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女性解放?それとも男のファンタジー? 映画『哀れなるものたち』

木村浩嗣在スペイン・ジャーナリスト
万人向けではない。物議を醸している。が、見る価値はある

万人向けでない作品なのはR18+で明白だ。「大嫌い」という評も読んだ。女性の評だったが、その気持ちもわかる。

これ、まずは「女性が解放されていくフェミニズム映画」に見せかけた「男のファンタジー満載のマッチョイズム映画」ではないか、という見方がある。

成熟した女の体に幼女の脳が入っている主人公の初期設定は「男の性的ファンタジーそのものではないか」という意見は理解できる。だから、嫌いという意見も、なるほどそうだろうなと思う。

■幼女の知性に大人の体は、男のファンタジー?

しかし、だ。これ、初期設定に過ぎないのだ。我慢してしばらく見ていくと、最初は赤ん坊で、次に少女で、最後に大人の女というふうに知性が育っていき、主人公の女性の成長物語になっていく。お話トータルで見れば、「女性が自由を得て解放されていく物語」という見方が妥当だろう(もっとも「解放のされ方」がまた物議を醸しているのだが、それは後述)。

『哀れなるものたち』の1シーン
『哀れなるものたち』の1シーン

反対に、成長した主人公によって正体を見破られていく男どもは酷い連中だ。束縛から始まり、誘拐を経て、性器切除までに至るあらゆる手段で、主人公の解放を妨げようとする。それこそマッチョイズムの塊である。彼らは主人公によって見捨てられる。

■赤裸々な性描写満載は、男のファンタジー?

ただし、それにしてもハードルが高過ぎる

成熟した女の体に幼女の頭、という初期設定で、観客の何割かが脱落。さらに、赤裸々な性描写で、何割かが脱落するだろう。

『哀れなるものたち』の1シーン
『哀れなるものたち』の1シーン

解放されていく女性を描くのに、赤裸々な性描写は必要ない。カメラ外で、「そういうことがあったのだ」と思わせる工夫をすれば十分である。だが、このヨルゴス・ランティモス監督というのは、過去作『籠の中の乙女』でも『ロブスター』でもそうだったように露悪的というか、性描写を避けない人だ。

多分、一般人に目を背けさせることでモラルや常識に挑戦しているのだろう。まあ、それが味なのだから仕方ないが、裸のシーンが一杯あることで、やっぱり、女を使って男が作った「男のファンタジー満載のマッチョイズム映画」という見方をされてしまう。いや、案外それで正解なのかもしれないけど……。

ヨルゴス・ランティモス監督
ヨルゴス・ランティモス監督

■解放され過ぎた女性は、男のファンタジー?

女性解放の物語だとしても、付いて行けない人がいるだろう。

男性と男性社会の束縛から逃れ、自由に生きていく。これ自体は素晴らしい。が、「自由に生きる」に「自分の体を自由に使って生きる」が含まれるとどうだろう?

拒否反応を起こす人は、特に女性にはいるだろう。

解放された女性像として主人公を見なして抵抗がないのは、過激なフェミニストだけかもしれない。なぜなら、主人公の自由には「モラルや慣習からの自由」も含まれるからだ。

『哀れなるものたち』の1シーン
『哀れなるものたち』の1シーン

自分の体は自分の自由に使う、というのが彼女の理屈。男の欲望にはもちろん従わず、社会の道徳や倫理観にも従わないが、私の欲望には従う――となれば、彼女の生き方に賛成をしない男はもちろん、女性もいるに違いない。

そうして、こういう性に自由な女性像こそが「男が望む男に都合の良い女性像であってマッチョイズムの証である」という意見が再び浮上してくるのである。

スペイン語版ポスター
スペイン語版ポスター

共感と憧憬と嫌悪と拒絶。まあ、こういう論争が起きることは、ランティモス監督は織り込み済みだろう。むしろ、この作品が手放しでフェミニズム映画として絶賛されることが想定外のはず。

映画監督がすべき、芸術家らしい常識外れを、またやってくれた。嫌いになるにしても好きになるにしても見るべき作品である。

※『哀れなるものたち』のオフィシャルサイトはここ

※写真提供はシッチェス・ファンタスティック映画祭

↓個人的にランティモス監督の最高傑作だと思う、『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』は2017年のシッチェス映画祭で上映された

在スペイン・ジャーナリスト

編集者、コピーライターを経て94年からスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟のコーチライセンスを取得し少年チームを指導。2006年に帰国し『footballista フットボリスタ』編集長に就任。08年からスペイン・セビージャに拠点を移し特派員兼編集長に。15年7月編集長を辞しスペインサッカーを追いつつ、セビージャ市王者となった少年チームを率いる。サラマンカ大学映像コミュニケーション学部に聴講生として5年間在籍。趣味は映画(スペイン映画数百本鑑賞済み)、踊り(セビジャーナス)、おしゃべり、料理を通して人と深くつき合うこと。スペインのシッチェス映画祭とサン・セバスティアン映画祭を毎年取材

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