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深刻化するオーバーツーリズム!日本に必要なのは「おもてなし」より「チップ」!

山田順作家、ジャーナリスト
黒幕と観光ガイドの配布によって一時の混乱は解消したが(写真:ロイター/アフロ)

■もっとも魅力的な国が空前のバーゲンセール中

 この秋も、どこに行っても外国人観光客。

 それは喜ばしいことだが、その一方で、各地で「オーバーツーリズム」(観光公害)が続いている。たとえば、いまは収束したが、河口湖駅前の「富士山ローソン」問題は、その代表例だった。

 なぜ、日本各地でオーバーツーリズムが起こっているのか? それは、ひと言で言えば、訪日外国人観光客が激増したからだ。では、なぜ激増したのか?

 いくつかの理由があるが、最大の理由は、日本が世界でも有数の魅力的な観光先だからである。そして、もう一つ、空前の円安が続いているからだ。

 魅力的な観光地がバーゲンプライスで満喫できる。これでは、海外から観光客が殺到するのは無理もない。

 

 旅行雑誌の『コンデナスト・トラベラー』の「もっとも魅力的な国」部門の読者投票(2023年)において、日本は第1位。アンホルト-イプソスの「国家ブランド指数ランキング」(2023年)でも、第1位である。

■じつはたいして稼げていない観光産業

 オーバーツーリズムが起こるのだから、観光産業はさぞ儲かっていると誰しもが思う。しかし、実際はそうでもない。じつは、このこともオーバーツーリズムを深刻化させている。

 「UN Tourism」(国連世界観光機関)の2023年のデータを見ると、国際観光客到着数ではフランスがトップ、国際観光収入ではアメリカがトップとなっている。

 以下に、トップ10を示すと、次のようになっている。

[2023年国際観光客到着数トップ10] ( )の単位は百万人

 1、フランス(100.0) 2、スペイン(85.2) 3、アメリカ(66.5) 4、イタリア(57.2) 5、トルコ(55.2) 6、メキシコ(42.2) 7、イギリス(37.2) 8、ドイツ(34.8) 9、ギリシャ(32.7) 10、オーストリア(30.9)

 *日本は(25.1)。ピーク時の2019年は(31.9)だった。

[2023年国際観光収入トップ10]

 1、アメリカ1760億ドル 2、スペイン920億ドル 3、イギリス740億ドル 4、フランス690億ドル 5、イタリア560億ドル 6、アラブ首長国連邦519USドル 7、トルコ495億ドル 8、オーストラリア466億ドル 9、カナダ392億ドル 10、日本386億ドル

 この2つのデータで、日本とアメリカを比べてみると、アメリカは観光客数では日本の約2倍なのに対し、観光収入はなんと約4.5倍もある。つまり、日本の観光産業は観光客数の多さの割には稼げていないのである。

 これは、訪日客が中国などの近隣のアジア諸国が主体で、それも富裕層が少ないからだ。現に、もっともおカネを落とす欧米富裕層の訪日客は少ない。

  

■「おもてなし」をアピールしすぎた弊害

 オーバーツーリズムに関して、一つのユニークな見方がある。「観光立国」を目指すにあたって、「おもてなし」をアピールしすぎたため、オーバーツーリズムになったというものだ。

 この見方を提起したのは、「ダイヤモンド・オンライン」の記事『なぜ日本は外国人観光客にナメられるのか?「おもてなしは文化」というウソの自業自得』(窪田順生、2024.6.13)だ。この記事は、こう述べている。

《外国人観光客はガイドブックやネット・SNSで、ある程度日本文化の予備知識を入れてくるのだが、その中で「おもてなし」という言葉とともに日本人は「チップをもらうわけでもないのに、とにかくゲストをもてなすのが大好きなサービス精神の塊のような人たち」とかなり盛った説明をしていることも多い。

 つまり、外国人観光客がやりたい放題やっているのは、「日本人っておもてなしの精神があって、外国人観光客が好きで好きでたまらないから、ちょっとくらいハメを外しても怒らないでしょ?」とタカをくくっているところもあるのだ》

 さらに、この記事の著者・窪田順生氏は、ズバリ、こう述べている。

 《つまり、今日本全国の観光地で問題になっている「観光公害」というのは、世界に対して「お・も・て・な・し」などと言って、日本のホスピタリティの高さを過度にアピールしてしまったことも原因なのだ》

■「おもてなし」は「見返りを求めない」

 かつて私は、「おもてなし」を批判したことがある。なんで、こんな割の合わないことをやっているのか?と、この欄で書いたことがある。それは、東京オリンピックの招致プレゼンのスピーチで、滝川クリステルさんが「おもてなし」を強調したからだ。

 彼女のプレゼンそのものは、聴衆の「情感」に訴える素晴らしいものだったが、次のひと言はまずかったのではないかといまでも思っている。

 

「東京はみなさまをユニークにお迎えします。日本語で『おもてなし』と表現します。それは訪れる人を慈しみ、見返りを求めない深い意味があります」

 日本の「おもてなし」は、確かに「見返りを求めない」。しかし、それをこのような招致のスピーチで言ってしまうと、聞くほうは訪問客へのタダのサービスと捉えてしまう。

 日本ではチップを払う習慣がないので、そのことを「おもてなし」というのだと誤解し、「おもてなし」は無償サービスだと思ってしまう。「ダイヤモンド・オンライン」の記事は、その意味で当たっている。

■「おもてなし」と観光業のサービスは別物

 観光ガイドが、外国人観光客に「おもてなしは日本の伝統文化です。だから、日本ではレストランでもホテルでも、チップを払う必要はありません」と説明しているのを聞いて、疑問に思ったことがある。

 私の親は、旅館に泊まれば、部屋に来た中居さんに必ず“心づけ”を渡していたからだ。だから、私も今日までそうしてきた。日本にもチップを払う習慣はある。

 伝統文化とされ、昔から言われてきた「おもてなし」は、お客を心からもてなすことである。あくまで、訪ねてきた私的なお客であり、観光客ではない。

 とすれば、観光業、飲食業のサービスと「おもてなし」は、まったく別物ではないだろうか。それをいっしょにしてしまったことで、日本のオーバーツーリズムは深刻化してしまったと言えるのではないか。

■東京都がつくった「おもてなしポケットガイド」

 実際、東京オリンピックの招致に成功すると、観光庁は「おもてなし」を観光促進の目玉として、数々のキャンペーンを行った。地方自治体でおもてなし向上の取り組み事業を行うと、それを支援するようになった。

 

 東京都では、“国内外から多様な旅行者”を迎えるための「おもてなしポケットガイド」をつくった。その表紙には「私たちにできること」という題字が書かれており、報道発表資料には、《「私たちにできること 私の声かけで、東京をおもてなしの街にする」を作成しました》と書かれていた。

 これによって、東京は「おもてなしの街」になってしまった。

■「おもてなし」は「犠牲」で成り立っている

 観光業でのサービスを「おもてなし」と称して無償で提供するということは、その分を従業員にタダ働きさせているのと同じことである。

 いくらいい接客をしようと、それに見合った報酬はえらえない。チップはもらってはいけない。

 これでは、「おもてなし」は「こころ」ではなく、「犠牲」で成り立っていると言えるのではなかろうか。

 「おもてなし」と同じく、日本の接客業でよく言われるのは「お客さまは神様」である。これも、「おもてなし」と同じく従業員に犠牲を強いることにつながる。

 日本の接客業は、人件費を絞って、できる限り安い時給で雇用し、そのうえでお客に対しては、いつも笑顔でていねいに接することを要求する。これでは、本当の「おもてなし」とは程遠く、なにより接客のプロなど生まれるわけがない。しかも、サービスが無償ということは、客側はそれを当然だとして思い上がり、一部の客は「カスハラ」化してしまう。

 

■チップがあることでサービスのレベルが上がる

 世界には、チップがない国も多いが、チップがある国では、接客業のレベルが高い。よりよいサービスをすることで、高い収入が得られるからだ。

 チップ文化が厳然と存在しているアメリカでは、チップを一定額以上稼ぐレストランやホテルの従業員には、最低賃金は適用されない。最低賃金の半分以下ぐらいの時給しか適用されない。こうしたシステムにより、サービスはプロ化し、そのレベルは上がる。

 ただ、なんでもかんでもチップを取られることに客側の不満が募り、最近では、物価高もあり、「チップ不要論」が高まっている。

 しかし、依然としてチップはなくならない。

日本もチップ制度を導入してはどうか?

 これまで、チップ不要論は何度かあった。たとえば、ニューヨークでは「USHG」(ユニオン・スクエア・ホスピタリティー・グループ)のレストランや、和食の「モモフク」「大戸屋」などで廃止された。しかし、その分、メニューの単価を上げることになったりしたため、「モモフク」「大戸屋」では復活させた。

 チップはサービスの対価だから、提供側にも提供される側にも必要なのだ。

 最近はタブレット端末、ロボット導入などで、サービスは無人化された。それでもアメリカではチップを取られる。

 たとえば、タブレット端末を通じて会計する際に、チップの加算画面が表示されて、金額を打ち込むように促される。機械にチップを払うのかと思うが、慣習なので払う。

 

 そこで思うが、日本の接客業もチップを取るようにしたらどうだろうか? そうすれば、外国人観光客が殺到することも、傍若無人の振る舞いをすることも減るのではないか。また、観光産業に携わる人の収入もアップする。

 そうして、オーバーツーリズムは、少しは改善されるのではなかろうか。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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