「オミクロン株の感染爆発」に警鐘を鳴らす医師「医療従事者がストレスなく検査できる体制を」
すでに日本で感染拡大が起き、デルタ株に置き換わり始めている新型コロナウイルスのオミクロン株だが、感染力が強く、重症化リスクは低いとされているものの、強い感染力のせいで患者が急増し、その結果、医療インフラを圧迫する恐れが現実化しつつある。重症化しにくいが感染爆発しているオミクロン株への対応はいったいどのように考えたらいいのだろうか。神奈川県厚木市で診療所の院長をし、新型コロナの発熱外来や検査を行っている医師、内山順造氏に話をうかがった(この記事の情報は2022/01/13時点のものです)。
オミクロン株の感染力は麻疹と同じ
オミクロン株によって指数関数的に感染者が増えている。若年層などの活動的な世代に感染が広がりつつあり、こうした感染者が基礎疾患を持っていたり高齢だったりする人へ感染させてしまうような状況になれば、感染者が増えるのと同時に重症者や死者も増えていくと考えられる。内山氏は、今の行政や専門家の方々、皆さんの危機意識はまだまだ低いのではないかと警鐘を鳴らす。
──オミクロン株ではデルタ株より重症化リスクが低いという見解が出ていますが、感染力の強さとこうした病原性の低さには何か関係があるのでしょうか。
内山「多くの場合、ウイルスは感染した身体の中でコピーを作る際に変異します。この変異でウイルスが強毒化した場合、感染した人はすぐに重症化するので動けませんから、感染が広がらずに収束します。これはコロナウイルスでもSARS(重症急性呼吸器症候群)やMERS(中東呼吸器症候群)で起きたことです」
──オミクロン株は、重症化しにくいので感染が拡大しているということでしょうか。
内山「一概にそうとも言えません。ウイルスが変異で弱毒化すると、感染者は症状がなかったり症状が軽かったりするのでウイルスを運んでしまい、感染が拡大します。つまり、強毒化した株より弱毒化した株のほうが感染を広げやすいといえます。ただ、こうした一般論は、若い人も高齢者も同じような症状になるというように、感染した人で病原性があまり変わらない場合に限ります。例えば、インフルエンザは若い人も高齢者も同じように高熱を出したり、高齢者に限らず乳幼児も亡くなったりするので病原性が高いウイルスです。そのため、インフルエンザの場合、病原性が低いほうが感染が広がりやすいといえます」
──新型コロナでは、若年層と高齢者とで症状に違いが出ています。
内山「そのとおりで、新型コロナウイルスの場合、ウイルスを運ぶ若い人の多くは症状が軽く弱毒化した病原性を示す一方、心血管疾患や糖尿病、COPD(慢性閉塞性肺疾患)などの基礎疾患を持った人や高齢者が感染すると重症化したり亡くなったりという病原性を示すわけです」
──では、やはり感染力と病原性には関係があるのではないですか。
内山「いえ、ウイルスにとっては、弱毒化して感染者をどんどん広げてくれればそれでいいわけで、その結果、感染の末端で基礎疾患を持った人や高齢者が重症化するのは結果論に過ぎないということになります。新型コロナウイルスはこうした性質を持っているので、ある意味では最初から弱毒化したウイルスともいえ、変異によって弱毒化する圧力がかかるわけでもないので、今回のオミクロン株で感染力が強くなったから弱毒化したというわけではありません。例えば、デルタ株は感染力は従来株より数倍強くなると同時に病原性も高くなっています。つまり、新型コロナウイルスの場合、感染力の強弱は病原性の高低とトレードオフの関係にあるわけではないのです」
──オミクロン株の感染力の強さはどれくらいなのでしょうか。
内山「オミクロン株の感染力は、基本再生産数でいえば、麻疹(はしか)と同じくらいです。我々が知っているウイルスとして、おそらく最強の感染力を持っています。ただ、感染力という点でいえば、オミクロン株は新型コロナウイルスの最終形態ではないかと考えています。なので、おそらく今後、新型コロナウイルスでオミクロン株を凌駕するような強い感染力を持った変異株は出てこないでしょう」
──オミクロン株で重症化リスクが下がっているのはワクチンの効果といえますか。
内山「そうですね、ワクチンの効果もあるとは思いますが、オミクロン株で感染者が急増する一方、重症者や死者が増えていないこととのはっきりした関係はわかりません。オミクロン株はもともと病原性が低く、重症化や死亡しにくい性格を持っていると考えることもできるでしょう」
指数関数的に増える感染者
──重症化リスクが下がっているということは、感染対策も下げてもいいのではないでしょうか。
内山「いや、重症者が1/3に減っても感染者が3倍になれば、ケアしなければならない人が増える分、医療インフラを圧迫します。オミクロン株の症状が軽いとはいえ、感染者が爆発的に増え、今後、指数関数的に急増していけば、今では感染拡大が起きている若年層から基礎疾患を持った人や高齢者へ波及し、結果的に重症者や死者も増えていくでしょう。何も対策を講じなければ、1人から1ヶ月で320万人が感染するという予測も可能なのです」
──沖縄県知事のコメントにもありましたが、同県では医療従事者に感染が広がり、人手不足になっているといいます。
内山「そのとおりです。オミクロン株の感染力の強さは、若い人から医療従事者にまで広がりつつあります。いくら症状が軽いとはいえ、医療従事者が感染してしまえば隔離になりますから、その結果、マンパワーが削がれてしまい、病院の機能が下がってしまいます。治療できる患者さんも治療できなくなり、救える命も救えなくなってしまうのです」
──オミクロン株の重症化リスクが低いということで、新型コロナの感染対策の見直しや経済活動の再開なども議論され始めています。
内山「オミクロン株という変異株が出現したことで、これまでよりも若年層のリスクが減った分、経済活動優先への圧力が高くなっていくでしょう。しかし、基礎疾患を持っていたり高齢だったりといったようなリスクの高い人の健康や命より、経済活動を選択していいのかどうか、よく考える必要があると思います」
──では、オミクロン株の感染拡大でどのような対策を講じればいいとお考えですか。
内山「医療崩壊というのは、新型コロナの入院患者さんが激増して病院の機能以上になってしまい、新型コロナ以外の患者さんの手当ができなくなるような状況です。しかし、症状の軽いうちに早めに検査して自宅療養にし、リモートで経過観察すれば、入院患者が増えることもないのです。これまでのように検査体制が十分に整えられないままでは、症状が悪化してから検査や治療を受け、中等症や重症化して入院し、医療崩壊につながっていくでしょう」
──しかし、依然としてPCR検査などに対して懐疑的な意見も多いようです。
内山「いや、新型コロナというのは、早期に検査し、早期に診断し、早期に治療できれば、地域の診療所でも十分に対応できる病気だと思っています。しかし、現状では早期に検査できないので陽性者の早期の判別もできず、治療も後手後手に回った結果、重症患者が増えてしまい、医療インフラを圧迫してしまうのです。こうした状況を解決するために、まずは臨床現場での検査体制の拡充です。私の医院にもごく軽い風邪の症状で外来を受診し、検査してみたら新型コロナ陽性だったという患者さんが多くいます。やはり検査してみなければ何も始まらないのです」
──検査のほかには何か対策はありますか。
内山「新型コロナには、モルヌピラビル(販売名:ラゲブリオ)という経口薬があります。このお薬はオミクロン株にも有効で、重症化を3割防ぐとされていますが、患者さんが薬局で買ってきて自分で飲んで治すようなお薬ではありません。私がこの薬で治療した患者さんは喫煙者でしたから重症化するリスクもあり、リモートで定期的に診察し、パルスオキシメーターで血中酸素飽和度を逐一報告してもらって、もし数値が下がったら入院というように、まだまだ医師による経過観察と判断が必要なお薬です」
──こうした経口薬が広まれば新型コロナ収束に近づけそうです。
内山「ラゲブリオはウイルスの増殖を抑えるためのお薬なので、ウイルスが増殖を始める前の感染初期にしか効果は期待できません。重症化してしまってからでは遅いお薬です。はっきりいえば新型コロナの場合、重症化したら治療の手立てはそう多くないのです。繰り返しますが、感染症の対策では、早期発見、早期隔離、早期治療が重要です。新型コロナでもこれは同じで、これまでも中和抗体カクテル療法の点滴・注射薬があり、またラゲブリオのような感染初期に効果のある経口薬が出てきましたから、無症状や風邪症状、軽い症状を早期に検査し、陽性か陰性か診断し、これらのお薬で早期に治療を開始すれば重症化する人を少なくでき、医療インフラへの圧迫も防ぐことができるのです」
検査がなければ何も始まらない
──やはり早期検査が重要ということでしょうか。
内山「そうです。抗体カクテル療法は中等症まで、ラゲブリオは軽症者にしか効果がありませんから、早期治療ができる医療、つまり街の診療所やかかりつけ医、プライマリ・ケアの現場で早期に陽性者を発見しなければなりません。医療従事者が検査時に感染リスクのストレスを感じず、全国津々浦々でどんどん検査ができ、検査結果がすぐにわかって検査した診療所で陽性の人にすぐお薬を出せるようになれば、新型コロナ感染対策のフェーズはかなり変わってくるでしょう」
──各自治体でようやくPCR検査が無料で受けられるようになってきています。
内山「いや、新型コロナのパンデミックが始まって2年も経つのに検査体制はまだ十分に整っているとはいえません。実は私は2021年12月に朝日新聞の『声』の欄に投書をしました。その内容は、保険診療として行うPCR検査で医療機関に支払われる費用を引き下げるという厚生労働省の発表に異を唱えるもので、感染リスクのある中で検査している臨床現場に対し、赤字覚悟で検査しろというのかと書いたのです」
──なぜ厚生労働省はそうしたアナウンスをしたのでしょうか。
内山「おそらくデルタ株の感染が10月くらいから収束してきたため、厚生労働省が検査を抑制しようと考えたからではないかと思いますが、オミクロン株による感染拡大が始まったので状況が変わっているのです。新型コロナの場合、PCR検査の費用が高いというのも問題です。私の医院には、PCR検査機がありますが、それだと機材は数百万円かかりますが、消耗品は1検体1000円くらいでできます。しかし、新型コロナ以外のPCR検査は数千円ですが、新型コロナになると検査会社が数倍の検査費用を取っているのです。また、タイムディレイがあれば、それだけ感染が広がりますから自分のところにPCR検査機があるとないとでは、その効果は大きく違うと思います」
──空気感染のリスクもあるようです。
内山「新型コロナウイルスでは、接触感染や飛沫感染とともに、ウイルスを含んだ微小なエアロゾルが感染者の呼気や発話、くしゃみや咳などによって空気中へ放出され、長く空気中を漂い、感染を広げています。オミクロン株の場合、廊下を隔てた2つの部屋の間で感染が確認された事例もあり、その感染力の強さには空気感染ともいえるようなエアロゾル感染が影響していると考えられます」
──では、特に夏や冬の季節は窓を開けての換気が重要ですね。
内山「そのとおりです。ちょっと話を広げれば、我々人類は感染症の流行によって進化してきた側面があります。例えば、ペスト(黒死病)が流行した中世ではペスト菌を媒介するノミやネズミを駆除し、人間の生活圏からノミやネズミをできるだけ排除しましたし、19世紀にはロンドンやパリ、江戸でコレラが流行しましたが、その後、人類は上下水道を整備して水を管理し、飲料水を清潔なものにしてきました。また、1918年から流行したスペイン風邪に我々人類はどう対抗したのかといえばマスクでした。しかし100年以上経っても依然としてマスクでしか対抗できていません。この間、ほとんど進化していなかった人類は、病原性のある人の呼気をしっかり吸引してフィルタリングで感染源を除去し、循環させるシステムといったように空気の管理をしなければならないフェーズに入ったのかもしれません」
──しかし、なぜこれまで日本ではPCR検査が広く行われてこなかったのでしょうか。
内山「その背景の一つに安全性があります。検査では医療従事者の感染リスクが無視できないくらい大きいのです。街の診療所で検査をして、もし医師や看護師、外来の患者さんが感染してしまってクラスターが発生すれば、個人経営の小さな診療所は潰れてしまうかもしれませんし、地域医療も崩壊してしまうかもしれません。検査の安全性がずっと担保されてこなかったので、地域の医師会などもなかなか積極的に検査をしようというようにはなりませんでしたし、街の診療所レベルで検査や発熱外来をやりたくても現実的なことを考えればできなかったというのが実情です」
──医療従事者がストレスを感じず、リスクを軽減できる検査方法があるのでしょうか。
内山「検査の際の感染リスクは技術的なイノベーションで解決すべきです。高額な設備ではなく、街の診療所レベルで医師や看護師、スタッフのストレスを下げ、外来のお年寄りも守れるような検査ブースができれば、手を上げてくれる先生方も多いと思いました。そこで私たちは新たに検査ブースを開発し、すでに全国の先生方に数十台、使っていただいており、これでようやく検査や発熱外来ができたという感想をいただいています」
──この検査ブースはどのような機構になっているのでしょうか。
内山「私たちが開発した検査ブースは、ウイルス・フリー化するシステムとしての一つの技術的な考え方です。検査する側は陽圧、検査を受ける側は陰圧になっていて、患者側の空気が検査する側に入ってくることはありません。また中の空気をフィルタリングし、検査を受けた後のブースは波長100〜280nmのUV-Cで3分間、除菌して空気を管理しています。UV-Cの紫外線は、殺菌や清浄作用が高いですが人体にも有害なのでドアの上に注意ランプを付け、人に照射しないようにしています」
この検査ブースを使えば、防護服やフェイスシールドなども必要なく、使い捨ての手袋だけで検査ができるという。また、神奈川県では、医療機関が無料のPCR検査所として申請すると、初期の設備投資費用として130万円の補助金を出す制度を行っているそうだ。内山氏は、例えばこの補助金を使ってもらい、この検査ブースを導入すれば、県内の多くの医療機関でどんどん検査でき、それが神奈川県でのモデルケースとなって全国に広がっていくのではないかと期待している。
内山順造(うちやま・じゅんぞう)
南毛利内科(神奈川県厚木市)院長、医学博士。1991年、国立香川医科大学(現・香川大学医学部)卒業。1993年、東海大学医学部大学院入学。エイズウイルスの研究で医学博士号を取得。2001年、米国・ハーバード大学医学部癌研究所へ博士研究員として留学し、癌・老化の研究を行う。2013年4月、愛甲石田駅前に南毛利内科 抗加齢/人間ドックセンター開業。2015年、日本高齢消化器病学会優秀論文賞を受賞。2020年にはJMAT(日本医師会災害医療チーム)の一員として新型コロナ患者が発生した「ダイヤモンドプリンセス号」で医療支援を行う。また、神奈川県医師会公衆衛生委員会副委員長としてクラスター予防対策にも携わっている。