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スプラッシュヒット・キャッチの達人に密着取材の裏側~日本を代表する報道番組によるMLB愛溢れる取材~

三尾圭スポーツフォトジャーナリスト
スプラッシュヒット・キャッチの達人を密着取材する鈴木カメラマン(撮影:三尾圭)

 オールスターのホームラン・ダービーで、初出場初優勝は逃したが、飛距離500フィート(約152メートル)を超える特大ホームランを連発して、見事に主役の座を務めた大谷翔平。

 ホームラン・ダービーを見ていて、アメリカの野球ファンは本当にホームランが大好きだと再認識させられた。

 アメリカにはホームラン・ボールやファール・ボールをスタジアムで捕ることを生き甲斐とする「ボールホーク」と呼ばれるファンがいる。伝説クラスのボールホークになると1万個以上のボールをスタジアムで捕ったつわものもいる。

 サンフランシスコにも全米レベルで有名なボールホークがいる。

 彼は他の「鷹」とは異なり、球場内には生息しない。

 サンフランシスコ・ジャイアンツの本拠地『オラクル・パーク』の名物と言えば、右中間スタンド後方に広がる海にホームラン・ボールが飛び込む『スプラッシュヒット』。

 2000年に竣工したこの球場で最も多くのスプラッシュヒットを放ったのはバリー・ボンズで35本。この問題は、ある程度のレベルのメジャーリーグ・ファンであれば答えられるが、では次の問題はどうだろうか?

 「スプラッシュヒットを最も多く海上でキャッチしたのは?」

 正解は『マッコビー湾のデイブ(McCovey Cove DAVE)』ことデイブ・エドランドさん。これまでにボンズの35本を超える42本ものスプラッシュヒットをキャッチしている。

 海に飛び込んだファールボールや、試合前の打撃練習で捕ったボールを含めると、数えられないほどのボールをゲットしている。

 こんな超マニアックでカルト的な問題に正解した方は、ロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平がオラクル・パークを訪れた6月1日と2日に『報道ステーション』で放送された『大谷のスプラッシュヒットを狙え!65歳の達人に密着』を観た方々だろう。

 サンフランシスコ・ジャイアンツの定義では、ジャイアンツの打者がダイレクトで海に叩き込んだホームランのみが『スプラッシュヒット』と呼ばれるが、デイブさんを始めとするマッコビー湾のボールホークたちは、ホーム、ビジターに関係なくマッコビー湾に直接飛び込んだホームランは、スプラッシュヒットと呼んでいる。

 エンゼルスがオラクルパークで試合した2日間、大谷は1度しか打席に立たずに、バットを1度も振らなかった。

 それなのに『報道ステーション』では、2日に渡ってスポーツコーナーでデイブさんの密着取材の様子を放送した。

日本を代表する報道番組によるMLB愛に溢れるメジャー取材

 『報道ステーション』は日本を代表する報道番組でありながらも、そのスポーツコーナーはまるで「単独のスポーツ番組」かと錯覚するような質の高い特集を放送することが多い。

 メジャーリーグの特集だと、2018年から19年にかけて放送された不定期連続企画『MLB30球場全部行く』は視聴者から大好評だった。日本のメジャーリーグ報道は、どうしても日本人選手の活躍ばかりが取り上げられるが、『報道ステーション』では日本人選手の話題はもちろんのこと、メジャーが持つ深い魅力もしっかりと伝えている。

 『MLB30球場全部行く』や今回の『スプラッシュヒット・キャッチの達人密着』を企画したのは、小曽根研吾ディレクター。

 同ディレクターは2017年の年末に大谷のエンゼルス入団が決まった直後にこの企画を思い付き、いつかやってみたいと考えていた。

 アメリカン・リーグのエンゼルスとナショナル・リーグのジャイアンツが戦うのはインターリーグのときだけ。エンゼルスとジャイアンツのインターリーグ戦が組まれるのは3年ごとだが、どちらか片方の本拠地でしか試合は行われないので、エンゼルスがオラクル・パークで試合するのは6年ごとになる。

 (コロナ禍の中で行われた2020年シーズンは特例として、同地区同士のチームによるホーム&アウェイのインターリーグ戦が組まれたが、試合は無観客で行われた)

 報道ステーションは前述の「30球場企画」で2018年にオラクル・パーク(当時の名称はAT&Tパーク)を訪れており、マッコビー湾の上でデイブさんを取材して、「この海でオオタニのホームランボールを手に入れたい」との思いを聞き出していた。

 今回、報道ステーション独自の狙いで「大谷のスプラッシュヒットをどうカメラに収めるか」ということを模索する中、デイブさんの情熱や人柄も併せて丁寧に紹介することで、企画が骨太になるのではないかと考えた。

 通常であれば、番組ディレクターが渡米して取材を進めるが、コロナ禍のために渡米ができない。そこで日本在住のディレクターとアメリカ在住の取材班の間で何度もオンライン・ミーティングを重ねた上で、駐米取材陣をサンフランシスコに送り込んだ。

 DHが使えないために、大谷の出番は少なく、大谷のホームランが出ないこともある。大谷が打たなかったときに、どういう形でニュースを作るか。そこをしっかり伝えられるように、さまざまなシナリオを想定する必要があった。

 海の上から野球を『観戦』するという非常に変わった題材のために、取材陣は5月に一度サンフランシスコへ行って取材をしている。リハーサルを兼ねて、カヤックのテスト撮影をするだけでなく、デイブさんの自宅にも行き、彼の食事やトレーニング風景もカメラに収めた。

 アメリカから送られてきたその映像を観たディレクターは、大谷がスプラッシュヒットを打てば「スクープ映像」になるし、打てなくても面白い企画になると確信した。

 報道ステーションでメジャーリーグのニュースを放映している時間帯には、視聴者はすでに試合結果を知っている。報道ステーションでは、ただ単に試合の結果を伝えるだけでなく、相手選手を詳しく紹介するなど付加価値を付けて、放送することを心掛けていると言う。

スプラッシュヒット・キャッチの達人、デイブ・エドランドさん(写真:三尾圭)
スプラッシュヒット・キャッチの達人、デイブ・エドランドさん(写真:三尾圭)

野球を愛するクレイジーな熱血ファンと取材班による真剣勝負

 7月に入ってからメジャーリーグでもコロナ前のような熱狂が戻ってきつつあるが、まだ取材は自由にできずに規制がかけられている。

 この試合が行われた6月上旬は、まだフィールドでの取材が許されておらず、撮れる絵も限られてしてしまう。

 しかし、デイブさんの「フィールド」であるマッコビー湾は、球場の外のために規制の対象外。球場内だと番組の独自取材も自由にできないが、マッコビー湾ではコロナ前と同じような体制で取材ができる。そこで、現地取材班は臨場感ある絵を撮るために、3台のカメラでスプラッシュヒットを捕るデイブさんを追いかけることを決めた。

 通常のニュース取材で使う大きなカメラはマッコビー湾沿いの遊歩道に設置して、上からの角度でデイブさんを撮る。デイブさんが乗るカヤックにも小型のアクションカメラを設置。そして、3台目のカメラを持った鈴木勇一カメラマンは一人でカヤックに乗って、海の上からデイブさんを追いかけた。

 メジャーリーグの取材経験は豊富な鈴木カメラマンだが、カヤックは未経験。この取材に挑むために、事前にカヤックの練習に励んで本番に臨んだ。

デイブさんのカヤックに360度撮影できるアクション・カメラを設置する取材陣(写真:三尾圭)
デイブさんのカヤックに360度撮影できるアクション・カメラを設置する取材陣(写真:三尾圭)

海上を含めて3台のカメラで「達人」を追いかけた(写真:三尾圭)
海上を含めて3台のカメラで「達人」を追いかけた(写真:三尾圭)

 これまでに何度もアメリカのテレビ局から取材を受けてきたデイブさんは、「テレビ朝日のクルーは、どのクルーよりもプロフェッショナルな態度で仕事をこなしていたが、それだけではなく、彼らからは私と同じ野球への愛情を感じた」と日本のテレビ局からの密着取材を振り返る。

 「レポーターがカヤックに乗ったことはあったが、カメラマンがカヤックに乗って、追いかけてきたのは初めてだ。彼はカヤックのセンスが良かったので驚いた」

 カヤックの大会で優勝経験もあるデイブさんが乗っているカヤックは、オリンピック選手が使うのと同等のもので、カヤック・メーカーから提供されたものだ。

 「海の上でのスピードならば誰にも負けない」と豪語するほどにスピードには自信を持っている。海上からデイブさんのスピードを体感した同カメラマンは、「スピードスケーターが氷の上を滑るように、とてもなめらかで速い」と表現する。

 各打者の傾向を研究しているデイブさんは、打者ごとにカヤックのポジションを変えている。他のカヤックの位置も見ながら、自分のスピードを計算して、ボールを捕れる確率が最も高い場所でスタンバイする。

 取材クルーたちは、大谷の打席だけでなく、試合開始から終了までずっと3台のカメラでデイブさんを追い続けた。7分程度のコーナーのために、1時間のドキュメンタリー番組を作れるほどの素材を揃えた。

 1日目の試合で最も盛り上がったシーンは、大谷とは関係ないファールボールがマッコビー湾に飛び込んだ場面。

 「長いことこの仕事をしているが、ファールボールで盛り上がったのは初めての経験」とディレクターは現地から送られてきたファールと、もの凄いスピードでそのボールをゲットするデイブさんの映像を1日目のハイライト映像として使用した。

ユーチューバーにはできないテレビマンがみせた本気

 メジャーリーグには無数の楽しみ方がある。

 デイブさんは球場に足を踏み入れることなく、誰よりも熱心に試合を追いかけ、試合を楽しんでいる。彼はカヤックに乗りながら試合中継のラジオを聞き、打席に立つ打者の傾向に合わせて、カヤックの位置を調整する。その姿は、打者に合わせて守備シフトをする野手と同じである。

 そんな日本の野球にはないメジャーリーグが持つ魅力の一部を報道ステーションは紹介してくれた。アメリカの大手メディアから年間最優秀ファンに選ばれたことがあるデイブさんの野球愛に負けないくらい、『報道ステーション』のメジャーリーグ取材班も熱い気持ちを持って、日本の視聴者にメジャーの魅力を届けている。

 最近はテレビ離れの時代と言われ、ユーチューバーが注目を集めているが、『報道ステーション』のこの企画からは日本人選手だけでなく、本物を視聴者に伝える。本物の面白さを伝える」というテレビマンの本気が感じられた。

スポーツフォトジャーナリスト

東京都港区六本木出身。写真家と記者の二刀流として、オリンピック、NFLスーパーボウル、NFLプロボウル、NBAファイナル、NBAオールスター、MLBワールドシリーズ、MLBオールスター、NHLスタンリーカップ・ファイナル、NHLオールスター、WBC決勝戦、UFC、ストライクフォース、WWEレッスルマニア、全米オープンゴルフ、全米競泳などを取材。全米中を飛び回り、MLBは全30球団本拠地制覇、NBAは29球団、NFLも24球団の本拠地を訪れた。Sportsshooter、全米野球写真家協会、全米バスケットボール記者協会、全米スポーツメディア協会会員、米国大手写真通信社契約フォトグラファー。

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