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ベテラン警官がテイザーと拳銃を間違えた「スリップ&キャプチャー現象」とは【黒人男性射殺事件】

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
ミネソタ州ブルックリンセンター市で起こっている平和的デモ(抗議)。(写真:ロイター/アフロ)

ジョージ・フロイドさん殺害現場近くで再び

アメリカのミネソタ州ブルックリンセンター市で11日、警察が黒人男性を「誤って」射殺する事件が起こり、再びBLM(ブラック・ライブズ・マター)の大規模なデモが続いている。

警察は同日午後、期限切れのプレートをつけて車を走行していた黒人男性、ダンテ・ライト(Daunte Wright)さん(20歳)を停車させ職務質問をしていた。ライトさんには別件で逮捕令状が出ていたことから、警察がその場で手錠をかけようとしたところ、ライトさんが警察を振り切り運転席に乗り込むなどして抵抗したため、女性警官のキムバリー・ポッター(kimberly Potter=Kim Potter)がライトさんに向け、至近距離から発砲した。ライトさんは胸元に実弾1発を受けながらも、車を数ブロック走らせて衝突し、その場で死亡が確認された。

翌日に公開された警察のボディカメラ映像では、発砲直前に、ポッター容疑者と見られる女性の声で「テイザー銃、テイザー銃を!」と繰り返し叫ばれているのが確認できる。警察は、ポッター容疑者がテイザー銃を使うつもりだったが、間違って本物の拳銃を使ってしまったのではないかと見ている。

この事件を受け大規模デモが再び同地で起こり、一部が過激化している。州兵が派遣され夜間は外出禁止令が出ているが、騒動は収まりそうにない。

今回の事件の発生現場から車で20、30分ほど南方に位置する同州ミネアポリス市では、昨年5月、黒人男性ジョージ・フロイドさんが白人警官に首を圧迫されて死亡する事件が起きたばかり。フロイドさんを死なせたとされる元警官のデレク・ショーヴィン(Derek Chauvin)被告の裁判は先月より始まっており、現地では緊張感が高まっているところだった。

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テイザー銃と拳銃は似ているのか?

アメリカで使用されているテイザー銃。一般的に黒のテイザーはSWATチームに、黄色のテイザーは警察に使用されている。
アメリカで使用されているテイザー銃。一般的に黒のテイザーはSWATチームに、黄色のテイザーは警察に使用されている。写真:ロイター/アフロ

現地報道によると、ポッター容疑者は26年のキャリアを持つベテラン警官だった。そうすると「テイザー銃と本物の拳銃はそんなに似ているのか?」という疑問が出てくる。NBCニュースは、専門家による分析の紹介と共に、警察に使用されているテイザー銃と拳銃の違いを図解で説明している。

その図解を見る限り、大きさ、重さ、色などがテイザー銃と一般的な拳銃とでは明らかに異なっている。

「拳銃は実は軽く、テイザー銃は皆さんが想像するより重い」と説明するのは、イリノイ州の元警官で全米警察協会のスポークスパーソン、ベッツィー・ブラントナー・スミス氏。

同氏によると、警察が使う代表的な拳銃はグロック17と呼ばれるもので、プラスチック製テイザー銃と比べて1ポンド(約0.45キログラム)重い。また拳銃の方は引き金を引く時に、安全性のために押し込まなければいけない構造(トリガーセーフティー)になっている。

触った感触もテイザー銃と拳銃とでは「違う」(フロリダ州の元警察官であるデニス・ケニー氏)。

警官がテイザー銃と拳銃を混同しないよう、一般的に利き手側に銃を、その反対側にテイザー銃を携帯することが義務付けられており、警察により公開された今回の事件映像を見ても、ポッター容疑者はそのようにしていたようだ。

テイザーに手をかけている警官(イメージ)。このように、右利きであれば通常テイザーは左側に携帯される。
テイザーに手をかけている警官(イメージ)。このように、右利きであれば通常テイザーは左側に携帯される。写真:ロイター/アフロ

これらの見方を統合して、スミス氏は「ポッター容疑者は『スリップ&キャプチャー』(slip and capture)(間違って捕らえるヒューマンエラー)と呼ばれる現象に陥ったのではないか」と見ている。ポッター容疑者は銃を見てテイザー銃と思ったわけではなく、緊張が最高潮に達したストレスフルな状況下で「恐ろしいモーターの不具合」(脳の勘違い)が起こった可能性が高いという。

この脳の勘違いは、普段の生活でも起こりうるという。例えば、レンタカーを借りて乗車しエンジンをかけようとすると、脳がいつも乗っている車と勘違いしそれまで慣れ親しんだ場所につい手がかかってしまうようなことがある。また、「引っ越したのに、封筒に前の住所を書いてしまう」や「夜せっかく砂糖断ちをしたのに、翌朝コーンフレークに思わず砂糖をかけてしまう」といったエラーのようなもの(キャプチャー・エラー=捕え間違いの研究者、ジェームス・リーズン氏)。このようなことと同じ現象が今回の事件でも起こった可能性を、スミス氏は指摘した。

また「警官が危険な状況に置かれたとき、本能的に本物の銃に手を伸ばすことはある」と指摘する専門家もいる。

実際に死に至る事件は稀だが、それでもテイザー社が最初の拳銃型モデルを発表した1999年以降、同様の勘違い事件が少なくとも15件発生した。そのうち起訴された警官は5人で、3件(うち死者が出たのは2件)のみが有罪判決となっている。2009年の元旦、カリフォルニア州オークランド市でオスカー・グラント(Oscar Grant)さんが同様にテイザー銃と拳銃の取り違いで警官によって射殺された。射殺した元警官は有罪判決が下され、2年の懲役刑が宣告された。この事件は後に映画『フルートベール駅で』のモチーフにもなった。

「日常的な交通違反の取り締まり(の延長)で命を落とした警官は多い。つまり交通違反の取り締まり時に警官が感じるストレスレベルは、人々が想像しているものを超越し相当なもの。そして判断ミスはストレスを感じたときに起こる」(刑事裁判専門のジョン・ジェイ大学、マリア・ハーバーフェルド教授)。

スミス氏やハーバーフェルド教授は、アメリカの警官の訓練はひどいレベルだと言う。「テイザー銃の訓練は数時間だけ。その理由は費用が大きく関係している。テイザー銃のカートリッジは高価であり、すべての部署に訓練用のテイザー銃のシミュレーターがあるわけではない」(スミス氏)。「警官はそれらの武器に加え、ペッパースプレー、警棒、手錠などさまざまなものを携帯しているが、訓練は主に拳銃の使い方に重点が置かれる」(ノースウェスタン大学の政治学、警察学専門のウェスリー・スコガン名誉教授)。

米ヤフー!ニュースなど現地報道によると、ポッター容疑者は13日に辞職し14日に逮捕されたが、その夜保釈金10万ドル(約1000万円)で釈放された。第2級過失致死罪の容疑で起訴され、15日午後に初出廷した。

同州の法律によると、ポッター被告が有罪判決を受けた場合、最高で懲役10年と2万ドル(約200万円)の罰金を科せられる。ちなみにポッター被告の弁護士はアール・グレイ氏。グレイ氏が現在弁護を担当している1人は、ジョージ・フロイドさんの事件で拘束を手伝ったとされる元ミネアポリス警官、トーマス・レーン被告ということだ。

ミネソタ州の司法が、ジョージ・フロイドさんやダンテ・ライトさんの事件も含め、白人警官と黒人被害者の死亡事件を、今後どう裁いていくだろうか。

ポッター被告。
ポッター被告。提供:Hennepin County Sheriff's Office/ロイター/アフロ

(Text by Kasumi Abe) 無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

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