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ビヨンセと比べるとわかる、トランプを勝たせたイーロン・マスクのカネとスピーチ

山田順作家、ジャーナリスト
イーロン・マスクのスピーチにご満悦のトランプ(写真:ロイター/アフロ)

■イーロン・マスクの支援によりつかんだ勝利

 第47代アメリカ大統領に決まったトランプは、勝利演説で、「アメリカの人々に感謝したい。第47代アメリカ大統領に選ばれたことはこの上ない光栄だ」と述べた後、演説後半では、最大の支援者に言及した。

 「私たちには新しいスターがいる。それはイーロンだ!」

 そうして、ハリケーン「ヘレン」で大きな被害を受けたノースカロライナ州で、ある人物から「スターリンクが必要だ」と言われたという話を披露し、こう付け加えた。

 「彼は多くの命を救った。彼は特別な人間であり、超天才だ。私たちは超天才を守らねばならない」

 トランプ再選は、どう見てもイーロン・マスクの支援がなければかなわなかった。

 まず、マスクはトランプの選挙戦支援に、トランプのスーパーパック「アメリカPAC」に、少なくとも1億1900万ドル(約183億円)を献金した。そうして、最大の激戦州ペンシルベニアに乗り込み、毎日1人の有権者に100万ドルを贈るキャンペーンを始めた。

 さらに、トランプに同行して各地で応援演説を行った。その応援演説は類を見ないものだった。

 

 また、もっと時間をさかのぼれば、マスクがツイッターを買収して「X」としたことも、トランプへの援護射撃となった可能性がある。

■具体的に投票を呼びかける異例の応援演説

 ここで、イーロン・マスクがペンシルベニア州バトラーで行ったトランプ応援演説を見てみたい。「YouTube」にあるので、いまでもその凄さがわかる。

 「Elon Musk full speech at Donald Trump rally in Pennsylvania」

  https://www.youtube.com/watch?v=SepmVBuJz_Y

 これまで、トランプがなぜ勝利したのか? さまざまな分析、論説がなされてきたが、この応援演説の後半を見れば、それらがほとんど的を射ていないのがわかる。

 彼はともかく、聴衆に向かって「この州の戦況は最後の500票、1000票で決まる」「ともかく選挙に行ってほしい」「周りにもくり返し呼びかけてほしい」「有権者登録してあるか確認してほしい」としつこく呼びかけている。

 そうして、どのように行動すればいいのかを細かく促しているのだ。

 応援演説というと、ともかく候補者をほめ上げる。いかに素晴らしい人物か、いかにリーダーにふさわしいかを述べ、「投票すれば未来は明るい」と言うようなことを言うのが定番だ。

 しかし、マスクの応援演説は、そんなことはそっちのけで、どうやったらトランプを当選させることができるのか、それだけに絞って、具体的に指示している。

■聴衆に向かって具体的かつ細かく投票を懇願

 イーロン・マスクは、さすがに企業経営者、リアリストである。歯が浮くようなことはけっして言わない。言うのは、いまなにをすべきかだけだ。

 つまり、会場に来ている聴衆に1人残らず投票させ、さらにその周囲の人間にも投票させる。そのことに絞って語っている。

 「あなたの1票の価値は大きい」

 「もっとも重要なのは、有権者登録(register to vote)です」

 「あなたが登録してあるか確認してほしい」

 「あなたの周りの人、家族、友人など、全員に確認してほしい」

 「あなたの知り合いにも声かけて、電話して、ソーシャルメディアでも連絡して、投票させてほしい」

 「道行く人にも、街ですれ違った人にも投票を促してほしい」

 「これから最後までできる限りあらゆる手段で(トランプに)投票してほしい」

 「ともかく、Vote(投票)、Vote(投票)、Vote(投票)です!」

 この応援演説の結果が、以下になったと言えるだろう。

  カマラ・ハリス   48.5% 336万6829票

  ドナルド・トランプ 50.6% 351万1865票

 イーロン・マスクがほかの有名人サポーターたちと違ったのは、支援を表明する、単にカネを出すだけではなく、このように具体的な応援演説を行い、カネを有効に使い、勝つために積極的に行動したことだ。

 

 なにかにベットした以上、あらゆる手段を使って勝つ。プライドもなにもかも捨てて、ただひたすら有権者に懇願し、日本の「ドブ板選挙」のようなことを全力で行ったことだ。

 この点で、民主党カマラ・ハリスの有名人サポーターとは違っていた。

■民主党陣営は有名人サポーターを総動員

 大接戦という世論調査を受けて、民主党ハリス陣営は、有名人サポーターを積極的に登場させた。10月25日には、ビヨンセがテキサス州で、31日にはジェニファー・ロペスがネバダ州で、ハリスの応援演説に登場した。そうして、11月3日には、レディー・ガガが、インスタでハリス支持を表明した。

 それ以前に、テイラー・スウィフトやケイティ・ペリーなども支持を表明しているから、ハリス支持の有名人サポーターのラインナップは、これまでの大統領選で類を見ないものだった。しかし、その効果はなかったと言えるだろう。

 ビヨンセがハリスのキャンペーンに登場したのは、10月25日、彼女の故郷ヒューストンの会場だった。すでに、『フリーダム』がハリスのキャンペーンソングになっていたから、その曲が流れるなかで観衆は、ビヨンセの登場を待ちわびていた。

■母親として登場して歌わなかったビヨンセ

 ビヨンセは、元デスティニーズ・チャイルドのメンバー、ケリー・ローランドと手を繋いで登場した。会場に集まった約3万人の観衆は、フリーダムと書かれたプラカードを掲げて歓声を送った。その歓声に応えて、ビヨンセはこう言った。

 「私はセレブや政治家としてここにいるのではありません。(女性が)自分の体のことを自分で決められる自由な世界であるか、気にかけている母親としてここにいます」

 これは、民主党が人工妊娠中絶を争点として掲げていたので、それに沿ったスピーチだった。そして、ビヨンセは「新しい歌を歌うときが来ました。あなた方を必要としています」と続けたのだが、誰もが期待した『フリーダム』は歌わなかった。

 代わりにパフォーマンスを披露したのは、古老のカントリー歌手ウィリー・ネルソンだった。これには、多くの観衆が失望し、その後、「X」には恨みの投稿が溢れた。

 「カマラ・ハリスは無料のビヨンセ・コンサートを餌にして、ウィリー・ネルソンに演奏させた」

 「ビヨンセが歌わなかったのは信じられない」

■本当に勝ったのはトランプではなくマスク

 民主党は戦略を間違えた。有名人をずらっと並べて、ハリス支持を表明させたが、その先をやらなかった。応援演説では当たり前のように、ハリスをほめさせ、アメリカに新しい時代が来るというような漠然とした期待感を煽っただけだった。

 これに対して、マスクは起業家、企業経営者らしく、徹底的にリアルに戦った。応援演説の違いに、それがはっきり表れている。

 こうしてみると、トランプが勝ったのは間違いないが、本当に勝ったのはイーロン・マスクである。彼は、自分と自分の会社のために勝負師として、本気で戦ったからだ。

 トランプ勝利で、即座にテスラの株は高騰し、彼の資産は一気に28%も増えた。また、トランプは約束どおり、マスクを政府の要職に就任させることを宣言した。これにより、彼の支配企業は連邦政府からの手厚い支援を受けることになった。

■なぜ民主党から共和党支持へ転向したのか?

 イーロン・マスクは、元からの共和党支持者ではない。これまでの大統領選挙ではすべて民主党候補(ヒラリー、バイデン)に投票してきた。それが今年になって共和党支持に転向し、当初はフロリダ州知事のロン・デサンティスを支持していた。

 共和党支持転向とともに、マスクは、スペースXをカリフォルニア州ホーソーンから、レッドステートのテキサス州南部ボカチカのスターベイスに移転、「X」をサンフランシスコからテキサス州の州都オースティンに移すことを表明した。

 このように、マスクの青から赤への転向には、ビジネス上の理由が大きいが、もう一つ大きな理由がある。

 もともとマスクは、意識が高い系“ウォーク”(Woke)を毛嫌いしてきた。そのため、カリフォルニア州の「ジェンダー・アイデンティティ法(性自認法)」(AB957)が、ギャビン・ニューサム知事の署名によって発効することになると、「堪忍袋の緒が切れた」(This is the final straw.)という声明を発表した。

 “ウォーク”嫌いの背景には、自分の息子がトランスジェンダーで、自身と絶縁状態になったことがある。マスクの息子(現在の名前は女性名でビビアン・ジェンナ・ウィルソン、20歳)は、2022年、カリフォルニア州の裁判所に名前と性別の変更を申請し、父親と一切の関係を断つことを表明している。

■あらゆる規制から自由になることが目的

 

 南アフリカ生まれのイーロン・マスクは、アメリカ大統領にはなれない。国籍がアメリカだけではダメで、「アメリカ生まれ」「14年以上居住」「35歳以上」をクリアしなければならない。

 だから、ドイツ生まれのピーター・ティールは、副大統領候補のJDヴァンスを支援し、政治権力を得ようとした。

 マスクも同じだ。トランプを使って、自らの理想を実現させたいのだろう。

 その理想とは、あらゆるものから自由な世界。規制なき企業活動だ。テスラによるEVシフト、スペースXによる宇宙開発と火星移住、ニューラリンクによるBMI(ブレイン・マシン・インターフェイス)など、みな国家規模の規制緩和、支援がなければ実現できない。

 イーロン・マスクは稀代のイノベーターである。イノベーションに必要なのは、規制なき自由である。先の応援演説で、マスクは「トランプだけが、Freedom of Speech(フリーダム・オブ・スピーチ:言論の自由)を守る」と述べていた。結局、「自由」(フリーダム)を手に入れたのは、イーロン・マスクだけではないだろうか。 

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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