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コロナ時代に「香害」を考える〜被害者の声に行政も動き始める

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:PantherMedia/イメージマート)

社会問題化する「香害」

 新型コロナでマスクが欠かせない。外出して周囲に誰もいない場所でマスクを外してみると、これほど外気に多種多様な香りが含まれていたのかと驚かされる。一方、新型コロナの症状や後遺症の一つに嗅覚障害があり、このウイルスが侵入した嗅覚細胞へ何らかの影響を与えていることが考えられる。

 人間の嗅覚はイヌやマウスに遜色ないほど優秀だが、香りに対する感覚は個人によって大きく異なる。ある人にとって好ましい香りが、別の人も同じように感じるかどうかわからない。

 例えば、洗剤メーカーや化粧品メーカーは、よく官能試験をもとにして「いい香り」として製品に香り成分を加えるが、その香りに対して不快に感じたり、苦手だったり、あるいはちょっとその香りを嗅いだだけで体調を崩してしまうような人もいる。

 こうした香りをともなう製品に含まれる化学物質による健康被害を「香害」と呼ぶようになってきた。「香害」の被害者は、通りすがりの人から漂ってくる香水に嫌悪感を感じるなど一過性の害に悩む人から、集合住宅の近隣から毎日のように侵入してくる洗剤やタバコの煙によって化学物質過敏症という深刻な病気にかかる人まで多様だ。

 こうした化学物質過敏症は、どんな物質がトリガーになるかわからない。いつでも誰でも症状が出る危険性がある病気だ。

 不必要な香りや過剰な香りが「香害」になるとすれば、他人への気配りがより必要になってきている。これはある意味で、自分がかかっていて感染させる危険性があるという意識を持つことが重要な新型コロナの感染対策、例えば着用のマスクと同じともいえる。

「香害」を引き起こす物質とは

 では、香りの害、「香害」に悩む人は、いったいどんな物質によって害を受けているのだろうか。

 我々の周囲は多種多様な化学物質にあふれている。住環境から出るホルムアルデヒドなどの有害揮発性化学物質(VOC)、柔軟剤、化粧品、洗顔洗髪剤、タバコ煙といった化学物質による化学物質過敏症に悩む人は、潜在的な患者を含めれば国内には95万人以上存在すると推定されている。

 日本消費者連盟など7団体による市民団体「香害をなくす連絡会」が行った2020年のアンケート調査によれば、具合が悪くなった原因の製品(選択項目の複数回答)は、柔軟剤(洗濯仕上げ剤、86%)、香り付き合成洗剤(73.7%)、香水(66.5%)、除菌・消臭剤(56.8%)、制汗剤(42.5%)などで、選択項目以外にも「その他」の製品で整髪料(4.2%)や芳香剤(1.6%)など、原因の製品は多岐にわたったという。

 化学物質過敏症はいったん発症すると、ごく微量の化学物質にさらされただけで発症・悪化することがある。そのため、化学物質による健康への悪影響を適正に評価し、説明がなされる必要があるが、環境中に存在するごく微量の化学物質による健康被害について、病態や発症メカニズムはまだよくわかっていない。治療機関や専門家も少なく、医師など医療関係者を含む家族や周囲の無理解に傷つき、心ない言葉を浴びせられて悩む患者も少なくないのだ。

 前述した「香害」に関するアンケート調査によれば、原因として特に柔軟剤や合成洗剤、そしてマイクロカプセルによる「香害」がクローズアップされた。

 では、こうした製品には、いったいどんな物質が入っているのだろうか。

 合成洗剤には多種多様な成分が配合され、中には人体に有害な物質もある。例えば、米国の大手一般消費財メーカーが製造販売している家庭用合成洗剤には、メチルイソチアゾリノンという防腐剤が成分として加えられているが、この物質は一部の人の接触アレルギーの原因になることがわかっている。

 また、合成洗剤には香料も含まれている(「合成」洗剤そのものが有害という見解もある)。例えば、シトロネロール(ゼラニウム油、ローズ油に多い)は合成洗剤の香料としても使われている。シトロネロールは大手一般消費財メーカーの家庭用合成洗剤にも入っていて、植物が作り出すシトロネロールには昆虫忌避作用があり、食害を及ぼす昆虫が発生した場合にゼラニウムなどは昆虫が嫌がるシトロネロールを作り出す。

合成洗剤や柔軟剤はなぜ広まったのか

 一方、家庭用合成洗剤に香料として加えられているシトロネロールで特に酸化した場合、ごく一部の人に対し、接触アレルギーの原因になるのではないかという研究がある。前述したメチルイソチアゾリノンという防腐剤や香料などの化学物質が複合的に作用し、酸化して変質することで人体に複雑な作用を及ぼしている危険性も指摘され、香料の中にはアレルゲンになる物質も多いとされている。

 柔軟剤は、文字通り洗濯後の最終仕上げとして衣類を柔らかく、感触良くするために使用され、陽イオン界面活性剤(洗剤は陰イオンの界面活性剤なので一緒に使えない)やpH調整や電解質の調整などによって衣類を柔らかく手触りを良くするために加えられる。

 また、マイクロカプセルの技術による「香害」も問題を複雑にしている。

 香り成分を含むゲスト物質をマイクロサイズの容器にカプセル化して格納したり、包接したりしてゲスト物質の作用をデリバリーして長続きさせる徐放技術には様々なものがある。マイクロカプセル技術には、ウレタン樹脂や有機化合物のメラミンとホルムアルデヒドを合成したメラミン樹脂、合成高分子化合物のポリスルホンを用いたものなどがあり、材料の種類も多種多様だ。マイクロカプセル自体を構成する素材(壁材)によって、有害なモノマーが放散される危険性も指摘されている。

 徐放する物質で最も有効とされているのがシクロデキストリンだ。これはシクロデキストリンというバケツのような形のポリマー(重合体)による徐放技術だ。デンプンから作られるオリゴ糖や合成多環式ムスクなどのポリマーのバケツ容器に入れて包接し、水分の侵入などの物理的な作用で香り成分を長期間にわたって持続的に放出させる。

 シクロデキストリンのバケツ容器の内側は、水との相性の悪い疎水性になっていて同じ疎水性物質と相性がよく、そうしたゲスト物質を容易に内部に取り込んでしっかりと保持する。

 特許など、この技術を関連する知財は米国のP&G社がほぼ独占的に取得しているが、合成洗剤などで使う場合、シクロデキストリン(多くはメチル化したβ-シクロデキストリン)の内部にゲスト物質として疎水性の芳香剤を入れ、揮発性の高い芳香剤が急速に失われることを防ぐという。

マイクロカプセルの危険性とは

 合成洗剤のマイクロカプセルに使われているシクロデキストリンに、健康影響のリスクはないのだろうか。

 シクロデキストリンによる徐放技術の研究開発は長い歴史があり、食品や医薬分野でも使われている技術だ。シクロデキストリンは日本でも日本薬局方や医薬品添加物規格に記載されている。

 この「バケツ」部分の素材については現在も毒性評価や低コスト化に関して研究が進められ、β-シクロデキストリンにマウスの実験で腎臓へ悪影響を及ぼすという報告もある。シクロデキストリンをつなぐ架橋物質に何を使っているかで、有害性が生じる危険性もある。また、架橋物質が石油系のポリマーの場合、シクロデキストリンもハイブリッドのマイクロプラスチックになるということもできる。

 海外の動きとして、EUは意図的に添加されたマイクロプラスチック(一次製品)の使用を制限する動きをみせており、シクロデキストリンのサイズは約1〜1.5ナノメートルで一般的なマイクロプラスチックの大きさの範囲内になるが、生分解性ポリマーについてEUの判断は揺れている。一方、EU化学物質機関(ECHA)は、意図的に付加されたマイクロプラスチックを全て規制する動きをみせている。

 こうした洗濯用洗剤やその機能性の研究開発は、洗濯機や乾燥機などの家電のイノベーション、女性の社会進出、家事労働の負担軽減などとともに進められてきた。

 具体的には、粉末洗剤から液体洗剤へ、再び液体洗剤の固形化、環境負荷から無リン化などが行われたが、柔軟剤は洗濯用洗剤の市場が飽和状態に入った2000年代に米国のメーカーが導入し始め、日本の市場へも投入された。

 洗濯用洗剤メーカーは、家庭での洗濯行為に柔軟剤による手触りの良さや香りつけ、防臭といった付加価値をつけるために莫大な広告宣伝費を投入し、テレビコマーシャルなどで盛んに売り込み始めた。マイクロカプセルの技術が研究開発されている背景にも、洗剤メーカーが香り成分を長続きさせたほうが消費者に訴求できると信じていることがあるが、作用が長続きするということはそれが危険性のある物質なら、危険にさらされる時間も長くなるということだ。

 洗濯用洗剤の市場の伸び悩み、柔軟剤などの付加価値化という流れから、その結果として「香害」は起きるべくして起きたともいえるだろう。

「香害」被害者の声を聞いた

 筆者は「香害をなくす連絡会」の協力を得て、アンケート形式で「香害」に悩む方々、6人(東京都3人、神奈川県、山梨県、岐阜県それぞれ1名、30代から60代の全員女性)から意見を聞いた。香害で健康被害を受けたきっかけは、新居への引っ越し(シックハウス症候群)や近隣にコインランドリーができたこと、家族の喫煙といったもので環境変化が原因になるようだ。

 50代のAさんは、新築住宅に引っ越し後、シックハウス症候群になり、その後、合成洗剤や化粧品でも肌荒れが出るようになった。接客業で香りの強いお客さまと話していると、喉がイガイガし、咳が出て声が枯れ、目がシバシバし、といった症状を自覚するようになったそうだ。

 近隣のコインランドリーからの「香害」に悩んでいる40代のBさんは、ベランダの窓をしっかり閉めていても、コインランドリーの排気口から様々な香りが入ってきて、その度に具合が悪くなったという。その後、引っ越ししたが、お子さんが学校で「香害」に被害にあい、現在は母子ともに手探りで治療法を探しているそうだ。

 また、看護師をしている30代のEさんは、タバコの臭いを引き金に発症したという。その後、排気ガス、合成洗剤などで頭痛、めまい、嘔吐、悪寒、発熱、うつ様の症状などが出始めた。

 Eさんは、加熱式タバコ(アイコス)の体験会会場の前を通った後に喘息発作、意識消失、痙攣を起こし救急搬送され緊急入院したこともある。その後、引っ越し、療養により回復したが、子どもの保育園の園児や職員の柔軟剤により再び悪化したそうだ。

 また、赴任先の海外から帰国後に発症した女性もいる。50代のGさんは、米国から帰国後に国内の電車に乗ると、くしゃみ、咳、目のかゆみが出るようになった。

 強香性の柔軟剤の臭いを嗅ぐと気分が悪くなり、臭いがしなくてもアレルギー症状が出ているそうだ。Gさんは電車内で強い柔軟剤の臭いを嗅いだ時に頭に衝撃が走り、失神し、これが「香害」と気づいたという。

 化学物質過敏症の診断を受けた人は6人中4人だった。最初は新築家屋の建材、香料、加熱式タバコ、抗菌剤、防虫剤といった限定的な化学物質からの症状だったものが、次第に工事現場のアスファルトや自動車のタイヤ、柔軟剤など反応する化学物質や臭いの種類が増えていったという。症状は、頭痛やめまい、咳などだが、喘息の発作など持病が悪化することもあり、曝露した途端に意識を失って失神するという重い症状もあった。

 こうした「香害」による健康被害以外の困りごととしては、やはり人間関係で4人がに自分の苦しさや辛さがなかなか他者に理解してもらえないことを上げている。さらに、仕事に支障をきたしている人もいた。

 例えば、前出のBさんは「柔軟剤ユーザーの心に『市販されているものを使って何が悪い』という思いがあるのかもしれない」という。今まで仲良くしてくれていた友人が離れていくなどし、解決策が見つからなくて家族も辛い思いをしてるそうだ。

 看護師のEさんの場合、子どもの保育園へ相談するが理解を得られずに退園してしまった。現在は、園も保護者も柔軟剤や合成洗剤を使用しない保育園へ転園しているという。

「香害」防止への動きはあるか

 合成洗剤の健康懸念や環境への悪影響を示す研究成果が出されてくると、洗剤メーカーへの情報開示の圧力が強くなる。米国のカリフォルニア州やニューヨーク市などでは行政が洗剤メーカーへ情報開示を求め、P&G社は香料や芳香剤の成分リストを公表し、SCジョンソン社やレキットベンキーザー社も製品のアレルゲン成分情報の開示を進めるなどし始めた。

 だが、日本の行政の動きはにぶい。「香害をなくす連絡会」と日本消費者連盟は2020年9月、厚生労働省や経済産業省など5省庁へ「香害」の被害の把握と対策、規制を求めた質問を送った。厚生労働省は、因果関係を把握して科学的な原因究明がはっきりしてから規制を考えるとし、経済産業省は香料成分が健康被害の原因であるという科学的知見はないとの認識から規制を考えていないと回答し、依然として情報収集の段階としてすぐに対策も規制もしないようだ。

 こうした被害者側からの働きかけも奏功し、改善される方向への動きもみえてきている。日本の業界団体の日本石鹸洗剤工業会は2020年3月、製造業者は香料成分を自主的に開示するよう指針を出した。

 2021年2月26日、国会で立憲民主党の議員が文部科学大臣に「香害」について質疑し、大臣から「香害」で健康に害が出ていて学校に行けない児童がいるのは極めて重い課題である、という答弁を引き出し、関係省庁で連携して情報共有などをしていくという政府の方針を確認した。

 また、その後の国会での質疑応答で、文部科学省が地方自治体へ「香害」問題への取り組みを促すという答弁を確認した。そもそも、この問題が国会で取り上げられる以前から、札幌市や世田谷区、東京都などで「香害」についての問題提起や「香害」の防止などの呼びかけや対策が行われていたが、文部科学省が「香害」問題の解決に各地方自治体の教育委員会が動くよう「お墨付き」を与えたことの意味は大きい。

 学校などでは、こうした動きもあるが、一般社会では依然として問題は放置されている。「香害」に悩む人たちに問題解決について意見をうかがうと、政治や行政が乗り出して企業や製品を規制し、安全性を担保できるようにするべきという声が多かった。そもそも「香害」という問題があることを周知し、認知度を広めなければ政治も行政も動かない。

 新型コロナの感染防止対策で、マスクをする生活が日常化し、我々の嗅覚に蓋をされている状態が続いている。化学物質はマスクをしても影響を及ぼす。また、同じ感染防止対策で使われる消毒剤や抗菌剤などに過敏に反応し、健康に悪影響をきたす人も多い。

 自分が好ましい香りが、他も同じように好ましいと感じるとは限らない。大企業の論理、利益優先の考え方による製品が仮に多くの消費者に恩恵を与えていても、それによってごく少数でも苦しんでいる人がいるなら、恩恵を受けている人も苦しんでいる人について思いを寄せるべきだ。新型コロナの時代、他者への配慮がこれまで以上に必要になってきている。

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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