世界王者4度の視覚障害クライマーが大自然に挑んだ『ライフ・イズ・クライミング!』公開直前インタビュー
「フィッシャーズ・タワー」に挑んだコバが最後に取り出したもの
視覚障害クライマー・コバが、クライミングパートナーのナオヤとともにアメリカ西部の大自然に挑んだクライミング・ドキュメンタリー映画『ライフ・イズ・クライミング!』が5月12日(金)から全国公開される。
コバこと小林幸一郎さんは、2014年から2019年のパラクライミング世界選手権で4度の優勝を誇るパラクライミングの第一人者。
その小林さんに「この映画の本当の主役はナオヤ」と言わしめるのが、彼のクライミングパートナーのナオヤこと鈴木直也さん。世界選手権ではサイト(視覚)ガイドとして声でコバの優勝を支え、現在は小林さんとともに日本パラクライミング協会(JPCA)の共同代表をつとめる。
このふたりがアメリカ西部ユタ州の雄大にそびえる『フィッシャー・タワーズ』に挑んだクライミングシーンを中心に、全盲ながら世界7大陸最高峰に登り、コバのクライミング人生を大きく変えたエリック・ヴァイエンマイヤーさんとの再会など、クライミング・トリップの模様をおさめたのが『ライフ・イズ・クライミング!』だ。公開を控えるふたりに話を聞いた。
ーーーふたりの出会いは映画で触れられていますが、そのタイミングでいまのような関係性ができたんですか?
鈴木直也(以下ナオヤ) 出会ってから7年くらいは、お互いがいま何をしているかを知る程度でしたね。
小林幸一郎(以下コバ) ナオヤはいま40代後半ですけど、初めて出会った2003年というのは彼もまだ若くて、すごく自信とエネルギーに満ち溢れていて、もう異常なほどテンションが高くて……そこはいまも変わらないですけど、私からするとうらやましい人だったし、「なにか一緒にできたらいいな」と思わせる存在でした。ただ、あの時はまだ距離感はあって。その後もナオヤがクライミングのガイドとしてお客さんを連れて講習に来ていた岩場で何度か出会ったけど、「こんにちは」と挨拶するだけの間柄でしたね。
ナオヤ 距離感が近づいたキッカケは、イタリアであった2011年の世界選手権でしたね。コバちゃんのサイトガイドが決まってないことを現地で知って、ボクがやったんです。
コバ クライミング仲間になれたあの世界選手権はすごく大きかったですね。
ナオヤ それがきっかけで翌年は一緒に中国に登りに行って、2013年はギリシャ。ギリシャは現地集合でしたね。
コバ ナオヤから「山岳ガイドの仕事で中国に行くから、コバちゃんもおいでよ」という感じで誘われて。その気楽な感じが心地よかったんですよね。
ーーーナオヤさんは2003年に日本人初のアメリカ山岳ガイド協会公認のロッククライミングインストラクターになり、現在は大阪や横浜でクライミングバムというジムを開いています。そもそもアメリカに留学したのはクライミングガイドが目的だったんですか?
ナオヤ 高校生の頃に漠然とアウトドア関連の仕事に就きたいと思っていて、短期留学でコロラドに行ったらクライマーの多い街だったんですね。それまではクライミングは頭になかったんですけど、選択肢にクライミングも生まれて。それで超山奥にあるコロラド山岳大学に入ったんですよね。
ーーーコロラド山岳大学やその後のクライミングガイドとしての経験や知識があるからこそ、コバさんにクラック・クライミングを味わってもらいたいという発想が生まれたわけですね。
ナオヤ いまの時代って、クライミングと聞くとスポーツクライミングという競技面をイメージする人が増えていると思うんです。ボクもそこに携わっていますが、でも、やっぱりクライミングは岩場を登ってこそだという思いもあって。それにコバちゃんはボクよりも前の時代から登っていた人だから、「クラックは基本中の基本でしょ。ジャミングもできるでしょ」というのもありましたね。
ーーー競技では「2時方向に右手を伸ばして」とか「7時方向に左足を置けるホールドがあるよ」と声でアドバイスしますが、岩場ではそれができない。サイトガイド面での不安はなかったんですか?
ナオヤ そこは全然。ボルトの設置されたスポートルートならそうした声は必要ですけど、クラックは基本的には12時方向に登るだけですから。それにコバちゃんの保持力の強さはわかっていますからね。「小林幸一郎というクライマーならスポートルートよりはるかに登れるでしょ」っていう安心感がボクにはありました。
ーーーコバさんはいかがでしたか? 競技では身ひとつで登りますが、クラック・クライミングだとカム(※岩の裂け目に挟んで墜落時の衝撃を受け止める道具)をいくつもぶら下げながら登ります。普段との違いは気になりませんでしたか。
コバ スポートルートよりはるかに登りやすいのは間違いないですよね。カムの重さが気になることはなかったんですけど、ボクが登っていた頃のカムはフレンズ(ワイルドカントリー社製、別名棒フレンズ)だったので、キャメロット(ブラックダイヤモンド社製)のサイズがわからない。そこに少し戸惑ったくらいでしたね。
ーーー映画を見た個人的な感想としては、クラックを登るシーンよりもトラバース(水平方向への移動)のところでヒヤヒヤしていました。
ナオヤ 今回のクライミングで、ボクが一番叫んでいるのがトラバースのところなんですよ。クライミングをしない人は登るシーンに目が行くと思うんですけど、ガイドとしては目の見えないコバちゃんに登ってもらううえで一番難しいところがトラバースでした。風も強かったですしね。コバちゃんが登る前にブラッシングも丁寧にやったんですが、最後は「越えてくれ!」と祈る気持ちでいました。
ーーーもうひとつ映画の内容に触れると、コバさんがクライミングシューズを落としたシーン。一瞬「わざと?」と思ったんですが、これまで何千回、何万回と脱ぎ履きしてきたコバさんがシューズを落とすほど緊張や疲労を感じているんだなと伝わってきました。
コバ わざと落としませんよ(笑)。おもしろいなと思ったのが、映画を観た何人かから「なんでシューズを落とすの?」って聞かれたことでした。クライミングを知らない人は、クライミング中はシューズをずっと履いていると思っているんですよね。逆にそこが新鮮でした。
ーーークライミングシューズは足指を縮めてキツめのサイズを使うので履くのは登る時だけ。落とす可能性は誰にもあるとはいえ、落とすシーンを映像がとらえている。やっぱりコバさんは持っていますね(笑)。
コバ アクシデントがあったほうが映画としてはいいんでしょうけど、登ってるとそんな計算はできません。登り終えて地上に降りてきたらクライミングシューズが見つかったので本当によかったですよ。
ナオヤ 現場でシューズを落としたと聞いた時は「えー!?」と思いましたね。だけど、岩質は砂岩だからコバちゃんなら登れるだろうなって。ただ、あのシーンを映像で観たらずっと爆笑してました。ブツブツ言いながら登っていたので(笑)。
ーーーフィッシャーズタワーでのクライミングについては映画を観てもらったほうがより楽しめるでしょうね。こんなに楽しいクライミングトリップをしてしまうと、「また次」っていう気持ちがあるのでは?
ナオヤ ありますね。次に登りたい場所もいくつかあるので。今回のクライミングもそうでしたけど、目の見えないコバちゃんが登ったら何を感じるんだろう、登れたら楽しいだろうなっていうのが根底にはあって。だから、どんなルートを登っても基本的にはおもしろいんですけど、どうせならなかなか行けないところに行きたいですよね。
コバ クライミングをしながら旅をするっていうのは贅沢な時間ですよね。その魅力をもう一度感じられたのが今回の旅でした。信頼できる気の置けない仲間がいることの価値も再認識させてもらいました。その友だちが「おもしろそうだよ」って提案してくれる場所なら、どんなところでも楽しいクライミング旅行になるでしょうね。
ーーー最後に映画のアピールをお願いします。
コバ 視覚障害者と健常者という立ち位置になるのは仕方ないんですが、障害者と健常者の交流という視点はいっさい取っ払って観てもらいたいですね。クライミングという共通の趣味を持つオジサンふたりがクライミングをしながら旅をした。そこで何を感じたのか。そこを観てもらいたいなと思っています。
ナオヤ そうですね。観た人が何を感じるかは自由ですし、ボクがコバちゃんを障害者だからサポートしてるわけじゃなくて、クライミングでつながる仲間として一緒に旅をしているだけなんで。映画を観る人にはアメリカのクライミングカルチャーを育んだ雄大な光景を楽しんでもらいたいですね。
小林幸一郎は今年3月のパラクライミング日本選手権を最後に競技の第一線から退いている。今夏の世界選手権でその勇姿が見られないのは残念だが、ナオヤとともにコバのクライミングはこれからも続いていくーーー
ライフ・イズ・クライミング!
5 月12日(金)新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座、YEBISU GARDEN CINEMA ほかにて全国公開
出演:小林幸一郎、鈴木直也、西山清文、エリック・ヴァイエンマイヤー
監督:中原想吉
音楽:Chihei Hatakeyama
主題歌:MONKEY MAJIK「Amazing」
製作:インタナシヨナル映画株式会社、NPO法人モンキーマジック、サンドストーン、シンカ
配給:シンカ
2023 年/日本/ (C) Life Is Climbing 製作委員会
公式サイト:https://synca.jp/lifeisclimbing/ 公式Twitter:@LifeIsClimbing_