元阪神タイガース・林威助氏が台湾プロ野球・中信兄弟の1軍監督に就任
■「1軍監督に就任しました」
“頑固オヤジ”は健在だった―。
「1軍監督に就任しました」と連絡があったのが12月7日。その日、現地でも発表があった。台湾プロ野球・中信兄弟ブラザーズの林威助氏だ。
元阪神タイガースの外野手で、祖国・台湾に帰って現役で4年活躍したあと、引退してそのままチームの2軍監督に就いた。3年間で2年連続優勝し、今年は2位。満を持しての1軍監督就任だった。
2軍ではまさに“頑固オヤジ”のごとく、選手育成に厳しくあたった。大事にしてきたのは取り組む姿勢や全力プレーだ。規則も作り、生活態度にも言及してきた。野球の技術はもちろんのこと、これまでの意識をすべて覆すくらい徹底的に指導してきた。
その林威助監督が1軍でどんな辣腕を振るうのか。例年、この時期は来日するのが通例だったが、今年はコロナ禍でそれは叶わない。電話口でたっぷりと意気込みを語ってくれた。
■2軍監督としての3年間
いずれは1軍監督に…と、球団からの期待を背負って2軍監督に就いたのが2017年の引退直後だった。住まいも若手選手が暮らす寮に移し、生活も共にした。
「中信兄弟二軍守則」(詳細記事)を新たに作って、これまでの台湾野球の気質を大転換すると鼻息荒く取り組み、2年連続優勝を達成した。もちろん勝つことが主目的ではない2軍である。有望株を何人も1軍に送り込み、台湾代表にも選出されるほどに育て上げた。
3年目の今年はこれまでと勝手が違い、2位と順位を落とした。
新しく加入した味全ドラゴンズは今年は2軍だけの参戦で、来年から1軍にも加わる。つまり今年の味全は1軍クラスのメンバーが入れ替わることなく、常に2軍の試合に出ている状態だったのだ。
「そりゃ、2軍の僕らに負けてたらダメでしょ(笑)」。
しかし、そんな味全に対してゲーム差はわずかに1.5というのは善戦したといえる。しかも味全との直接対決は9勝9敗2分けと互角に渡り合ったし、チーム打率の.330は味全の.325を上回っている。
優勝こそ逃したが、今年も選手育成に関してはたしかな手応えがあった。
過去3年間の2軍監督としての自身をこう振り返る。
「僕が(2軍監督に)なるまでは練習量もそんなになかったし、自主性に欠けている選手も多かった。でもこの3年やってきて、選手の意識が変わってきたのを感じる。もともと野球がうまくなりたいとか、1軍にいきたいとか、そういう気持ちはみんな持っていたと思う。やらない選手もやる選手を見て、『僕はもっとやらないといけない』というようになっていった。みんながそうなってきて、チーム全体がいい方向に向えた」。
口酸っぱく言い続けてきたこと、厳しく律してきたことが、若い選手たちにしっかり届いている。そこには選手を思う愛があるからだ。
「態度もよくなってきたし、それによって野球もレベルアップしていくのを感じた。上手になってきたなと。やっぱり練習をやらないとうまくならないんで」。
一定の成果を上げられた3年間に、林監督も満足げにうなずく。
■1軍でも“頑固オヤジ”を貫く
さあ、いよいよ1軍監督だ。
「これまでも話は出ていたので、気持ちの準備はしていた」と二つ返事で引き受けた。
今年の監督だった丘昌榮氏がヘッドコーチとなる。林監督の現役時代にも打撃コーチを務めており、指導者歴は長い。
「1軍の選手のことはよく知っている方。長くチームにいるので、選手たちも信頼していると思う。僕もしっかり信頼関係を築いてやっていきたい」と語る。
1軍監督として、目指すところについてはこう述べる。
「どこのチームの監督に訊いても、目標は優勝と言う。シリーズで優勝を取れるチームは1つしかないから、もちろんそれが目標だし大事なんだけど、でもその前にやることは、まだいろいろある。たとえば全面的に選手たちの態度からやり直していく」。
どうやら1軍でも“頑固オヤジ”のスタイルは変わらないようだ。
「球場に入ったらオンとオフはしっかり切り替えること。球場でのプレーは常に全力で。それはファンのためでもあるから。勝ち負けは必ずあるけど、常に態度とかやる気は出してほしい。そういうことをみんながしっかりやっていけば、優勝も自ずと近づくんじゃないかな」。
なにも理不尽なことを押し付けようとしているのではない。野球に対する姿勢や気持ちの持ち方を大事にし、その積み重ねが勝ちに繋がるという信念があるのだ。2軍ではそれを徹底してきたことで、選手たちは変わってきたし、それが結果にも表れてきた。
「今年も何人か1軍にいった。調子がよくて呼ばれるんだけど、なかなか試合に出るチャンスがもらえない子もいて、そうするとだんだんと調子を落としていく。そういう何人かの選手を見て、1軍で気が緩んでしまったんじゃないかなと思った。だから僕が1軍監督であれば、普段の練習中から態度も重視して、しっかり注意していくつもり」。
もしかすると、林監督の就任に震え上がっている選手もいるかもしれない。しかし、すべては選手のため、チームのため、ひいては台湾野球界のためなのだ。
2軍監督を経験したことによる強みもある。この3年間、若い選手を見てきて、その技量だけでなく、各々の性格まですべて熟知していることだ。生活を共にしてきたことで、私生活での姿も把握できている。
「どういう使い方をしたらいいのか、よくわかっている」。
いいタイミングでの入れ替えや、適材適所の選手起用ができるだろう。
さらに練習環境についても、球団に提言をする。
「やっぱり設備がね…。日本だと何カ所にも分かれてバッティング練習ができるけど、台湾の球場はまだまだ設備が少ないので、練習時間が長くかかる。時間の割には量ができない。時間を有意義に使って練習するにはどうしたらいいのか、そういうのも考えて球団に相談している。少しずつでもいいんで、よくしていかないと。マシンやネットの設置にしてもね」。
1軍監督になったことで、より意見も言いやすくなるに違いない。どんどん改革を進めていけそうだ。
■プレッシャーとの戦いも
さて、1軍の本拠地は台中だ。最愛のお母さんも近くに住む。これまでより会いやすくなり、試合にも来てもらいやすくなった。1軍監督となった息子を誇らしく見てくれるだろう。
「お母さんも喜んでいた。でも『そのかわりプレッシャーが大変だと思うから、体のことを注意しながら頑張ってほしい』と言われた」。
また一つ、親孝行ができた。しかしその一方で、心配もかけてしまうかもしれない。常に元気な姿を見せられるように頑張りたいと誓う。
お母さんが言われるように、プレッシャーとの戦いは2軍の比ではないだろう。
「やっぱり勝ち負け…1試合1試合の重みは感じるし、そこでどういう采配をしていくのか、より頭を使うことになると思う」。
うまく息抜きをすることも大切だ。このオフは「山に出かけて散歩して、新鮮な空気を吸ったり、おいしいものを食べに行ったり」と、リフレッシュに努めた。
さすがにシーズン中は、「体が疲れているときにマッサージに行くくらい」だそうだが、なにか疲労回復や気分転換する方法も必要かもしれない。
■コロナ禍を憂う
全世界に蔓延している新型コロナウイルスの恐怖だが、幸い台湾は対策が成功し、「普通に食事に行ったり、遊びに行ったりはできる。コンビニとか人の多いところはやっぱりマスクの着用をしてくださいとは言われるけど」と、ほぼ変わりない日常を送ることができているという。
台湾球界も、1軍は開幕を延期したが4月12日から無観客で開催できた。ほどなく観客を入れ、その人数も徐々に増やし、「(11月の)シリーズのときは満員だった」という。先に3月17日に開幕した2軍も無観客でのスタートだったが、1軍に合わせて有観客で開催していた。
ただ、渡航となると難しい。日本のファンも今年は応援に行けなかったし、林監督も毎年楽しみにしているオフの来日を今年は我慢する。
「去年は僕、ウィンターリーグの監督をやってたんで、短い日程でしか行けなかった。だから今年はやっとゆっくり日本に行けるんじゃないかと思ったんだけど…」。
しかし、そんな個人の思いは封印する。
「これは台湾と日本だけの問題じゃなくて全世界のみんなが困っているウイルスなので、本当に心配。早く終息してほしい。まず普通の生活に戻ってほしい。みんなが自由に行き来できる環境が望まれるよね」。
一日も早い終息を祈っている。
■一丸となってシリーズ優勝へ
その指導力が高く評価される林監督に、指導者として日本に帰ってきてほしいという声も聞こえる。
「そういう評価をしていただけると、やっぱり嬉しいよね。将来的にもしチャンスがあれば、そういう挑戦もしてみたい気持ちはある」。
しかし今、1軍監督として3年契約を結んだばかりの林監督には、目の前に積まれた課題に取り組むことが先決だ。
「まだ1回も台湾シリーズで優勝したことないんで。選手時代も。なんとかチームに貢献したいと思っている。みんなが同じ思いで一丸となって戦えば、目標に向かっていける。みんなで戦っていく」。
シリーズの優勝はもちろんだが、そこへたどり着くまでの過程も大事にする。選手とチームの成長、そして台湾野球の発展。それは愛情あふれる“頑固オヤジ”・林威助監督にとって、永遠のテーマだ。
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