低下傾向にある。勧告書によれば、1972年の世論調査では、約45%が他のアメリカ人を信頼していると答えたが、2016年の調査ではその割合は30%に低下していた。

 そしてコロナ禍の米国社会では、政府や医療、自分とは違う考えを持つ人への不信感と対立がさらに高まり、時には暴力にまで発展した。新型コロナ感染症により100万人以上の死者をだし米国だが、それでも行政を含む社会への信頼感が比較的高く、社会的なつながりが確保されている地域では、新型コロナ感染症による死者数が少なかったという調査報告が勧告書で紹介されている。

 また7月24日に米国医師会の医学誌JAMAインターナル・メディシンに発表された研究でも、政府のコロナ対策やワクチンへの不信感が高かった共和党支持者の多い地域では、民主党支持者の多い地域と比べて新型コロナによる超過死亡が43%高かったことが報告されている(注2)。

つながりたい本能が裏目にでる時

 人間には誰かとつながりたい、帰属意識を持ちたいという基本的な欲求がある。コロナ禍で対面でのつながりを制限された時には、特にソーシャルメディア(SNS)などネットを使ったコミュニケーションが活発になった。しかしSNSで自分の考えに近い人々の意見だけ見聞きし、偏ったつながりの中で「我々」対「彼ら」といった心理的な対立の構図にはまってしまったり、自分達こそ正しいという意識から、違う意見の人を罵倒したり、ネット上の感情的なやりとりで家族や友人とのつながりを絶ってしまい、孤独や孤立を深めた人もいた。

 最近の調査では、自分が同意しない相手とは、建設的で冷静な議論をすることはできないと感じている人が64%もいた。米国ではイデオロギーによる分断も深刻で、民主的な議論を経て社会として協力しあう体制がますます弱体化しつつある。

 例えば米国では銃撃事件が頻発しており、2023年は7月29日までにすでに24,735人が銃により死亡している。このうち半数以上の13,794人が銃を使った自殺だ(注3)。これだけの人命が失われても、銃規制に関する議論はイデオロギーの対立で膠着したまま、銃による死亡者、負傷者が年々増えていくのだ。

1日5分でも誰かと向き合っていますか

 勧告書でマーシー医務総監は、人や社会のつながりを促進し、助け合える社会の再構築を呼びかけている。それは「多様な人とのつながり」が、心身の健康にとって食事や空気と同じように重要だと認識し、それぞれの価値観を尊重しながら協力しあえる社会だ。お互いを信頼し、異なる考え方があっても建設的に話し合いができ、みんなで成功を高め合い、ダメージを受けても回復に向けてみんなで立ち向かえる社会である。

 自らも孤独に苦しんだマーシー医務総監は、個人の行動に対してもいくつかの提言をしている。まずは1日のうちごく短時間でも、スマホに気をとられることなく、家族や友人などときちんと向き合うこと。また自分とは違うタイプの人――生活環境や年代、人種、考え方などが違う人と積極的に話をしたり、まわりの人を気遣ったり、手助けしたり、ボランティア活動に参加してみたりすること。

 ほんの小さなことでも誰かに手を差し伸べたり、逆に誰かからの手助けを受け入れたりすることで、孤独や孤立から抜け出せる場合が多いという。さらにこうしたことの積み重ねにより、周囲の人や地域社会とのつながりや共感、信頼関係がはぐくまれ、危機に直面しても回復力の高い社会になる。

 残念ながら来年の大統領選挙に向け、米国では引き続き「我々」対「彼ら」の文脈で語られる場面が多く、社会の分断は続きそうだ。自然災害や新たな感染症が再び襲ってきた時に、米国社会が一丸となって立ち向かうことはこれまで以上に難しくなるだろう。世界一の経済力、技術力、軍事力を自負する米国だが、孤独や孤立、不信感が蔓延することで国民の健康や社会の力は着実に低下しつつある。

参考リンク

注1 孤独と孤立という私達のエピデミック(Our epidemic of Loneliness and Isolation)(英文リンク) 

注2 Excess Death Rates for Republican and Democratic Registered Voters in Florida and Ohio During the COVID-19 Pandemic | Coronavirus (COVID-19) | JAMA Internal Medicine | JAMA Network

注3 Gun Violence Archive(銃による暴力の統計、英文リンク)

在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー

 東京生まれ。日本での記者職を経て、1995年より米国在住。米国の政治社会、医療事情などを日本のメディアに寄稿している。2008年、43歳で卵巣がんの診断を受け、米国での手術、化学療法を経てがんサバイバーに。のちの遺伝子検査で、大腸がんや婦人科がん等の発症リスクが高くなるリンチ症候群であることが判明。翻訳書に『ファック・キャンサー』(筑摩書房)、共著に『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿』(光文社新書)、『夫婦別姓』(ちくま新書)、共訳書に『RPMで自閉症を理解する』(エスコアール)がある。なお、私は医療従事者ではありません。病気の診断、治療については必ず医師にご相談下さい。

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