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増加する熱帯夜 変質する日本の夏

森田正光気象解説者/気象予報士/ウェザーマップ会長
東京の熱帯夜日数の推移(気象庁データを元にスタッフ作成)

予報官が作った言葉

 今朝(28日(月)朝)も東京の最低気温は25.3度で8月3日から25日連続の熱帯夜となりました。(過去2番目に長い)

 気象庁の用語集によると「夜間の最低気温が25度以上の日(※)」熱帯夜としていますが、この熱帯夜という言葉はいつ誰が作ったのでしょう。

 実は今では当たり前のように使われている言葉も、もとをたどると気象庁関係者が新聞や書籍などに書いたものというのが少なくありません。

 例えば「ゲリラ豪雨」というのも、1969年8月に読売新聞で活字化されたのが初めてとされていますが、当時は気象庁内や(財)気象協会内では普通に使われていました。(1970年代の現場の気象関係者はほとんど知っている)

 私が東京の気象協会に転勤してきたのは1974年ですが、その当時もまだ使われていました。ただその頃、新左翼ゲリラやゲリラという言葉そのものが戦争を連想させるので、上司からは使用しない方がいいと言われていました。そして徐々にゲリラ豪雨という言葉は使われなくなったのですが、2008年の流行語大賞にノミネートされたことで、一気に言葉としての市民権を得たようです。

 とはいえ、私自身はそのころ教えられたことが身についているので、現在も「ゲリラ豪雨」という言葉を使うのにはためらいがあります。

熱帯夜が活字化された書籍

 では「熱帯夜」という言葉はいつ誰がどのような状況で作ったものでしょう。この言葉を創作されたのは、元鹿児島気象台長で長年NHKの気象解説を担当された故倉嶋厚氏です。

 倉嶋氏は御自分のことを風流気象人と位置づけ、難解な気象学と季節や暦などの自然観を融合させようと努力なさった方でした。倉嶋氏がロシア語から訳した「光の春」という言葉がありますが、美しい響きを持っています。

 その倉嶋氏が「日本の気候(古今書院1966年刊)」を書くにあたって、それまでにも使われていた夏日や真夏日など統計的な指標に、新たに自分で作った「熱帯夜」という用語をまぎれこませたのです。

 この時の経緯を、倉嶋氏は1994年文芸春秋7月号の私(森田)との対談で語っています。倉嶋氏によると、当時、朝日新聞の解説にも使用したとのことで、その時に朝日新聞社側から「熱帯夜という言葉に権威はあるのか」と聞かれたそうです。それに対して倉嶋氏は「倉嶋厚が権威なんだ(笑)」と答えたそうですから、倉嶋氏がいなければこの言葉は無かったのかもしれません。

 ちなみに「日本の気候」によると、「シンガポールやマニラの夜と同じ気温であり、夜でも裸でいたい蒸し暑さである。」と、他の項目にくらべてより具体的に記述されています。

 この「熱帯夜」という言葉が作られた1966年ごろの東京の平均日数は9日、仙台ではきわめてまれ、札幌には無いと、この本には書いてあります。

仙台の熱帯夜日数(気象庁データを元にスタッフ作成)
仙台の熱帯夜日数(気象庁データを元にスタッフ作成)

 ところがそれからおよそ60年後の今年、東京の熱帯夜日数は41日、仙台は26日、無いはずの札幌でも7日も出現しています(※)。(仙台、札幌はいずれも過去最多)さらに札幌は最高気温もこれまでになく高く、8月23日には36.3度の新記録が出てしまいました。

 また北海道全体で見ても、最高気温だけではなく、最低気温の高い記録を更新した地点が約半数あり、異常な高温になっています。

 今年の気圧配置は太平洋高気圧が北に偏って張り出したという特殊要因がありますが、それにしても今年の状況を見ると、暑いのが北日本でも常態化しており、日本の夏が変質していることを強く疑わせます。

最低気温30度以上の夜をどう呼ぶ

8月5日開催「熱帯夜忌」の様子(筆者提供)
8月5日開催「熱帯夜忌」の様子(筆者提供)

 倉嶋厚氏が亡くなられたのは2017年8月3日のことでした。今年はちょうど七回忌にあたりますので、有志60名ほどで8月5日に「熱帯夜忌」の集まりを持ちました。「熱帯夜忌」を季語とした俳句の選考などを行いましたが、気象関係者が多かったこともあって、話題が「最低気温30度以上の日をどう呼ぶ問題」に発展していきました。

 昔は30度を超える事が常態化することは考えられませんでしたが、近年では珍しくなくなり今年も島根県の松江や鳥取県の米子など15地点で、最低気温が30度を超えました。

 参加者の案で一番多かったのは「超熱帯夜」で11票。その他は票が割れましたが、「スーパー熱帯夜」とか「酷夜」「地獄夜」とか様々な意見があり「沸騰夜」というのも候補にありました。その後、国連のグテーレス事務総長が「地球沸騰化の時代」と表現したことから、こんな言い方もあるのかなと思いました。

 また気象協会では昨年の予報士アンケートで「超熱帯夜」という言い方を提言しています。

 気象庁は、最高気温40度以上や最低気温30度以上をどう呼ぶかを決めていませんが、いずれ気象用語として議論する時代に入るのでしょう。

※熱帯夜の日数について、気象庁の統計にならいここでは日最低気温25度以上の日数を熱帯夜日数としています。(8月27日時点の日数)

参考

日本の気候 著倉嶋厚 古今書院刊

お天気キャスター照る日くもる日 文芸春秋1994年7月号

気象解説者/気象予報士/ウェザーマップ会長

1950年名古屋市生まれ。日本気象協会に入り、東海本部、東京本部勤務を経て41歳で独立、フリーのお天気キャスターとなる。1992年、民間気象会社ウェザーマップを設立。テレビやラジオでの気象解説のほか講演活動、執筆などを行っている。天気と社会現象の関わりについて、見聞きしたこと、思うことを述べていきたい。2017年8月『天気のしくみ ―雲のでき方からオーロラの正体まで― 』(共立出版)という本を出版しました。

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