日本は法人減税を少子化対策に生かせ!
世界的に進む法人税引き下げ競争の弊害とは
この連載ではこれまで、日本が少子化を乗り越えるためのお手本となる大企業と地方自治体の取り組みをそれぞれ紹介してきましたが、コマツ(2017年9月4日、9月11日の記事)のような大企業や長野県(2018年10月10日、10月17日の記事)のような自治体が続々と現れてくるためには、国はどのような形で後押ししていけばいいのでしょうか。
経済のグローバル化が深化していくにしたがって、世界各国では法人税の引き下げ競争が未だに続いています。税率の高低が企業の国際競争力や立地に大きな影響を与えるため、法人税を引き下げて自国にグローバルな大企業を誘致しようとする動きが進んでいるからです。その結果として、先進各国とアジア諸国の法人税の平均税率は2000年代に入ってから10ポイント近くも低下し、20%台にまで下がってきているのです。
日本でも法人税の引き下げは現在進行形で進んでいます。日本の法人税の実効税率(法人税、地方法人税、法人住民税、法人事業税を合計した税率)は東京都の場合、2011年度には40.86%(そのうち法人税は30%)でしたが、2012年度に36.05%(法人税25.5%)、2015年度に34.33%(法人税23.9%)、2016年度に33.80%(法人税23.4%)、2018年度に33.59%(法人税23.2%)と、段階的に引き下げられてきました。
アメリカでも2018年に法人税を35%から21%へと大幅に引き下げたことによって、アメリカの実効税率(法人税、州税を合計した税率)はカリフォルニア州の場合、従来の40.75%から27.98%まで一気に低下し、日本やドイツ、フランスなどの税率より低くなっています。フランスでも2019年から2022年にかけて、法人税の実効税率を現行の34.4%から25.83%まで段階的に引き下げることを決定しています。
海外からグローバル企業を誘致して国を潤そうという考えは、決して間違ってはいません。ただし、世界中で法人税の引き下げ競争が過熱してきたことによって、アメリカのIT企業を中心に世界中のグローバル企業の節税があまりにも行き過ぎたものになっているという問題が生じています。たとえば、アップル、グーグル、アマゾンなどのIT企業は、オランダやアイルランド、ルクセンブルクなど低税率の国々に巨額の資産や利益を移転し、税負担を圧縮して最大の利益を確保する仕組みを構築しているのです。
いくらカリフォルニア州での実効税率が27.98%まで下がったとはいっても、アップルはすでにアイルランドの子会社に多額の利益を移転し、法律の抜け穴も利用しながら実質的な法人税率を2%以下に抑えることができています。そのおかげもあって、アップルのような企業は利益を膨らませ、自社株を買ったり配当を増やしたりすることができるので、富裕層や資本家がますます裕福になっていくという構図ができあがっています。アップルが2017年までの5年間で稼いだお金のうち、実に25兆円が自社株買いや配当として株主に還元されていたのです。
それに比べて、同じ期間のアップルの法人税が9兆円、人件費が9兆円、設備投資が6兆円にとどまっていたことを考えると、IT企業が稼いだお金は社会全体や実体経済にはまわりにくくなっている現状が浮き彫りになっています。もちろんIT企業にかぎらず、多くのグローバル企業が何らかの節税策を講じているので、世界各国で税収が足りなくなる傾向が顕著になってきています。そのようなわけで、国家が担うべき弱者への再分配機能は弱まっていくばかりであり、多くの国々で人々の生活が劣化し社会への不満が高まっているのです。
日本の国難を克服するために、法人減税の仕組みの抜本的改革を!
日本はこういった法人税の引き下げ競争に副作用があることを認識したうえで、その競争にただ乗っかっているだけではだめだと思います。先ほども述べたように、日本は法人税を2011年度の30%から2018年度には23.2%まで引き下げ、実効税率も東京都の場合で40.86%から33.59%まで低下しています。そういった要因も手伝って、2017年までの過去5年間で日本企業(上場企業が対象)は史上最高益を3度も更新し、自社株買いの金額が143%、配当の金額が90%も伸びています。
ところがその一方で、日本企業の労働分配率は下がり続けていて、たとえ大企業の社員であっても、企業収益の増加に見合った賃金の上昇は達成されていません。それどころか、中小企業や零細企業を含めた日本全体の実質賃金は、2013年から2017年にかけてむしろ下がってしまっているのです。日本でも少なくとも過去5年間では、富裕層や資本家が富を増大させてきたのに対して、普通の人々の生活はあまり良くなってはいなかったというわけです。
ですから私は、今後は日本の将来をしっかり考えたうえで、法人税の引き下げについては新しい制度設計を構築してほしいと考えています。どういうことかというと、大企業に課税される法人税を一律に減税するのではなく、地方へ本社機能を移転した割合に応じて税率を引き下げる仕組みを取ってほしいということです。たとえば、本社機能の25%を地方へ移転した場合は法人税率を従来より5%引き下げ、50%を移転した場合は10%引き下げ、75%を移転した場合は15%引き下げるといった形にすれば、大企業が地方へ移転するインセンティブは高めることができるのではないでしょうか。
私はそのうえで、地方自治体が情熱を持って大企業の経営者に魅力的な誘致案を提示することができれば、地方は意外に多くの大企業を招き入れることができるのではないかと思い描いています。というのも、大志を持った大手企業の若手経営者を中心に、東京から地方へ本社機能を移したいと思っている人たちは着実に増えてきているからです。
たとえば、2018年になってヤフーの宮坂学会長とお話する機会がありましたが、宮坂会長が「僕は利益を増やすだけでなく、社員が幸せになる会社をつくりたい」と目標をおっしゃったのに対して、私は「本社を都心から郊外へ移転すれば、経営コストは圧倒的に安くなるし、社員の仕事や生活における満足度も格段に上がると思う」と申し上げました。すると宮坂会長は「おっしゃるとおりだ。紀尾井町に6000人の従業員を抱えるのは、物凄いコストがかかる。全部を郊外へ持っていくのは無理だとしても、郊外への分散はしていきたいと思っている」と答えてくれたのです。
大手企業の若手経営者のみならず、有望なベンチャー企業の若手経営者のなかにも、地方に移転するメリットを意識しはじめている人たちが増えてきています。地方での働きやすさや生活のしやすさに着目し、従業員の幸せと生産性の向上の両立ができると考えはじめているのです。社会のすみずみまでITが普及していく世の中では、とりわけIT関連の企業は東京にこだわる必然性がなくなってきているので、本社機能の移転需要は以前よりも確実に増えてきているというわけです。
東京に本社を置く大企業のなかには、コマツのように日本の将来を心配し、少子化対策や地方創生を実践している企業があります。衰退を避けたい地方自治体のなかには、長野県のように危機感を持って少子化対策や大学改革に頑張っている自治体があります。国はこうした大企業や地方自治体の取り組みを強力に支援するために、大企業の法人税減税のあり方を日本独自の少子化対応へのものへと変えていく必要があるでしょう。コマツに続く大企業が50社も現れれば、日本の雰囲気はかなり明るくなるだろうと思われます。