今季最重要の世界選手権を見据えて国際大会で躍動するクライミング日本代表と彼らを支えた鳥取県の底力
4月に開幕した国際大会シーズンで日本代表選手たちが活躍!
IFSCボルダーワールドカップ八王子で幕を開けたスポーツクライミングの国際大会シーズンで、日本代表が躍動している。
ボルダーW杯八王子大会(4月21日〜23日)での日本代表は男女とも期待の新星が大きな自信を手にした。
女子は松藤藍夢(まつふじ・あのん/19歳)が日本代表で唯一の決勝進出者になると、初めての大舞台に臆することなく粘り強いクライミングで3位となって表彰台に立った。
男子は安楽宙斗(あんらく・そらと)が決勝に進出して5位。国際大会の実績に優る日本代表選手たちが軒並み準決勝で姿を消したなか、ボルダーW杯初出場で躍動した16歳には観客から大きな声援が送られた。
新星の活躍に触発されたわけではないだろうが、八王子大会の翌週にあったボルダーW杯韓国・ソウル大会(4月28日〜30日)では、東京五輪日本代表が本領を発揮した。
男子では東京五輪4位の楢﨑智亜(26歳)が銀メダルを獲得し、女子では東京五輪銀メダリストの野中生萌(のなか・みほう/25歳)が5年ぶり4度目のW杯優勝を手にした。両選手とも今夏の世界選手権の日本代表入りが今季のW杯での成績で決まる。ソウル大会の好成績は大きな手応えとなったはずだ。
パリ五輪への出場権がかかる今夏の世界選手権に向けて緊張感と強度が高い2023シーズン
IFSCボルダーW杯八王子は世界40カ国から男子95選手、女子76選手がエントリーした。これほど多くの選手が出場を決めた背景には世界的にコロナ禍が収束に進んでいることもあるが、来年のパリ五輪に向けて重要なシーズンであることが大きい。
パリ五輪で実施されるスポーツクライミングの種目はスピード種目と、ボルダー&リードの複合種目のふたつ。ボルダー&リードに出場できるのは世界で男女それぞれ20名のみ。そして、その最初の3枠は今年8月にスイスで開催される世界選手権で決まる。
W杯などの国際大会はコロナ禍の2021年、2022年も行われたが、国ごとにコロナ禍への対応の違いもあって、世界中の強豪選手が揃い踏みしたわけではなかった。しかし、パリ五輪への大事な今シーズンは、ボルダー&リードでオリンピック出場を見据える各国の有力選手たちが顔を揃え、過去2シーズンとは異なる緊張感や強度の高さになっている。
当然ながら日本スポーツクライミングも今季は世界選手権を最重視しているが、そのなかで男女ともにパリ五輪を狙う選手たちが躍動していることは頼もしい限りだ。
世界選手権の日本代表を決めた鳥取県倉吉でのボルダー&リードジャパンカップ
今夏の世界選手権でボルダー&リードに臨む日本代表は、男女それぞれ5選手となっている。このうち男子は3選手、女子は2選手がすでに世界選手権・日本代表の座を射止めている。
1枠目は、今年2月に行われたボルダージャパンカップ(BJC)とリードジャパンカップ(LJC)をあわせた成績で最上位となった選手に与えられ、男子はBJC1位、LJC12位の楢﨑明智(23歳)が手にした。女子のこの枠は森秋彩(もり・あい/19歳/BJC4位・LJC1位)と伊藤ふたば(20歳/BJC1位・LJC4位)の成績が並んだため持ち越しとなった。
2枠目・3枠目は、今年4月7日・8日の2日間で争われたボルダー&リードジャパンカップでの上位2選手が手にでき、この大会の男子で優勝した安楽宙斗と百合草碧皇(ゆりくさ・あお/20歳)、女子で優勝した森秋彩と松藤藍夢の4人が世界選手権の切符を手中におさめた。
残る男女の代表枠は、今季のW杯にボルダーとリードの両種目に出場した選手のなかから成績上位から順に選ばれることになっている。
楢﨑智亜のまさかの予選落ち。波乱を呼んだ倉吉でのボルダリングユースで育まれてきた力
本来なら楢﨑智亜にしても、野中生萌にしても、ボルダー&リードジャパンカップで世界選手権日本代表を手中におさめ、W杯は世界選手権に向けた調整の場にしたかったことだろう。しかし、実績豊富な実力者にそれをさせないほど、いまの日本スポーツクライミング界は若手の底上げが著しい。
ボルダー&リードジャパンカップで象徴的だったのは、楢﨑智亜の予選敗退だった。
予選での楢﨑智亜のボルダー獲得ポイントは32選手中15番目、リードで少し挽回したものの予選10位で姿を消した。大会前に体調を崩した影響があったとはいえ、これまでの楢﨑智亜ならその状態でも予選を突破したのではないか。そう思わせるほどトップとそれ以外には実力差があった。
しかし、現実は優勝した安楽宙斗、2位になった百合草碧皇をはじめ、決勝に駒を進めて4位になった通谷律(かよたに・りつ/16歳)、6位の吉田智音(よしだ・さとね/18歳)、8位の小西桂(こにし・かつら/22歳)といった若手の波に飲み込まれた。
彼らは東京五輪の実施種目に決まった2016年夏は、小学生から高校1年くらい。そこからの7年間で彼らの成長を促した舞台のひとつが、倉吉で2015年から行われているボルダリングユース日本選手権だ。年に一度、同世代でボルダー力を競い合いながら力を蓄えた選手たちによって波乱が引き起こされたと言える。
これは女子にも当てはまる。森秋彩や伊藤ふたばはキャリア導入部こそ倉吉でのボルダリングユース日本選手権へ出場したものの、中学生にして国内トップに躍り出て東京五輪日本代表候補となってからは疎遠になった。
この早熟なふたりを意識しながらユース大会で競いながら実力を高めてきたのが、ボルダー&リードジャパンカップで圧倒的なボルダー力で2位をもぎ取った松藤藍夢であり、決勝に残った5位の小池はな(17歳)、6位の中川瑠(なかがわ・りゅう/19歳)、7位の久米乃ノ華(くめ・ののは/19歳)、永嶋美智華(ながしま・みちか/16歳)だった。
東京五輪もパリ五輪も一歩目は倉吉から。国内スポーツクライミングを支える鳥取県の底力
日本スポーツクライミングはボルダー&リードジャパンカップでパリ五輪に向けた本格的なスタートを切ったが、振り返れば東京五輪に向けてのスタート地点も倉吉スポーツクライミングセンターだった。
国内で初めてボルダー、リード、スピードの3種目が実施できる施設としてスポーツクライミングで国内最初のJOC認定競技別強化センターになり、2018年11月にはIFSC-ACCクライミングアジア選手権を開催。東京五輪への道のりはここから本格的に始まったといえる。
JOC認定競技別センターはその後、愛媛県西条や岩手県盛岡にもつくられ、東京五輪後の2022年には東京・葛飾区にあるスポーツクライミングセンターがナショナルトレーニングセンターに指定された。このほかにも各地にクライミング施設はつくられている。
実はボルダー&リードジャパンカップは当初、ほかの開催地が予定されていた。だが、ボルダーエリアの広さで競技運営に支障をきたすとして、大会の約1カ月前に倉吉での開催が本決まりになった。ボルダーエリアの広さに加え、短い準備期間でも大会を実現できる倉吉だからこその変更でもあった。
鳥取県山岳・スポーツクライミング協会の小坂秀己会長は理由をこう明かす。
「倉吉のボルダリングエリアは特設ステージなので広く、毎年ボルダリングユース日本選手権で大会運営を経験しているスタッフが多くいます。大会となれば鳥取からも米子からも1時間ほどかけて、みんなが倉吉に集まってくれるわけです。準備期間の短さは集客面に影響しましたが、大会運営そのものへの不安はまったくなかったですね」。
2015年にボルダリングユース日本選手権がスタートしてから、鳥取県山岳・スポーツクライミング協会の人たちは大会運営全般のノウハウを積み上げてきた。JMSCA(日本山岳スポーツクライミング連盟)をサポートするだけではなく、体育館内につくる特設ステージのボルダリング壁の製作などでも経験値を高め、大会運営のスタッフを多く育んできた。だからこそ急遽大会開催が決定しても対応できたわけだ。
しかも、大会運営に駆けつけるのは山岳やクライミングをする人だけに限らないのも、鳥取県の持つ”底力”だろう。2018年のアジア選手権の大会運営に鳥取県スポーツ課の担当職員として携わった金田健志さんの姿もボルダー&リードジャパンカップのスタッフのなかにあった。
「いまは担当が変わったんですが、アジア選手権でスポーツクライミングの魅力にハマってしまいまして。私はクライミングをしないのですが、アジア選手権後は鳥取県山岳・スポーツクライミング協会に入会して、毎年ボルダリングのユース大会を手伝ってるんですよ」
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こうした多くの人たちの力添えでボルダー&リードジャパンカップが実現し、パリ五輪に向けて本格的な一歩を踏み出した日本スポーツクライミング。選手たちもそのサポートに報いるべく日々成長を重ねている。
すべては大舞台で大輪の笑顔を咲かすために。