ノンフィクション落語家・笑福亭鉄瓶が語る関西弁の魅力 上方落語家として「自分の気が入る言葉」
落語といえば、滑稽話や人情話を演じる大衆芸能のひとつ。衣装や舞台装置などを極力使わず、言葉と身振り手振りで噺(はなし)の世界が広がっていきます。室町時代から始まり、古典、新作とさまざまな演目があり、噺の最後に「オチ」がつくのも特徴です。
落語家の笑福亭鉄瓶(しょうふくてい・てっぺい)さん(以下、敬称略)は、自らが題材を集めて取材した話をオリジナルの落語にするという『ノンフィクション落語』の産みの親。
タレントで落語家の笑福亭鶴瓶さんの12番目の弟子で、“上方落語家のリーダー格”として知られています。
新聞記事やネットニュースの中から目に留まった相手に自ら会いに行き、ゼロから落語を作りあげ、すでに3作を発表。2024年は4作目となるノンフィクション落語『廃線コミュニケーション』をひっさげて、独演会を開催しました。今回は、元テレビ局芸能記者で現・フリー記者のコティマムが、『笑福亭鉄瓶独演会2024』東京公演後の鉄瓶をインタビュー。ノンフィクション落語への思いや、落語家としての“言葉”や“話し方”について伺いました。(取材・文=コティマム)
“笑福亭鶴瓶大好き少年”がアルタ前で2年出待ちして12番目の弟子へ
もともと鶴瓶師匠の大ファンだった鉄瓶。高校生の頃に鶴瓶師匠のトーク番組や、リアルな日常ネタでトークを繰り広げる『鶴瓶噺』を見て「弟子になりたい」と思い、地元の奈良県から上京。東京の公園で野宿をしながらアルバイトと下宿先を決め、毎週木曜日に新宿のアルタ前へ通う日々が始まりました。当時同所で放送していた『笑っていいとも!』の木曜日に、鶴瓶師匠がレギュラー出演していたのです。
鶴瓶師匠を出待ちし、弟子入りを志願する鉄瓶。しかし毎週断られ、通い続けることなんと2年間! ついに認められ、弟子にしてもらえたのです。“鶴瓶愛”を貫き、大好きな師匠のもとで学びながら芸歴23年を迎えました。自身の独演会でも『鶴瓶噺』をモチーフに、日常ネタを語るスタンダップトーク『鉄瓶トーク』を行っています。
そんな鉄瓶の独自路線の活動が、21年から始めた『ノンフィクション落語』。同年に発表した1作目は、小学2年生時のいじめが原因で不登校になり、義務教育をほとんど受けられなかった70代男性・西畑保さんの実話を落語化。「読み書きができなかった男性が奈良県の夜間学校に通い、学び直して結婚35年目に妻へラブレターを書いた」というニュース記事を読んだ鉄瓶が、西畑さんを自ら取材し、『生きた先に』と題した新作落語を創り上げました。
その後も、シングルファザーと女子高校生のお弁当作りの実話をもとにした2作目『パパ弁~父と娘をつなぐ1095日』や、57歳から20年間保護司として活動し、120人以上を更生させた80代の女性にスポットを当てた3作目『華麗なる保護司さん』を発表しています。
4作目となる『廃線コミュニケーション』は、群馬県で横川駅から軽井沢駅間を運行していた信越本線新線跡地・通称「碓氷線」に関わった祖父と孫のお話。地元を盛り上げるために同県安中市に戻り観光機構に転職した上原将太さんが、信越本線新線跡地の「廃線ウォーク」イベントを担当することになったことから、祖父の過去を知ることになります。
LINEが当たり前の世の中で「目を見て話す大切さ」を伝える4作目
――4作目のノンフィクション落語は、「廃線ウォーク」イベントをきっかけとした、祖父と孫の実話です。
笑福亭鉄瓶(以下、鉄瓶)「主人公は、安中市の観光機構に転職した上原さんです。上原さんは転職早々、横川駅から碓氷峠を越えて軽井沢駅まで運行していた信越本線新線跡地をめぐる『廃線ウォーク』というイベントを、担当することになりました。
イベントの準備を進める中で、自分のおじいちゃんが国鉄で機関士として働いていたことを知り、ヒントをもらえないかと話を聞きに行くんです。でも、最初は当時のことを話してくれなかった。何度も足しげく通うようになって、ようやく当時のことを話してくれたんです。それからはおじいちゃんの過去を知ったり、碓氷峠で釜飯を食べたり、交流が深まります。『廃線ウォーク』をきっかけとしたおじいちゃんと孫とのコミュニケーションを、落語にしました」
――この実話はどこで知ったのですか。
鉄瓶「朝日新聞のネットニュースだったと思います。これまでもそうですが、ノンフィクション落語は、“自分が心に響いた出来事”を実際に取材して作ります。新聞記事やネットニュース、SNSの投稿などから、自分が『ええなぁ』と思った話を聞きに行く。
今回のお話も記事を見つけた時に『ああ、ええなぁ』と思って。これは、『おじいちゃんと孫の関係がええなぁ』というだけではなくて、今はLINEが当たり前のようにある世の中で、『目を見てしゃべっとかなあかんな』と。特に、『身近な人は(生きているうちに)しゃべっておかないと、その人のことを何も知らないでお別れになってしまうよ』と。そういう思いが、記事を見たと同時に浮かんだんです」
――「直接会って話すことの大切さ」がテーマなのですね。
鉄瓶「僕としてはそこが伝えたいテーマだったので、その意図は上原さんにも伝えました。噺の中でおじいちゃんとのお別れも出てきますが、僕はできるだけ最期のお別れのシーンでも、おじいちゃんへの『ありがとう』の前に、直接話ができたことへの『ありがとう』があります。(直接話せていなかったら)何も知らずにお別れするところだった。そういうところを感じ取ってほしいですね」
――初めて上原さんに披露した時の反応はいかがでしたか。
鉄瓶「泣いてはりました。『おじいちゃんと釜飯食べた時を思い出した』と。うれしいですね」
セリフはすべて関西弁 がさつさも温もりも伝わる「関西弁のふり幅はすごい」
――鉄瓶さんは、1作目から4作目までのノンフィクション落語のセリフを、すべて関西弁で話されています。今回は舞台が群馬県ですが、関西弁のままにした理由は。
鉄瓶「僕が標準語をしゃべっていて違和感があるので(笑)。『上方落語家の上方落語として発表させてください』と。標準語やその土地の方言に無理やり合わせると、違和感が出て世界観を壊してしまうので。僕ががんばって共通語や方言をしゃべることで、逆に感情移入しにくいかなと。だから全部関西弁でやります」
――自分の感情を一番込めやすい自然体の言葉が、関西弁だと。
鉄瓶「関東の方で一定数、関西弁が嫌いな方がいてはるのも知っています。ただ、僕の勝手な気持ちですが、関西弁は温もりが伝わる気がするんです。たとえば、がさつな人間が『家族を愛している』みたいなシーンを表現する時に、がさつやけど、そのがさつさも、家族を思う愛情も、表現しやすく振れ幅が大きいのが関西弁な気がします。普段はがらっぱち(大雑把)で職人気質やけど、娘が嫁ぐ瞬間は泣きながら許すみたいな。そういうところを表す関西弁のふり幅はすごいなと。もともと自分の気が入る言葉なので、関西弁でやりますね」
――噺家として、言葉に「気が入る」というのがポイントなのですね。
鉄瓶「落語は『温度』だと思っています。言葉の温度を感じてもらわないといけないので、気がのらない言葉では難しい。僕が目指すのは温度や人間味。そこが伝わる噺家でいたいです」
実際にあった出来事を自身の足で取材し、本人の言葉を聞いて落語にする鉄瓶。それぞれの実話の伝えたいテーマや温度感を届けるためには、やはり使い慣れている「関西弁」が大事なようです。
ちなみに、鉄瓶が第1回で『生きた先に』として落語化した西畑さんの実話は、偶然にも西畑さんの人生に興味を持っていた映画監督・塚本連平氏によって『35年目のラブレター』として映画化が決定。25年3月に公開されます。
驚くべきことに、西畑さん役の主演は鉄瓶が尊敬する鶴瓶師匠! さらに、鉄瓶さんも出演が決定しました。自身が題材として落語化した作品で、大好きな鶴瓶師匠と同じ作品に出ることになった鉄瓶。「本当にたまたまなんです。師匠も『弟子とはそんなことしてなかったと思う』って言うてはったので、めちゃくちゃうれしいです」と喜んでいました。
そんな鉄瓶のノンフィクション落語最新作『廃線コミュニケーション』を鑑賞できる『笑福亭鉄瓶独演会2024』は、16日に愛知・名古屋のHITOMIホールで開催されます。
取材に関する記事については「舞台『しろばら』の脚本家&キャストに聞く複雑なストーリー背景 戦時中の胸中はディスカッションで想像」もご覧ください。※スマホからご覧の方は、プロフィールからフォローしていただくと最新記事の見逃しがなくおすすめです。リアクションボタンもプッシュしていただけると、励みになります!今後も記者目線で、「ちょ~っとだけタメになる(?)」言葉解説をつづっていきます。
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