Yahoo!ニュース

「原爆の核燃料を作った街」「ウーマン村本」「和歌山カレー事件」…この夏、衝撃ドキュメンタリーが相次ぐ

斉藤博昭映画ジャーナリスト
(c) 2022 DOCUMENTARY JAPAN INC.

知られざる事実を一本の映画として伝える。一方向でしか見ていなかった何かに、新たな視点を与える──。それらはドキュメンタリー映画の大きな役割だが、2024年の夏は、その真髄を生かし、ある意味、センセーショナルな話題も呼びそうな作品が次々と公開される。

そして、そのどれもが「こうだ」と信じていた先入観が崩れ、目からウロコの瞬間をもたらすのである。

『オッペンハイマー』とセットで観るべきアメリカの現実

まず、アカデミー賞受賞の『オッペンハイマー』によって、改めて注目を集めた、アメリカ人と“核”の関係。つい先日も、オッペンハイマーが日本の被爆者に謝罪していた…というニュースが各媒体で大きく取り上げられていた。『オッペンハイマー』には、われわれ日本人の以前からの疑問──原爆投下への日米の考え方の相違──を増幅させる働きもあったが、その疑問にヒントを与えてくれるのが、7/6から公開が始まる『リッチランド』だ。

(c) 2023 KOMSOMOL FILMS LLC
(c) 2023 KOMSOMOL FILMS LLC

リッチランドとは、アメリカ、ワシントン州南部の町。『オッペンハイマー』でも描かれた、原爆開発の「マンハッタン計画」の際に、核燃料の生産拠点が作られ、それによって栄えた場所。地元のリッチランド高校の校章は、なんと「キノコ雲」と「B29爆撃機」をあしらったデザイン。長崎に落とされた原爆のプルトニウムは、この地で生産されたものであり、原爆投下から79年経っても高校の校章が今も変わらないように、住民たちにとって「核」は町の象徴である。

こうした町の住人を通して、『リッチランド』はアメリカ人の原爆に関する意識をじわじわと浮き上がらせるのだが、監督の視点が予想以上に「冷静」なことに驚かされる。「原爆が戦争を終わらせた」という、おなじみの主張。明らかになっていく放射能の影響。先住民の子孫の言い分。そして高校の生徒がどのように原爆を捉えているのか……など、あらゆる意見を取り込んだ作りから、原爆に限らず、今の国際社会の一断面、極端な二極化の脅威を映し出そうという真摯な姿勢が感じられる。

監督のアイリーン・ルスティックは、イギリス生まれでボストン育ちのアメリカ人。作品のあちこちに日本人との関係も挿入され、博物館のガイドの言葉など思わぬ場面で激しく心を揺さぶられる。必見のドキュメンタリーだ。

テレビで見なくなったこの人の復活はあるのか?

そして同じく7/6に公開されるのが『アイアム・ア・コメディアン』。お笑いコンビ「ウーマンラッシュアワー」の村本大輔のドキュメンタリー。村本の名前を聞いただけで、拒否反応を起こす人も一定数いるのはわかるが、そのうえで観てほしい一作である。

今から約10年前。「THE MANZAI 2013」で優勝を果たすなど、お笑い界の寵児となったウーマンラッシュアワーだが、村本大輔の政治的発言でネットが炎上。テレビ的には「使いづらい」芸人となってしまう。仕事が極端に減ってしまった彼は何を考え、何をやっていたのか。コロナ禍が始まる少し前からの3年間を追ったのが本作だ。

一気に頂点に上り詰め、仕事も激増したウーマンラッシュアワー (c) 2022 DOCUMENTARY JAPAN INC.
一気に頂点に上り詰め、仕事も激増したウーマンラッシュアワー (c) 2022 DOCUMENTARY JAPAN INC.

人気全盛期の彼を知っている人は改めて、そしてあまり知らなかった人には驚くほどに、その天才的、というか独創的話術に引き込まれるだろう。そんな彼の独演会への熱い思い、アメリカでの挑戦、家族との関係が、パンデミックと重なることで異様にドラマティックに迫ってくる。場面によっては、ややエモすぎるキライはあるが、その分、観やすい作りになっている。いくつかの瞬間、平常心では観られないほど胸が熱くなったりも……。日本の芸能界は相変わらず政治的発言が好まれない風潮が続いているが、現在の政治のふがいなさ、忖度から発生したジャニーズ問題などを鑑みれば、村本大輔の存在意義は強くなっているのではないか。そんなことも考えさせ、これも必見。

日本社会を震撼させた彼女は「毒婦」か、それとも…

そしてもう一作。前述2作から1ヶ月ほど後になる、8/3公開の『マミー』。1998年に起こった、和歌山毒物カレー事件。夏祭りで出されたカレーによって、67人が急性ヒ素中毒となり、小学生など4人が死亡し、世間に計り知れない衝撃を与えた。容疑者となったのは、林眞須美。カレー鍋の番をしていた彼女は、いくつかの目撃証言、さらに過去の保険金詐欺事件、周囲の人物の不可解な病状などもあって、世間一般に対して完全に“犯人”のイメージがもたらされた。2009年、最高裁で死刑が確定。しかし今も獄中から無実を主張し続けている。

連日のようにワイドショーを賑わせた当時を知る人は、林眞須美のあの強烈なキャラとともに、鮮明に事件を思い出すことだろう。一方で、事件の真相も含め、記憶の彼方に忘れ去った人も多いはず。2024年、その真相に迫るべく作られた本作は、事件そのものはもちろん、林眞須美につながる重要人物への取材、科学的なアプローチも含め、「林眞須美=犯人」という固定観念を激しく揺さぶってくる。知られざる事実も浮き彫りになり、最後は人間、および社会の異常さに呆然となる……という意味で、野心的ドキュメンタリーの見本かもしれない。やはり必見。

林眞須美は今、何を思うのか。左は元夫で保険金詐欺容疑などで逮捕もされた林健治。彼も映画に登場する。(c) 2024digTV
林眞須美は今、何を思うのか。左は元夫で保険金詐欺容疑などで逮捕もされた林健治。彼も映画に登場する。(c) 2024digTV

題材によって、ある程度、観る人を「選ぶ」のがドキュメンタリー。ゆえに題材に深く共鳴する人にアピールすることで、観客を絞ってしまうウィークポイントがあるのも事実。しかしこの夏に公開されるこれらの作品は、それほど題材に興味のない人も、騙されたと思って観ることで、センセーショナルな体験、あるいは大きな発見がもたらされるという意味で、ドキュメンタリーにとって“豊作の夏”になりそうだ。

『リッチランド』7月6日(土)より、シアター・イメージフォーラム他にて全国順次公開

『アイアム・ア・コメディアン』7月6日(土)より、ユーロスペース他にて全国順次公開

『マミー』8月3日(土)より、[東京]シアター・イメージフォーラム、[大阪]第七藝術劇場ほか全国順次公開

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

斉藤博昭の最近の記事