ボージョレ・ヌーボー売り上げ半減でも、ワイン業界が意外と冷静なワケ
間もなく解禁を迎えるフランス産新酒のボージョレ・ヌーボー。今年は為替の円安や輸送費の高騰などで大幅に値上がりするため、販売はかつてない大苦戦が予想されている。ワイン業界にとってボージョレ・ヌーボーの解禁はクリスマス商戦と並ぶ一大イベントだけに、関係者はさぞかし頭を抱えていると思いきや、意外と冷静な声が目立つ。そのワケを探った。
「夏ごろからわかっていた」
「今年の値段ではさすがに売るのは難しい。だから扱うのを止めた。売れるなら扱う、売れないなら扱わない、それだけです」
こう冷静な口調で語るのは、東京都内のワインショップのオーナー。同店ではこれまで毎年10種類以上のボージョレ・ヌーボーを販売してきたが、今年は1種類だけ。その1種類も、値段は昨年に比べて約5割高。SNSを使った告知も今年は取りやめた。
都内の別のワインショップのマネージャーは、「こうなるだろうということは、夏ごろにはすでにみんなわかっていた。まあ、仕方ないですね」とサバサバした表情。両者とも、何とかして売り上げを確保しなくてはという焦りなどはまったく見られない。
大幅な値上げや販売量の減少は大手輸入業者の発表を見れば明らかだ。サントリーは輸入量を昨年比約6割減と大幅に減らし、価格も、代表銘柄の税込参考価格を昨年比約4割高の3850円にすると発表した。キリングループのメルシャンは、今年の日本全体の輸入量を「前年比4~5割減」と推測している。
値上がりの大きな原因は、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大に始まった物流コストの上昇や為替の急激な円安だ。さらに、ロシア上空を飛ぶ最短の空輸ルートがロシアのウクライナ侵攻の影響で使えなくなったことが、輸送費の上昇に拍車を掛けた。
販売不振は長期トレンド
値上がりの原因が一時的なものなら、来年以降は値段が再び下がり、市場が回復するシナリオも考えられる。しかし、くだんのワインショップのマネージャーは、「今年は日本のボージョレ・ヌーボー市場にとって大きな転換点になりそうだ」と述べ、来年以降も市場の本格回復は見込み薄との見通しを示した。
そもそも、ボージョレ・ヌーボーの販売不振は今年に始まったことではない。輸入量は2004年をピークに長期減少傾向。2010年代前半には一時回復の兆しも見えたが、2013年以降は一貫して右肩下がりが続いている。昨年の輸入量は2004年の3割程度にとどまった。この間、日本国内のワイン消費量は、全体で約1.5倍伸びており、ボージョレ・ヌーボーの「1人負け」とも言える状況だ。
要因の1つは日本のワイン市場の成長だ。ワイン人口が増えてワイン文化のすそ野が広がるにつれ、ワインは必ずしも、ボージョレ・ヌーボーの解禁日やクリスマスの時にだけ飲む、晴れの日の酒ではなくなった。ボージョレ・ヌーボーが日本のワイン市場の拡大に貢献したことは事実だが、皮肉にも、ワインが日常的に飲まれるようになった結果、ボージョレ・ヌーボーへの消費者の関心は薄れていった。
加えて、好みの問題もある。典型的なボージョレ・ヌーボーは、カルボニック・マセレーションと呼ぶ独特の醸造方法で造られ、通常の赤ワインに比べて果実味が強く、逆に渋みが少なく、バナナやキャンディーなど一般的な赤ワインにはあまりない香りを放つ。この味わいを好む人もいれば、苦手な人もいる。今年ほどではないが、値段も年々上がってきており、コストパフォーマンスも昔ほどではなくなっている。
産地も織り込み済み
消費が無理やり維持されてきた面も否めない。ワイン人口が増えたと言っても、日本のワイン消費量は世界全体のわずか1%(OIV=世界ブドウ・ワイン機構調べ)。しかし、ことボージョレ・ヌーボーに限っては、フランス以外の消費量の50%を占め、2位米国の18%、3位英国の16%を大きく引き離している(2021年実績、ボジョレーワイン委員会のデータをメルシャンがまとめたもの)。
欧米に比べるとあまりワインを飲まない日本でボージョレ・ヌーボーの消費だけ突出しているのは、日本の初物文化に加え、小売業界やワイン業界がバレンタインデーやクリスマス、ハロウィーンのように、消費喚起キャンペーンを張って盛り上げてきたことが大きい。かつては、解禁日の真夜中になると、各地のホテルやレストランで盛大な「解禁パーティー」が開かれていた。最近はこうしたイベントもめっきり減り、メディアの取り上げ方もかなり地味になっている。
実は、こうした日本市場の変化は産地も織り込み済みだ。ボージョレ・ワインのプロモーション組織「ボジョレーワイン委員会」は、日本のボージョレ・ヌーボー市場の縮小傾向を受けて、ヌーボー以外のワインの売り込みに力を入れ始めている。今年9月には、初めて日本語の公式ホームページを立ち上げた。ボージョレというと日本ではボージョレ・ヌーボーのイメージが強いが、長期熟成タイプのワインも数多く造られている。また、最近日本でも若者を中心に人気のナチュラルワインの生産者が多いことでも、有名だ。
気候変動問題が影響も
今後は、気候変動問題が日本のボージョレ・ヌーボー市場に影を落とす可能性もある。重量があり日持ちもするワインの輸送には通常、船や鉄道、トラックを使うが、日本へのボージョレ・ヌーボーの輸入は、解禁日に間に合わせるため航空便を使う。ワイン業界の一部には、重いガラス瓶に入ったワインを飛行機で運ぶと、温室効果ガスの排出量を余分に増やし、SDGs(持続可能な開発目標)やESG(環境・社会・企業統治)経営とも矛盾するのではないかという問題意識が芽生え始めている。
折しも、世界のワイン市場に大きな影響力を持つ英国のワイン評論家やワイン・ジャーナリストらは今月7日、COP27(国連気候変動枠組条約第27回締約国会議)の開催に合わせて書簡を発表し、現在主流のガラス瓶から、紙パックやアルミ缶、樽型容器など「代替容器」への切り替えを推進するよう訴えた。書簡は「代替容器に切り替えれば、英国内で消費されるワインの生産・輸送に伴う温室効果ガス排出量を3分の1以上減らすことができる」と主張している。
これに呼応するかのように、メルシャンは、今年輸入するボージョレ・ヌーボーの容器をガラス瓶からペットボトルに切り替えた。メルシャンによると、ペットボトル入り商品はガラス瓶入りに比べて重さが30%軽く、輸送時の二酸化炭素排出量を30%削減できるという。解禁日に間に合わないのを承知で船便での輸入に切り替えた大手輸入業者もいる。航空運賃の高騰が理由だが、今後は環境問題への配慮から船便に切り替える動きも出て来るかもしれない。
ワイン業界のある関係者は「これまでが異常だった。ボージョレ・ヌーボー市場の縮小は、日本のワイン市場が成熟した証だと前向きに受け止めたい」と語った。