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「この道しかない」という自民党のスローガンの本当の意味とは?

山田順作家、ジャーナリスト

■アベノミクスは本当に「道半ば」なのか?

「景気回復、この道しかない」と、安倍自民党はアベノミクスの継続を訴えている。そこで、「この道」とはどんな道なのか、改めて考えてみた。

もう聞き飽きたが、アベノミクスは、3本の矢からできている。第1の矢は「大胆な金融政策」、第2の矢は「機動的な財政政策」、第3の矢は「大胆な規制緩和による成長戦略」である。

ところが、第3の矢がほとんど放たれないうちに、解散総選挙になってしまった。しかも、途中で消費税増税というブレーキが効きすぎて、日本は大不況に突入してしまった。そこで、大方のエコノミスト、評論家は、次のような玉虫色の評価をせざるをえなくなった。

「アベノミクスは3本の矢でデフレから脱却し、最終的に日本経済を成長軌道に乗せるはずだった。ところが、消費増税という逆方向の政策を実施したため、これまでの効果をほぼ打ち消してしまった。その意味で道半ば。採点すると50点」

50点だからどうしたのか?と言いたいところだが、多くの国民もそう考えていると思う。首相自身も「道半ば」だと思うから、「この道しかない」と訴えているのだろう。

■「景気回復させてはいけない」が本当の道

しかし、日本が陥ってしまった事態をよくよく見ていけば、「この道」というのは、首相が考えているような道ではない。まずなにより、本当に景気回復などさせたら、日本は大変なことになってしまうからだ。

景気がいいというのは、個人消費も企業の設備投資も旺盛な状態で、物価はインフレである。当然、給料も上がる。金利も上がらなければならない。

しかし、金利が上がったら困る人々がいる。それは、多額の借金をしている人々である。話を単純化すると、この場合、いちばん困るのは国債を発行しまくって1000兆円も借金してしまった日本政府である。

現在、国債金利(10年もの)は0.4%台で史上最低だが、景気がよくなれば3%、4%に跳ね上がる。こうなると、税収のほとんどが国債の利払いで吹っ飛び、予算が組めなくなってしまう。公務員の給料をカットしたり、公共事業費、社会保障費を大幅に削ったりしなければならなくなる。

というわけで、「景気回復、この道しかない」というスローガンの「景気回復」は「景気回復させてはいけない」が本当のところだ。

■ムーディーズの日本国債の格付け引き下げ

国の借金である国債の担保は、国民の税金である。だから、消費税の増税を見送ったために、ムーディーズは日本国債の格付けを「Aa3」から「A1」に1段階引き下げた。これはなんと、中国や韓国を下回るレベルだ。

国債の格下げというのは、政府ばかりか民間金融機関にとっても大変なことである。

だから、安倍首相は「市場は冷静に受け止めている」としか言わず、世耕弘成官房副長官は「コメントは差し控えたい」としつつも、「国債市場の動向を注視し、適切な国債管理政策を実施していきたい」と言った。

政府トップが「不安だ」などと言えるはずがないからだ。

しかし、世耕官房副長官の「適切な国債管理政策を実施していきたい」というコメントは非常に重要である。なぜなら、異次元緩和で日本政府は「財政ファイナンス」という金融詐欺に踏み切り、日銀を政府の財布にしてしまったからだ。

日銀が国債のほとんどを買い上げることで、いまや日本に国債市場はほぼなくなった。つまり、国債は財務省による国家管理下に入った。ということは、金利が上がって暴落したら、国は破綻する。本当に、真剣に国債管理を続けなければならないのだ。

■「異次元緩和」はもはや止めることはできない

先日の黒田バズーカ砲第2弾は、二つの目的があった。一つは、国債金利の低位安定を続けること。もう一つは、消費税増税のための援護射撃である。

消費税を増税して少しでも財政再建を進めなければ、最終的に国債の信用がなくなり、暴落しかねないからだ。しかし、首相が増税を先送りしてしまったので、リスクは高まった。増税するかしないかを景気で判断するなど、日本のように莫大な債務を抱えてしまった国がやるようなことではないのだ。

こうなると、アベノミクスの第一の矢「異次元緩和」はもはや止めることはできない。止めたら、国債の買い手はいなくなり、政府は資金繰りに屈する。だから、次は日銀が憲法でも財政法でも禁じられている「国債の直接買い取り」をするしかない。つまり、日本政府はいまやにっちもさっちもいかない状態に追い込まれたのである。

もし、国債暴落が起こり、インフレのコントロールが利かない状況になると、国民生活も政府と同じように共倒れになる。

■ネット住民は「財政破綻論争」が大好き

不思議なことに、こんな状態になっているのに、「財政破綻は単なる脅かしにすぎない」「そう言っている人は煽っているだけだ」「この国が破綻するわけがない」「財政破綻するというのは財務省の増税のための方便」「ハイパーインフレなど起きない」「国債は国内で消化されているから大丈夫」「政府と民間は違う。政府は債務を返済する必要はない」「財政破綻の定義は?」などと、のんきなことを言っている人たちがいる。

とくにネット住民は、「財政破綻するかしないか論争」が大好きなようで、財政破綻、ハイパーインフレというキーワードに飛びついて、書き込みをする。

しかし、これは論争するような問題ではない。財務省はこれまでも、そしてこれからも、必死になって国債管理を続けていかなければならないのだ。増税もし、国債も消化し、金利も上がらないようにする。これは、とんでもなく難しい舵取りだ。

財務省がこの舵取りに失敗すると、私たちの生活は破壊されてしまう。

■アベノミクスは「実現可能なネズミ講システム」

ところで、11月18日の付けロイター記事「アベノミクスは失敗してない、増税延期は当然=浜田内閣官房参与」が、いまでもネットで評判になっている。なぜなら、アベノミクスの生みの親である浜田宏一・エール大学名誉教授が、はっきりと、「アベノミクスはネズミ講だ」と言ってしまったからだ。

浜田氏は、アベノミクスを「実現可能なネズミ講システムだ。普通のネズミ講はどこかで終わって破綻するが、どこの政府でも次の納税者は必ずあらわれる」とし、「政府が自転車操業でお金を借りまくることはいいことではないが、政府と民間を合わせれば、消費税を先送りしても信頼が崩れることはない」と述べたのである。

この発言で、私は浜田氏が、すべてをわかったうえで、安倍首相に「財政ファイナンス」をアドバイスしたことを知った。浜田氏というのは、本当に正直な人だ。「いまの政府と私たちがつくった借金のツケは、次の納税者に回せばいい」と言っているのだから。

■曲芸師の綱渡りに挑んでいる日本政府

とういうわけで、「この道しかない」に話を戻す。

まず、言えることは「この道しかない」は本当だということだ。ただし、財政ファイナンスを続ける出口のない道、永遠のネズミ講である。

とにもかくにも、財政破綻だけは先送りしなければならない。そして、そのために「景気をよくする」と言っても、本当によくしてはならない。だから、絶対に増税しなければならない。さらに、デフレを脱却させてインフレに誘導し、そのうえで物価も長期金利も適正水準にコントロールしなければならない。

こんな曲芸師の綱渡りのようなことに、いま、政府は挑んでいるのだ。

さらに、現在、政府がやっていることが財政ファイナンスによるネズミ講、すなわち金融詐欺だということが、周知になってはいけない。とくに、日本国民の多くがそう思い出したら、円を信用しなくなり、銀行に預金しなくなる。預金流出が起こる。

こんな日本国の難しい舵取りを引き受け、「国民のために」と、現在、各政党の候補者たちは選挙戦を戦っている。彼らははたして本気なのだろうか? こんなリスクが大きい仕事は、それこそ全身全霊を傾けなければできない。

政治家と官僚のみなさんの健闘と、この国の財政の継続を心の底から祈りたい。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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