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イスラーム過激派の食卓:アラビア半島のアル=カーイダ

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 例年、ラマダーンからマッカ巡礼を経て犠牲祭に至る期間はイスラーム過激派の広報活動もそれなりに盛り上がる時期だ。「ラマダーン中の行動は功徳が10倍」の類の言い回しで攻撃や寄付を募る扇動をすることもあれば、攻勢の実施を宣言して集中的に作戦行動を強化することもある。そのため、イスラーム過激派を観察する身としてはこの期間はそこそこの緊張を強いられるのだが、今期はイスラーム過激派の活動があまり活発でない。「イスラーム国」は、スプラッターものも含む戦果の発信をほぼしなくなり、通常の書式の「犯行声明」や戦果画像は2023年4月にはほぼ見かけなくなった。「犯行声明」を簡略化した形式で発信する「ニュース速報」も、これまでに比べて減少した上、発信の頻度も間欠的になってきた。

 本来、最近パレスチナで発生した様々な衝突は、イスラーム過激派にとって論評や脅迫、扇動をする格好の機会だ。また、世界中のどこで何を対象としたものであれ、パレスチナでの衝突を口実に何か攻撃を実施すれば、世論や報道機関の関心を集められるかもしれない。ところが、現時点で今般の衝突に言及した声明を発表したのはインド亜大陸のアル=カーイダくらいで、他の諸団体は実際の攻撃はもちろん、論評も扇動も脅迫もできていない。レバノンやシリアからのロケット弾発射や、それに対するイスラエルの「報復」が、イスラーム過激派に見せ場を与えないことをも計算に入れた、高度に管理された衝突のようにすら見える。

 そんな中、2023年4月10日付でアラビア半島のアル=カーイダが「アラビア半島からの画像群」と題し、同派の活動を収めた画像複数を発表した。画像の中には、川で水遊びを楽しむムジャーヒドゥーンの模様など興味深いものもあるが、本稿ではアラビア半島のアル=カーイダの者たちの食事に注目しよう。

 画像1には、「ワーディー・ウームラーンでの食料の準備」との字幕がつけられている。建物もテントも用いずに露営し、そこでパンを焼いていると思しき場面だ。確固たる拠点や基地ではなく、小集団が移動中に睡眠や休憩をとっている場所のようにも見える。画像では、赤い桶に用意した生地を焼いているが、熱源は薪のようだ。

画像1:2023年4月10日付アラビア半島のアル=カーイダ
画像1:2023年4月10日付アラビア半島のアル=カーイダ

 画像2には「ムジャーヒドゥーンの拠点の一つでの食料の準備」との字幕がつけられている。画像1の続きのようにも見えるが、そうだという保証はない。画像では、焼きあがったパンが赤い桶に収められ、その傍らの焚火でお茶かお湯の準備をしている。他の料理や食品は見当たらないので、パンとお茶という献立の食事か、食後のお茶の準備といったところだろうか。懐中電灯かヘッドライトのような光源を使用しているのがわかるが、隠密行動中なのか、それとも敵に発見されるのを警戒しているのか、使用台数は少ない。

画像2:2023年4月10日付アラビア半島のアル=カーイダ
画像2:2023年4月10日付アラビア半島のアル=カーイダ

 画像3には「ワーディー・ウームラーンのムジャーヒドゥーンの拠点の一つで、肉を石焼にする」との字幕がつけられており、画像1と同じ場所か近所での調理風景のようだ。石焼という、風雅や技術を追求した調理方法だが、肉の量はあまり多くはなさそうだ。ここで食事をする人数が少ないのか、調達できた肉の量が少ないのかはわからない。

画像3:2023年4月10日付アラビア半島のアル=カーイダ
画像3:2023年4月10日付アラビア半島のアル=カーイダ

 今般の画像群は、アラビア半島のアル=カーイダにしては珍しい、ムジャーヒドゥーンの娯楽や食事についての情報を含む作品だ。映し出されているのは、都市や村落からは遠い所で野営・露営・移動生活をしている者たちで、建物や家屋を利用できる拠点や制圧地があるのか、本格的な照明や調理設備を使用するような大集団での活動はあるのか、頼りになる兵站拠点はあるのか、など同派の活動の全容を知るためには不十分なものだ。ただし、少人数で野宿と焚火での調理を繰り返す日常生活からは、アラビア半島のアル=カーイダの活動の最前線はラマダーンから犠牲祭までの祝祭期間の雰囲気とは縁遠い耐乏生活なのだろうということは察せられる。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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