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今、日本のIR導入が直面している「3すくみ」

木曽崇国際カジノ研究所・所長
(写真:アフロ)

さて、以下の様な記事が朝日新聞に掲載されました。以下、転載。

横浜へのIR誘致 巨額投資にコロナの壁

https://www.asahi.com/articles/ASN50730XN5XULOB01X.html

新型コロナウイルス感染症の流行で世界経済が打撃を受ける中、横浜市でのカジノを含む統合型リゾート(IR)の開発に意欲を見せていた業界最大手のラスベガス・サンズ(米国)が日本参入から撤退した。IR開発への投資環境の悪化を物語るが、横浜市は国のスケジュール通り、IR誘致の手続きを進める方針を変えていない。

当記事後半部分に私のコメントも載っていますが、本日はその内「横浜市は国のスケジュール通り、IR誘致の手続きを進める方針」という部分についてもう少し突っ込んだ解説を行っておきたいと思います。

元々昨年末までの時点における我が国の統合型リゾート整備のスケジュールでは、1月末に政府がIR整備に関する基本方針を公示、その後、各自治体が各候補地域の開発予定企業の入札を行い、来年1月から7月の間に設定される政府への申請期間にその計画案を提出するという予定。その後、国内で最大3の地域に認定が行われるというスケジュールでありました。

ところが昨年末から年始にかけてIR整備に纏わる汚職疑惑で元担当副大臣であった秋元司議員の事件が発生し、議員自身が逮捕。その影響を受けて1月末に予定されていた基本方針の公示が延期されました。その後、国側からは3月末~4月を目指して基本方針の発表を行いたいとする意向が業界内には示されていたわけですが、今度は2月に入ってから今回のコロナ禍が発生。6月3日現在、未だ政府からの基本方針案は公示されていない訳であります。

ところが、この様に本来必要な政府の基本方針の公示が遅れに遅れているにも関わらず、国側は来年の1月から7月に行うとしている自治体から国への申請期間に関しては変更はないという姿勢を崩しておらず、先月にも菅官房長官による会見でその様な明示がありました。以下、5月13日の朝日新聞による報道。

【参考】IRスジュールに変更なし=米サンズ計画断念で官房長官

http://www.asahi.com/business/reuters/CRBKBN22P1AT.html

この様に国側が進行スケジュールを変えないとしている一方で、地方自治体側の進行がどんどん先送りになっているのも現実。IR誘致計画で最も先行していた自治体である大阪府は、今年3月の時点でその進行スケジュールを3ヶ月先送りすることを発表。和歌山県も同様に、スケジュールを1カ月半先送り。横浜市も予定していた実施方針の発表を2カ月延期しています。

予定を3ヵ月延期/夢洲IR事業者募集/大阪府・市/新型コロナ対応

https://www.kensetsunews.com/archives/435382

和歌山のIR事業公募1カ月半延期 選定は来年1月か 新型コロナ影響

https://news.yahoo.co.jp/articles/e619097960f6fadc21146c788b234dd527b4c514

横浜のIR誘致にもコロナの影響 実施方針の公表延期 反対派は署名活動できず

https://mainichi.jp/articles/20200512/k00/00m/040/158000c

この様に、既に国側でも自治体側でもIR整備に必要なプロセスの進行が明確に遅れているにも関わらず、未だ政府から「スケジュールに変更はない」という大本営発表が出続けている。そこに何かオカシナことが起こっていると思わない人は居ないはずです。この期におよんで何故、IR整備スケジュール変更のアナウンスメントが出ないのか。実は、その背景には国、自治体、事業者による3者3様の以下のような都合があるのです。

事業者:

カジノ産業は現在のコロナ禍で最も被害を受けているレジャー観光産業の一角であり、当然ながら各事業者とも相当程度に「痛んでいる」状況下にあります。各事業者としては既存で保有する施設の運営すら明日が見えない状況であり、このタイミングで日本で5年先の開発構想を出せと言われても、それは当然ながら大きな負担となります。一方で、事業者の側から入札延期を申し出られるかというと、それは出来ない。日本撤退を早々に発表したラスベガスサンズ社ならいざ知らず、少なくとも未だに日本進出に対して興味を示している事業者にとって「準備が整わないからスケジュールを先送りにしてくれ」と要求することは自らが他業者と比べて能力的に劣る、もしくは財政面で危機的状況にあることを表明するに等しいからであります。

自治体:

事業者を公募し、また国に向かってIR整備区域選定の申請を行う主体となる自治体にとっても、現在の状況は好ましいわけは有りません。国からの基本方針発表が遅れている中で先行して事業者募集のプロセスを進めることは自治体にとってはリスクしかありませんし、それでいて後ろには申請期限となる来年1月~7月が迫ってきている。圧倒的に準備の時間が足りません。何よりも現在の様なコロナ禍にあって、どのくらいの事業者が最終的な募集に残ってくれるかは未知数。また、例え事業者が残ってくれたとしても、各企業が財政的に痛んでいる現在の様な状況下で、当初期待していたような投資開発が提案されるのかどうかも判りません。

一方で自治体にとっても国に向かって積極的にスケジュールを遅らせてくれと言い出せないのは、そこに競争上の問題があるから。現在、自治体によるIR誘致レースは既に全国4,5カ所程度候補にまで絞られており、今残っている自治体は最大3とされる国内IR整備区域指定の獲得まであともう一歩のところまで来ております。もし、選定スケジュールが先延ばしになった場合、彼らにとってはせっかくここまで優位に進めて来た競争が「ご破算」になってしまう事を意味します。特に彼らが警戒したいのが東京の動き。現在までのところ東京都はオリンピック開催の準備などもあってIR誘致に対して積極的な姿勢は見せていませんが、スケジュールが先延ばしになった場合には本腰を入れて動き出す可能性がある。また北海道、千葉など誘致レースの中盤にて「今回の申請は見送る」とした自治体も、リスケとなった場合には再度動き出す可能性があります。これも、現在誘致レースに残っている自治体にとってはリスクにしかなりません。

国:

国側としては当然ながら上記で説明したような事業者や自治体の都合は判っており「このままスケジュールを進行させても良い結果にはならないな」という事は判っているハズです。一方で国側の立場として難しいのは、国は一連のIR整備において常に「国はあくまで選定し監督する立場」という姿勢を取って来ており、制度上もその様に位置付けられていること。IR整備申請の主体となる自治体側がスケジュールの先延ばしを要望しているのならばいざ知らず、選ぶ側にある国が積極的にそれを宣言するのは「スジ論としてはオカシイ」ですし、ましてや先述の通りスケジュール延期の判断次第では各自治体による競争環境を一変してしまう可能性もある。その責任を国側が積極的に負うことは憚られると考えてしまうのは仕方ない事であったりします。

この様に現在の状況は事業者、自治体、国がそれぞれの理由をもって動くに動けない「3すくみ」の様な状況にあり、結果として全員が「当初スケジュールのまま行くのは正直無理があるよなあ」と内心思っているにもかかわらず、誰も言い出さないから変更がなされない。そういうバカバカしい状況が続いているワケです。

…ということで、この3者以外の「誰か」が言い出さないと現状が動かないので申し上げます。これまでもずっと申し上げて来た事の繰り返しとなりますが「もうそろそろ無理ですから、改めて現実的なスケジュールを引き直しましょう」。

国際カジノ研究所・所長

日本で数少ないカジノの専門研究者。ネバダ大学ラスベガス校ホテル経営学部卒(カジノ経営学専攻)。米国大手カジノ事業者グループでの内部監査職を経て、帰国。2004年、エンタテインメントビジネス総合研究所へ入社し、翌2005年には早稲田大学アミューズメント総合研究所へ一部出向。2011年に国際カジノ研究所を設立し、所長へ就任。9月26日に新刊「日本版カジノのすべて」を発売。

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