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トランプ‐金正恩会談に期待できないこと、期待できること―「戦略的共存」への転換点になるか

六辻彰二国際政治学者
太陽節の軍事パレードに列席する金正恩総書記(2017.4.15)(写真:ロイター/アフロ)
  • 北朝鮮との会談は米国にとっても「渡りに船」だった
  • 会談で期待される成果は米朝がお互いに都合の悪いことを「みてみぬふり」をできるようになること
  • 「不安要素のある国」とでも、「自分に実際に危害を加えない」という共通認識がお互いに成立すれば、最低限の付き合いで並び立つことができる
  • お互いに「忍耐」しあう「戦略的共存」は、全体の安全に資する

 3月9日、韓国政府は「金正恩総書記がトランプ大統領との会談を提案したこと」と「トランプ大統領が非核化実現のために5月までに会談を行うこと」を相次いで発表。北朝鮮情勢は大きな転機をむかえています。

 以前から述べているように、米朝会談が実現しても、「北朝鮮の核廃絶」はほぼ期待できません。しかし、今回の会談には、少なくとも高まった緊張を和らげる効果を期待できます。その緊張緩和を少しでも続けるなら、トランプ政権はオバマ前大統領の「戦略的忍耐」に近いものに回帰せざるを得ないとみられます。

 ただし、オバマ政権の時代は米国の一方的な「忍耐」でしたが、もし米朝協議で(根本的な解決は無理でも)緊張緩和への道が開くなら、北朝鮮側も「忍耐」を余儀なくされます。それは「戦略的共存」とも呼べる状態です。

米国にとっての「渡りに船」

 韓国政府が平昌五輪をきっかけに働きかけを続けた米朝会談に、北朝鮮側が徐々に応じる姿勢をみせてきたことに、トランプ大統領や日本政府は「制裁の効果によるもの」と自らの成果を誇示してきました。

 北朝鮮への制裁に全く効果がなかったわけではありません。しかし、ここで重要なことは、制裁を加えてきた側にも、もはや打つ手はほとんど残されていなかったことです。

 2017年7月に成立した包括的な経済制裁の導入により、これ以上の禁輸措置には限界がありました。経済制裁は一種の「諸刃の剣」で、そのリスクの一つには「最後から二番目の選択肢」であることがあげられます。つまり、それを実行して期待された成果が得られなかった場合、あとは基本的に軍事行動しか残らなくなりますが、それは制裁を行う側にとっても大きなリスクになります。既に核兵器を備えている北朝鮮が相手であれば、なおさらです。

 トランプ大統領は昨年4月シリアへ突然ミサイル攻撃を行い、「大量破壊兵器を使えばこうなる」と北朝鮮に警告。北朝鮮ばりの「瀬戸際外交」を展開するなか、米国が北朝鮮への制裁や圧力を矢継ぎ早に強めることは、北朝鮮と一緒になって緊張をエスカレートさせるものとなっていました。

 結果的に次に打つ手に困っていたトランプ大統領にしてみれば、北朝鮮が韓国の働きかけに応じる形で協議を提案したことは、「渡りに船」でもあったといえます。ただし、もちろんそうはいえないので、米国としては「制裁の効果」を強調せざるを得ません。少なくとも、今回の協議はどちらか一方が圧倒的に有利というより、「痛みわけ」によるものといえます。

 こうしてみたとき、金正恩氏が「会談に応じてやった」という態度で臨んだとしても、故のないことではありません。いずれにせよ、「全ての成果は自分にあり、全ての問題は相手のせい」と言いたく、またそのように振る舞う点で、米朝首脳は似た者同士ともいえます。

期待できないこと、できること

 ただし、米朝協議が実現したとしても、全てが解決するわけではありません。とりわけ重要なことは、トランプ大統領は「朝鮮半島の非核化」を強調しますが、北朝鮮にとって核・ミサイルがほぼ唯一の交渉材料になっている以上、米国の要求に沿って彼らがそれを放棄することは、ほぼあり得ないことです。つまり、米朝協議によって「朝鮮半島の非核化」が実現すると想定することはできません。

 その一方で、同時に重要なことは、両首脳がお互いに「相手も望んでいるなら会ってやらないでもない」と会談に臨むことで、少なくとも朝鮮半島の緊張が緩和されることです。米朝がお互いに手詰まりになり、緊張だけが高まる状況をみれば、この協議では「要求を引き下げることで事態を打開する」ことが米朝に期待されるといえます。

 北朝鮮にとって最大の目標が「体制の維持」である一方、北朝鮮情勢をめぐる米国の最優先課題が「核戦争を避けること」にある構図は、何一つ変化していません。このなかで双方が一番とりつけやすい合意は、中ロが提案してきた「北朝鮮の核・ミサイル実験の停止」と「制裁の一部緩和」を抱き合わせにすることです。

 もちろん、これはどちらにとっても最上の結論ではありません。北朝鮮にしてみれば、「米国と(対等の)平和条約を結んで体制を護持する」というゴールに、はるかに及びません。米国にしてみれば、「朝鮮半島の非核化」を約束するものではありません。実際、トランプ大統領は「非核化が実現するまで制裁は維持する」と強調しています。

 外交交渉に臨む以上、最初からハードルを下げることはあり得ません。しかし、最初に言ったことと、最後に出てくることが一貫しないのも、外交交渉の常です。まして、発言をうやむやにするのはトランプ大統領の十八番。大方針が固まれば、「人道的観点から」など、制裁を事実上緩和する理由づけは、後からいくらも可能です。

 米朝にとって、「北朝鮮の核・ミサイル実験の停止」と「制裁の一部緩和」は、最上の結論ではなくとも、少なくとも高まった緊張を和らげ、それぞれの安全を確保するという最低限の利益には適います。自分にとって最大の利益だけを追求して最悪の結末を迎えるくらいなら、妥協をしてでも最低限の利益を確保する、というのが合理的判断です。

 そに最低限の利益を目指す場合、米朝はお互いに都合の悪いことを「みてみぬふり」をする必要があります。米国にとっては、北朝鮮による核保有を「承認」しないまでも、それが米国を含む周囲に向けて発射されない限り、実際上「みてみぬふりをする」という選択です。これは北朝鮮にとって、自分が米国に認められていないという事実を「みてみぬふりをする」ことに他なりません。

気に入らない相手との「平和共存」

 「信用できない相手と約束しても意味がない」という意見もあり得ます。しかし、相手のことが気に入らなくても、信用できなくても、「自分を実際に攻撃することはない」と理解できるなら、最低限のつき合いにとどめながら、お互いに並び立つことは可能です。

 冷戦時代の米ソは、イデオロギー的には全く相いれない関係でしたが、かといって相手も核兵器を持っている以上、お互いに先制攻撃を加えて相手を抹消するという選択もあり得ませんでした。相手国を射程に収める大陸間弾道ミサイル(ICBM)、先制攻撃を受けた際に確実に反撃する潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の開発は、これを後押ししたといえます。

 そのなかで、1953年にスターリンが死亡した後のソ連が米国との「平和共存」に舵を切り、これを機に米ソ間の緊張緩和が段階的に進展していきました。この場合の米ソも、それぞれにとって最上の結論、つまり「相手を完膚なきまでたたきのめして自国の安全を図る」という欲求を実際には封印したといえます。

 もちろん、「平和共存」で米ソ間の不信感がなくなったわけではなく、その後も両者は基本的には「敵対する国」でした。実際、両国内の強硬派の不満もあって、その後も米ソは核開発競争を続け、少しでもお互いに優位に立とうとし続けました。

 しかし、両国間では「双方にとって最悪の結末である核戦争はお互いに避ける」という、最低限の共通理解だけは維持されました。米ソが最も核戦争の危機に直面したキューバ危機(1962)の後、両国首脳間が直接話せる電話回線(ホットライン)が敷設されたことは、これを促したといえます。

 つまり、「不安要素がある国だが排除できない」いう現実を前に、お互いに「相手の外交的なポーズを逐一真に受けるのではなく、生命に危険の及ばない限り、みてみぬふりをする」という選択をしたことが、結果的に最悪の結末の回避につながったといえます。

「戦略的共存」は可能か

 一方、米国のオバマ前大統領も「北朝鮮の挑発に逐一反応しない」という「戦略的忍耐」という選択をしました。トランプ氏や共和党からは、この「弱腰の対応」が北朝鮮による核・ミサイル開発を加速させたと批判されます。しかし、「強気の対応」が危機をより深化させるなか、トランプ氏も「北朝鮮に逐一反応しない」ことにせざるを得ない状況に追い込まれています。少なくとも、「圧力一辺倒」で北朝鮮問題が解決しないことは確かです。

 今回の米朝協議で、先述の「お互いに都合のわるいことをみてみぬふりをする」ことになれば、それは「戦略的忍耐」を米朝が相互に行う転機になり得ます。オバマ政権時代、米国は「忍耐」をしていましたが、北朝鮮はその限りではありませんでした。しかし、核兵器搭載可能なICBMをもつに至った北朝鮮で、軍をなだめすかしながら金正恩総書記が米国との直接対決を避けることは、これまで以上に「忍耐」が必要な作業です。

 こうしてみたとき、今回の米朝協議では、お互いに「戦略的忍耐」を行うという意味で、「戦略的共存」への転機になるかが実際上の焦点になるといえるでしょう。

 さらに、それは日本を含む周辺国にとっても同様に「忍耐」を求めるものです。米朝協議が成功するとすれば、それは北朝鮮に核・ミサイルが残り続ける時しかないとみられます。それが死活的な問題にならない限り、「みてみぬふり」できるかが、日本にも問われているといえるでしょう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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