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育児とキャリア・家族問題・生きづらさ…「82年生まれ、キム・ジヨン」への共感

なかのかおりジャーナリスト(福祉・医療・労働)、早稲田大研究所招聘研究員
映画「82年生まれ、キム・ジヨン」 公開中(写真キャプションは本文中)

公開中の映画「82年生まれ、キム・ジヨン」の原作は、韓国のベストセラー小説だという。主人公・ジヨンは、82年生まれという設定だ。筆者のちょうど10歳下。30代後半というと、仕事のキャリアは十分あるけれど、子供を持てばフルタイム勤務や残業・出張は難しい。他の仕事も、簡単には見つからない年齢で、仕事を続けようとしても、両立は大変だ。子供の預け先探し、家族との葛藤、さらに「母親が家事・育児をするもの」という社会の目にさらされ、安まる瞬間がない。この映画で描かれた、キャリアと子育て・家族関係や生きづらさの悩みは、リアリティがある。

〇切ない「高学歴・自虐ネタ」

主人公のジヨン(チョン・ユミ)は、結婚・出産をきっかけに仕事を辞め、育児と家事に追われている。言いたいことが言えない時、心が凍り付いた時、他人が乗り移ったかのような言動をとる。ある日は、夫デヒョン(コン・ユ)の実家でジヨンの母親になって、文句を言う。ある日は、すでに亡くなっている知人になり、夫にアドバイスをする。こうした憑依を心配した夫に勧められ、ジヨンは精神科医に会いに行くー。

女性は「女の子」である時代から、気をつけなければならないことが多い。性被害の心配は、尽きない。家事や育児に追われ、「やりたい仕事ができない」と嘆く母親を見て育つ。

現代は、それでも女性が声を上げよう、キャリアを追求しようと変わってはきている。けれど、女性であることと、キャリアが両立しにくいという現実は、変わっていない。

映画で、ジヨンが保育園の母親に誘われ、お茶をする。話してみると、高学歴ママばかり。キャリアを生かした仕事はないようで、「子供に九九を教えたり、迫真の読み聞かせをするために勉強したの?」といった自虐ネタで、笑いあう母親たち。現実の生活では言えない本音が言語化された場面に、同じ立場の母親は驚き、共感するだろう。

〇家族間に残る差別意識

子供の世話に明け暮れるジヨンの様子を見ると、真面目で、手抜きできない性格が伝わってくる。学校や、会社でもそうだったのかなと想像した。家事や育児も一生懸命、仕事も完ぺきに…女性は、どれだけ頑張ればいいのだろうか。

家族間に根強い差別意識があり、家事や育児の負担のみならず、長男は何かと優遇される様子が、映画で描かれている。

ジヨンに「就職しなくていい」と言ったお父さんは、娘の好きな食べ物を、間違って覚えている。息子のことはちやほやしているのに…。ジヨンが夫の実家に行けば、何品もの料理作りや、片付けを手伝わなければいけない。

写真はすべて(c)2020 LOTTE ENTERTAINMENT All Rights Reserved  配給・クロックワークス
写真はすべて(c)2020 LOTTE ENTERTAINMENT All Rights Reserved 配給・クロックワークス

〇キャリアとの両立は闘い

「女性のキャリア」も、この映画の大きなテーマだ。ジヨンが勤めていた会社のエピソードが、リアルな世界での問題点そのものと言える。ジヨンは、仕事で評価されることを求めていた。子供を持ちながら出世したバリキャリ上司に憧れて、「結婚しても頑張れる」と言う。しかし、結婚・出産をする女性は、一人前と見られず、大事な仕事は任されない。

この女性上司は、実母の助けでバリバリ仕事をしてきたようだ。けれど、女性へのやっかみは激しく、男性社員に嫌味を言われる。そうやってばかにされても、笑顔でかわせる凄腕なのだが、最終的には、昇進に限界があり、退社する。

他に、子育て中の女性社員が、病気の子供を預けられず嫌味を言われ、会社に連れてきてしまう場面があった。「うつる病気なのに、連れてきちゃって…」「でも、来いって言われたら、仕方ないよね」「もどかしい!」。映画とわかっていても、筆者の心の声が止まらない。

ジヨンの同僚だった独身の女性社員の言葉も、印象的だった。一生、会社に仕え続ける覚悟をしているという。

〇バイトも難しい再就職の壁

出産してしばらくすると、育児は大変なのに、仕事への情熱が戻ってくる母親は少なくない。会社勤めしている人が、輝いて見える。ユニクロのベストを愛用して腕まくり、髪を振り乱して家族のために頑張る自分が、取り残されたような気持ちにもなる。

リアルな生活でも、そんな母親がアルバイトのサイトを検索して、「短時間OK」とか、「家でできる」とうたった仕事を見つける。ところが、高年齢だと採用されにくく、キャリアがあると敬遠されがちだ。怪しげな会社にひっかかって、こき使われたり、わずかなバイト料も支払われなかったり、トラブルが起きる。細々と仕事を続けられたとして、会社勤めの知人や夫と、収入を比べてしまうのもよくあることだ。

映画でジヨンは、パン屋でパートをしようとして、夫に「やりたい仕事なの?」と言われてしまう。わかってないなあ…。責任の重いフルタイム勤務だと、家事や育児が十分できなくなるだろうから、「迷惑をかけない範囲で」「パートや単純作業なら」って、気を使っているのに。

その後、ジヨンは独立した上司の会社に再就職を決め、誕生会かのようなお祝いを自らして、はしゃぎまくる。筆者は、またも心でつぶやいた。「嬉しいよね。わかる!」「でも、ちょっと待って」

現実は厳しい。シッターを探す、といっても、いい人を見つけるのは大変だ。保育園やシッター代の方が、給料より高くつく。子供が病気をすれば、親が仕事を休まないといけない。支えてくれる祖父母や家族がいなければ、難しい。

〇夫は悪い人ではないけれど

ジヨンの夫は、再就職に反対なわけではない。妻の精神状態を心配しているし、いい人だと思う。何より、妻のために、自分が育児休暇を取ろうとする。

でも、会社で男性が育休を取れば左遷されるというし、息子に尽くしてきた母にも大反対される。夫は育休中に、読書や勉強をしたいと思っているけれど、子供を見ながら、そんなに優雅な時間はないだろう。男性の育休取得が推進されていても、それぞれの立場で、思いはバラバラなのだ。

ジヨンの身だしなみで、心境の変化を描いている場面も、突き刺さった。再就職の面接は、久しぶりにヘアメイクを整え、バリッとしたコーディネート。背筋が伸びて、表情も明るい。

一方、シッター探しや家族の反対があって疲れきり、再就職をあきらめて断りに行く時は、普段着に束ねた髪で、家事・育児優先のコーディネート。態度も自信なさげだ。もっと自然な自分でいられたら、おしゃれも楽しいのだけれど…。

○コロナ禍で増えた女性の負担

この映画では、根本的な社会の厳しさもはっきり描いている。ジヨンが子連れでいると、「いい身分ね」と言われ、カフェの会計で子供が泣いてもたもたしていると、嫌味がとんでくる。周りの大人は、声もかけず、手伝わない。

実際、子育て中の女性に、世間の目は冷たい。そう感じている母親は多いが、「誰しも、いっぱいいっぱい」だとわかっているし、黙ってあちこちで頭を下げる。母親たちが飲み込んできた部分を、ジヨンが言葉にして、声を上げて、自分自身と社会を変えようとする。

ジヨンは模索しながら成長し、家族の支えも得られるが、現実は恵まれた人ばかりではない。

特に新型コロナウイルスの影響で、夫婦間の分断が大きくなったように思う。在宅ワークにより、夫婦の分担が進んだ家庭がある一方、負担が母親に偏りがちだ。「仕事も家事も育児もして、ヘトヘトになった」という声を聞く。虐待や離婚も増えた、と報道されている。関連して、「年明けの休みを延長」という報道もあったが、「家事育児をしない、偉い人の思い付き」だとして一般的には受け入れられない。

これは、ゆとりのない社会全体の問題だ。長時間労働。性差で判断される職場。結婚・出産を希望しにくく、子供や母親を温かい目で見られない社会。家族間の分断…。この映画では、そうした問題や、刷り込まれた偏見が可視化されていて、何が当事者を苦しめるのか、理解するきっかけになるかもしれない。

そして、生きづらい社会を変えていくにはどうしたらいいか、正解のない問題に、「こんなやり方がある」「こうあってほしい」という一つの答えを見せてくれる。

ジャーナリスト(福祉・医療・労働)、早稲田大研究所招聘研究員

早大参加のデザイン研究所招聘研究員/新聞社に20年余り勤め、主に生活・医療・労働の取材を担当/ノンフィクション「ダンスだいすき!から生まれた奇跡 アンナ先生とラブジャンクスの挑戦」ラグーナ出版/新刊「ルポ 子どもの居場所と学びの変化『コロナ休校ショック2020』で見えた私たちに必要なこと」/報告書「3.11から10年の福島に学ぶレジリエンス」「社会貢献活動における新しいメディアの役割」/家庭訪問子育て支援・ホームスタートの10年『いっしょにいるよ』/論文「障害者の持続可能な就労に関する研究 ドイツ・日本の現場から」早大社会科学研究科/講談社現代ビジネス・ハフポスト等寄稿

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