「ごねてる」「どぶさる」ってどんな意味? 上方落語家・笑福亭鉄瓶に聞く現代関西人でも分からない関西弁
『ノンフィクション落語』という独自路線で活躍する上方落語家・笑福亭鉄瓶(しょうふくてい・てっぺい)さん(以下、敬称略)。
ニュース記事やSNSの投稿などから“心に響いた実話”を自ら取材し、オリジナルの落語を創っています。また、タレントで落語家の笑福亭鶴瓶さんの12番目の弟子でもあり、“上方落語家のリーダー格”です。
※ノンフィクション落語についてはこちら:ノンフィクション落語家・笑福亭鉄瓶が語る関西弁の魅力 上方落語家として「自分の気が入る言葉」
今回は、元テレビ局芸能記者で現・フリー記者のコティマムが、『笑福亭鉄瓶独演会2024』東京公演後の鉄瓶をインタビュー。独演会ではノンフィクション落語の他に、古典落語の長編作品『らくだ』も上演。物語に登場する上方特有の関西弁についてお話を伺いました。(取材・文=コティマム)
嫌われ者「らくだ」をめぐる葬式物語――怖い関西弁でまくしたてる熊五郎と気弱な紙屑屋の会話劇を描く50分
みなさんは、「ごねてる」「どぶさってる」という関西弁をご存知ですか? 実はこの言葉、古典落語の演目『らくだ』に出てくる関西弁のセリフです。
今回の独演会で鉄瓶がトリとして選んだ『らくだ』は、本題を『駱駝の葬礼(らくだのそうれん)』といい、江戸時代から大正時代を生きた落語家・4代目桂文吾が完成させた古典落語のひとつです。登場人物が多く、物語全てを演じると1時間近い長丁場になるため、その難易度の高さから「真打の大ネタ」と称されています。
鉄瓶にとって大師匠にあたる6代目笑福亭松鶴(1918~1986)の『らくだ』が高く評価されており、鉄瓶が敬愛する鶴瓶師匠も2005年から取り組んでいる、笑福亭にとって大事な演目なのです。
“らくだ”というのは、長屋に住む卯之助という男性の呼び名のこと。大きくのそのそとしている身体から”らくだ”と呼ばれ、乱暴者かつ家賃滞納などで迷惑をかけているため、長屋中から嫌われています。らくだの長屋に兄貴分の熊五郎がやって来るところから物語は始まりますが、寝ているらくだに声をかけても反応がありません。なんとらくだは、前日に食べたフグにあたって死んでいたのです。
最初から死人として登場するらくだ。物語は、金のない熊五郎がらくだの葬儀を出すために、通りかかった紙屑屋に指示して長屋や町の人々から香典や料理を集めさせる様子が描かれます。
威圧的な態度とドスのきいた声で関西弁をまくしたて、気の弱い紙屑屋を動かしていく熊五郎。嫌われ者のらくだのために香典や料理を出す人々はおらず、紙屑屋は熊五郎に怯え、町人との間で板挟みになりながら、なんとか葬儀の準備を進めます。
しかし後半になると、この立場が逆転。無事に料理やお酒が届き満足した熊五郎は、紙屑屋にお酒を勧めます。しぶしぶながらお酒を飲んだ紙屑屋は、酔いがまわると性格が豹変し、熊五郎に暴言を吐き始めます。前半と打って変わって紙屑屋が熊五郎を威圧し、命令するようになるのです。
紙屑屋は、らくだを漬物樽に入れ火葬場へ運ぶことを提案。しかし、樽を担いで千日前の火葬場へ向かう途中で樽の底が抜けてしまい、らくだの亡骸を見失ってしまいます。2人は、橋のたもとで寝ている”にわか坊主”を間違えて樽に入れ、火の中へ放り込んでしまうという結末。
熊五郎と紙屑屋の掛け合いだけでなく、町人たちとのやり取りも度々出てくるため、セリフ量も相当に多い大作です。そんな『らくだ』を演じきった鉄瓶に、関西弁のセリフや演じ方についてお聞きしました。
現代の関西人も使わない「ごねてる」「どぶさってる」 お客さんに伝えるための工夫は
――トリで『らくだ』を演じられましたが、いかがでしたか。
笑福亭鉄瓶(以下、鉄瓶)「今回は、最後の火葬場の手前で終わりにしましたが、それでも約50分あるので体力がね……(笑)。前半の内容は熊五郎が紙屑屋を脅して命令して、いろいろな人の所へ行かせる場面。そこまで受けるものではないので、(後半まで)もたせるのが大変ですね。“怖いヤツ”(熊五郎)を演じないといけないけど、怖くなりすぎてもあかん。東京でやる時、一番怖いのはそこです。僕の関西弁はゴリゴリの“笑福亭のやり方”なので怖いです(笑)」
――関西弁でまくしたてる様子は迫力がありましたが、確かに乱暴な感じに聞こえました。
鉄瓶「そうでしょう。僕は松鶴師匠とウチの師匠・鶴瓶の『らくだ』を聞いてやっているので、まくしたてる部分も師匠を意識しています。紙屑屋に付き添って大家の家まで一緒に来て『ここが家(うち)やの』と確認したり、『何お前じろじろ見てるぼげぇ!』と威嚇したりする場面は、熊五郎が“怖い兄貴分”だと分かってもらえるシーン。師匠がそういうやり方をしてはったので、受け継ぎました。そうすると怖い兄貴分が完成した(笑)」
――冒頭から、「ごねてる」「どぶさってる」という言葉がたくさん出てきて、すぐには意味が分かりませんでした。見ているうちに「寝ている」という意味かなと推測しましたが……。
鉄瓶「『ごねてる』、そして『どぶさっている』というのは、『寝ている』『死んでいる』という意味です。実は僕も、最初は全然分からなかったんです。これは関西人でも分からないと思います。今はそんな言葉は絶滅していますし、昔も“ちょっと怖い人たちの間”で広まっていた言葉なので、普通は使いません」
――「ごねてる」も「どぶさる」もインパクトのある言葉ですが、現代の関西人は使わないのですね。
鉄瓶:「そうですね。だから演じている時は、セリフの合間にちょくちょく『いつまで寝てんねん』と先に現代の言葉を入れてから、『いつまでごねてる』と使います。そうしないと、さすがに意味が伝わらない(笑)」
――言葉の響きだけで怖さは伝わってきます。
鉄瓶「『こいつ、どぶさってけつかる』などは、『こいつ死んでいる』『死んだように寝ている』みたいな意味です。『ごねる』は『ごねはん』が転じた言葉と言われているようで、『死ぬ』や『くたばる』という意味があります。ただ、今の関西現代っ子は使わない」
徐々に酔っぱらっていく紙屑屋の難しさ――言葉や仕草で表す酔い具合
――50分という長い時間演じ続ける難しさはありますか。
鉄瓶「僕はどちらかというと、後半の紙屑屋が酔っていくところが難しいです。お酒を1杯、2杯と飲んで、3枚目も飲んで、ちょっとずつ変わっていく。この“ちょっとずつ”の階段の高さどうするか。いきなり2段飛ばしすると、その量で『そんなに酔うか?』と違和感があるので、ちょっとずつ、ちょっとずつです」
――紙屑屋が少しずつ本性をあらわしていく過程が難しいのですね。
鉄瓶「なので僕は、お酒を飲む時の表現を変えています。他の方はお酒をつがれる際に『こんな湯飲みで……』と言いますが、僕は『こんな“大きな湯飲み茶碗”で……』と言います。茶碗と聞くと、すごく大きな湯飲みに感じません? 茶碗を持ってぐーっとお酒を飲んで、飲み終わった後に『ふー、ふーっ』と息を吐くところを見せることにこだわっています。その言葉や動作で、“すごくたくさん飲んでいる”と感じてもらえます。茶碗と表現することで、2杯一気に飲んだだけでも“たいがいの量を飲んでいる”と分かってもらえる」
――言葉の表現を変えるだけでそんな効果があるのですね。
鉄瓶「1、2杯目の時にこの言葉や動作があるので、3杯目のお酒を勧められた時はもう何も言わず『はい、いただきます』となる。完全に酔うてるんですね。それまでは『飲みません!』と断っているのに、ちょっとずつちょっとずつ変わっていく。飲んで酔って、話し出したら、紙屑屋の本性というか、いつもの“クセの悪いところ”が出る瞬間になります」
――紙屑屋と熊五郎の立場が逆転する場面ですね。
鉄瓶「僕は紙屑屋がすごく好き。この人は酒でしくじって、1回人生を失敗していて、家族とかすごいものを失ってしまっている。きっと、その”失敗した自分”と毎回対峙してんねやろなと、僕は思ってやっています。だからお酒を飲んで酔った“本当の自分”が出てきて、らくだに優しくしているんだろうなと。らくだのために動いているんだと思ってます」
『らくだ』はストーリーが長いからこそ、噺家の言葉遣いや表現、表情が重要になってくる作品なのかもしれません。そんな鉄瓶の古典落語『らくご』を鑑賞できる次回の『笑福亭鉄瓶独演会2024』は、16日に愛知・名古屋のHITOMIホールで開催されます。
言葉に関する記事については「『スポーツの日』に知りたいキーワード! ”ファンクショナルトレーニング”ってなに?」もご覧ください。※スマホからご覧の方は、プロフィールからフォローしていただくと最新記事の見逃しがなくおすすめです。リアクションボタンもプッシュしていただけると、励みになります!
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