決勝がテレビ中継されるボルダリング・ワールドカップ八王子大会を楽しむための観戦のツボ
今週末の6月2日(土)・3日(日)に開催されるボルダリング・ワールドカップ八王子。2日目の決勝戦の模様はNHK BS-1で中継されるので、競技を観たことがない人には絶好の観戦デビュー機会だ。
ルールがわからなくても、注目選手を知らなくても、楽しめるのがボルダリング。ダイナミックなムーブが決まれば驚嘆の声をあげ、バランシーな動きには観る側も思わず息を止めそうになるはずだ。
とはいえ、どうせ観るなら事前に押さえておきたいツボがあるのも事実。そこで今回は基本的なルールや注目選手を取り上げる。
まずは基本のルールを確認
課題数と制限時間
ボルダリングで競うのは、課題を制限時間内に登れたかどうか。予選は5課題、準決勝と決勝は4課題で競い、数多く登れたら上位になる。
完登は、2016年までは決勝のみ制限時間内にスタートしていれば、制限時間を超えたゴールも完登として認められたが、2017年から制限時間内の完登以外は認められなくなったため、タイマーをめぐるドラマも見どころになっている。
余談だが、競技ルールでは、課題のことをボルダリングなら「ボルダー」と表現し、リードクライミングなら「ルート」で表現されている。
制限時間
予選は1課題5分×5課題
準決勝は1課題5分×4課題
決勝は1課題4分×4課題
順位のつけ方
順位の付け方は完登した課題数で決まる。それが同じ場合は各課題の途中に設定されたゾーン(ZONE)を獲得した課題数。それでも同着の場合は完登した課題に要したアテンプト数で争う。それでも決まらない時のルールもあるが、ここでは割愛する。気になる方は日本山岳スポーツクライミング協会のHPに掲載されている『競技規則』の2018年版を確認してもらいたい。
完登数 > ZONE獲得数 > 完登課題のアテンプト数
予選ラウンド
上位20名が準決勝へ。2グループでの予選の場合は各組上位10名が予選通過。
準決勝ラウンド
上位6名が決勝ラウンドへ。
今シーズンの大きな変更点
昨年までボーナスと呼ばれていたものがゾーンへ名称変更され、完登課題のアテンプト数よりもゾーン獲得数の方が重視されることになった。これは多くの人に知られているので、ここでは今季から変更されたスターティング・ポジションについてや、これまで選手たちが競技中に知ることができなかった成績の途中経過を確認できるようになった狙いについて触れようと思う。
体勢をコントロールして初めて完登
スターティング・ポジションを説明する前に、ゴールが認められる体勢を再確認しておこう。
ボルダリングの完登が認められるのは、『TOPホールドを両手で止めて、体勢をコントロール』すること。日本語なら『制御』だ。保持と表現されるケースもあるが、保持は単に動作を指しているに過ぎない。意識下に体を置く『制御』が重要なのだ。だから、TOPホールドを両手で保持しても、体が振られて落下すると制御できていないと判定されてゴールと認められないし、同じように体が振られていてもコントロール下にあれば完登になる。また、TOPホールドを両手で触れているだけでも安定した体勢ならば完登と判定される。
足でのタッチはOK。手でのタッチはNG
今シーズンからのルール変更で、選手が困惑するシーンを目にするのがスタート。スタート・ホールドには4本のマーキングがされ、それを両手足で使ってスタートの体勢を取るのだが、このスターティング・ポジションを取るときに最後にホールドを持ったのが手だったか、足だったかで判定が変わる。
先に両手と片足をスタート・ホールドに置き、最後に残った足をスタート・ホールドに置く場合、最後の足はホールドにタッチするだけでもスターティング・ポジションとして認められる。しかし、最後に手を置く場合はタッチだけではファウル・スタートになる。
動画を観てもらう方がわかりやすい。ボルダリングW杯中国・泰安大会の男子決勝・第2課題でのグレゴール・ヴェゾニクとイェレミー・クルーダーのアテンプトでそのシーンがあった。
50:00頃からヴェゾニク、クルーダーが順に登場する。ヴェゾニクは左側のホールドを左手と左足で持ち、右側のホールドを右手で持った後に右足はスタート・ホールドに軽くタッチ。これはOK。
続いて登場するクルーダーは右側のホールドを右手で持ち、左側のホールドに両足を乗せた後に、左手を右手のところにタッチしてスタートを切っている。しかし、クルーダーには審判員が駆け寄ってファウル・スタートの注意をしている。
ちなみに、マーキングされたホールドの、どこにどの手足で置くかは自由。このため、スタート・ポジションの体勢も選手によって異なるのもボルダリングのおもしろさだ。
スポーツ性を高めるための変更
スポーツクライミングは過渡期にあるため、ルール変更は毎年のように行われている。そのなかにはIOC(国際オリンピック委員会)からの提言を受けて変更されるケースも少なくない。そのひとつが、選手が競技の合間で成績の途中経過を確認できるようになったことだ。
観客席からは見えない場所でのルール変更だが、これは競技性を高める目的がある。自己との戦いに徹するだけ、言うなれば “ボルダリング道”だとしたら、相手の成績を比べての駆け引きは不要だが、“スポーツ”の醍醐味には選手が現時点で「自分が何位で、上位に行くにはどうしたらいいのか」を考える駆け引きもある。それをIOCは求めたことで、この変更がなされている。
優勝争いは? 日本人選手は?
男子編
今季のW杯での課題傾向は、コーディネーション系やランジ課題は減り、マントルを返すような課題が増えている。これは昨シーズン後半から見られたが、より鮮明になってきた。俊敏さよりも力強さを問われる課題が多くなったことで日本勢が苦戦する反面、力強いムーブを得意にする海外勢の躍進が目立っている。
今季はすでに4戦を終えた時点でのワールドカップランキングで、トップを走るのがクルーダー(27歳/スロベニア)だ。W杯の常連選手は開幕戦のマイリンゲン大会で念願のW杯初優勝し、その後も安定した成績を残している。
同じスロベニアのヴェゾニク(22歳)は、今季は急成長を遂げている注目株。昨年までは予選敗退レベルだったが、今季は第2戦モスクワ大会で自身初の決勝進出で3位表彰台を手にすると、第4戦泰安大会でも3位。その勢いで八王子大会では、どんなパフォーマンスを見せてくれるのか。
第4戦泰安大会でW杯初優勝を遂げたアレックス・ハザノフ(23歳/イスラエル)は不思議なクライマーだ。他のクライマーが容易にこなす箇所で苦戦するかと思えば、誰もできないパートをあっさり登る。日本代表の選手やスタッフから、「すごく良いヤツですよ」の声が多い選手でもある。
さらに昨季年間王者のチョン・ジョンウォン(22歳/韓国)や、昨年の八王子大会を制したアレクセイ・ルブツォフ(29歳/ロシア)も、八王子大会には参戦する。彼らのパフォーマンスが優勝争いを牽引するはずだ。
日本勢ではオールラウンダーの藤井快と楢崎智亜がそれぞれ1勝をマーク。八王子大会でも彼らが優勝争いに加わることが予想される。
今季のW杯で決勝進出したのは、藤井と楢崎のほかではマイリンゲン大会での高田知尭(関連記事「キャリア3年で日本代表に登りつめた高田知尭の挫折と、代表復帰までの道のりに迫る。」)と、泰安大会での杉本怜のみ。苦戦を強いられている日本人クライマーは多いが、第4戦から八王子大会までの3週間のインターバルの間に再調整してきた彼らが、上位進出しても不思議はない。
女子編
海外の有力選手がほとんど参戦する男子に比べて、女子は寂しいエントリーになっている。昨年の八王子を制したクライミング界の女王ヤーニャ・ガンブレット(19歳/スロベニア)は進学準備のために欠場。2016年世界選手権優勝で昨季W杯年間5位のペトラ・クリングラー(26 歳・スイス)も欠場。
そうしたなか、中国での2大会を欠場した2年連続年間女王のショウナ・コクシー(25歳/イギリス)は八王子大会に参戦する。
一昨年の埼玉・加須で行われたボルダリングW杯では、観客席の最後尾から誰よりも大きな声で各国の男子選手を鼓舞し、昨年のW杯八王子では「会場はきれいで大きくなったけれど、観客がまだまだおとなしい。登り終わった選手に拍手をするのは、とても礼儀正しくて日本人らしいけれど、やっぱりもっと大きな声で選手を励まして、会場を盛り上げてもらいたいわ」と語っていた彼女に、今年の観客席はどう映るのか。
開幕戦から第4戦までボルダリングW杯に出場していたリード種目で世界トップクラスの実力を持つジェシカ・ピルツ(21歳・オーストリア)のエントリーも見送られたが、韓国のキム・ジャーインは今年も八王子大会に出場する。予選突破は難しいかもしれないが、リード種目の第一人者の登り方を見れば、ボルダリングのそれとの違いが明確にわかる。
W杯ランキング上位常連組で八王子大会に出場するファニー・ジーベール(25歳・フランス)と、スターシャ・ゲヨ(20歳・セルビア)は、両選手の得意なムーブの違いに注目するとおもしろい。ファニーはスラブが圧倒的に上手く、スターシャは167cmの長身を生かしたダイナミックムーブを得意にしている。
アメリカ勢では今年の国内選手権でリードとスピードの二冠に輝き、ボルダリングでも4位になったクレア・バーファインド(19歳)に注目したい。八王子大会でどんなパフォーマンスを見せるのか見逃せない。
日本勢では1位・2位でのフィニッシュが実現しそうなほど、今シーズンは群を抜いたパフォーマンスを見せる野口啓代(29歳)と野中生萌(20歳)はもちろんだが、注目したいのが中村真緒(18歳)だ。W杯の経験豊富な尾上彩(22歳)や小武芽生(21歳)を超え、日本代表では野口や野中に次ぐ存在になりそうな勢いを持っている。
準決勝に残れるのは20名、決勝戦に残れるのは男女とも6選手しかいないが、予選には212選手が登場する。ボルダリングは選手の数だけ、さまざまなムーブが生まれるだけに、できれば予選から楽しんでもらいたいと思う。