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ノンヒューマン・パーソンズ~動物に“人格”が認められる時代がやってきた

田中淳夫森林ジャーナリスト
ノンヒューマン(動物)は人間と同格?(写真:アフロ)

 人里にクマが出没する事件が相次いでいる。それも郊外ではなく、都心の駅前やショッピングセンターの中まで侵入する。いやクマだけでなく、イノシシやシカなど多様な野生動物が都会に姿を現して繰り広げる騒動が毎日のように報道されるようになった。

 そして、多くが大捕り物を演じて捕獲されることが多いが、危険性を考えると殺処分せざるを得ない。しかし目立つのは、動物を殺すのに反対する声だ。なんとか殺さず山に帰せ……という声が高まる。

 殺さず生きたままの捕獲がいかに難しいことか、そして山に帰しても人里の餌の味を覚えた動物は再び舞い戻ることなどを説明しなければならない。

 しかし、ここではあえて反対の声に耳を傾けてみたい。というのは、今や世界の趨勢が「動物に人格を認める」ことだからだ。

 動物に認める人格とは、正確には法的人格のことで、人間と同じ生存権や健全な生活を送る権利を認めることである。それが世界中に広がっている。

ノンヒューマン・パーソンズの考え方

 まず動物の権利にかかわる事例をいくつか紹介したい。

 2013年7月、インドの環境・森林相は、イルカやクジラなどを「ノンヒューマン・パーソンズ」と見なして固有の権利を有すると発言した。そして娯楽目的で飼育することは倫理的に認められないと、州政府に伝達した。

 2014年、インド最高裁は、動物は人の所有物であるものの、すべての動物が憲法のもとで固有の生きる権利を有しているという判決を出した。

 2016年に、アルゼンチンのメンドーサ州の裁判官はメンドーサ市の動物園で飼われているチンパンジーが「自由を奪われたノンヒューマン・パーソンズ」であるという判決を出した。

 2017年には、コロンビアの最高裁も、動物園のクマに対してノンヒューマン・パーソンズの格を認め、保護区への移動を命じた。

 同じ年に、アメリカのニューヨーク州で象保護法が制定され、象をサーカスなどで使用することが禁止された。(同種の法律は翌年イリノイ州でも施行)

 2018年、アメリカのカリフォルニア州で、家畜のために最小限の空間を確保することを求める住民投票が行われ、62.66%の賛成票を集めて認められた。対象となるのは子ウシ、ブタ、ニワトリ(雌)が対象で、違反するとこれらの動物の肉や卵の販売は禁止されてしまう。

 ちなみにEUやインド、台湾、カリフォルニア州、そしてブラジルの7つの州では、動物に対する化粧品の試験をすることも全面的に禁止されている。

動物に人間並の権利を認めるか

 ここでいうノンヒューマン・パーソンズ(non-human persons)とは、何か。

 これは生物学的な人間ではない動物も、法的に人間と同格の権利を有するという考え方だ。人間ではないものの、人間並の権利(生存に関する権利)を主張できるとされる。そんな「格」が動物に認められる動きが世界中で広がりつつあるのだ。

 それもペットのような愛玩動物だけではないのは事例を見た通り。野生のクロザルがカメラのシャッターを押して写した写真は、クロザルに著作権があると主張した裁判も起きている。さすがに裁判所は、訴え自体を拒絶したが。

 実は、この種の「動物の権利」を主張する動きは、日本でも起きている。

 1995年に、奄美大島でのゴルフ場建設に反対する住民が、アマミノクロウサギやオオトラツグミなどを原告として林地開発許可処分の取り消しなどを求めた裁判を鹿児島地裁に起こしたことがある。

 結局、地裁は「動物に代わって住民が訴訟を起こすという立場」の適格性を否定し、訴えを却下したが、新しい考え方を提起したことになった。

 最近では2015年に世界動物園水族館協会が、日本の動物園・水族館が和歌山県太地町の追い込み漁からイルカを入手しているという理由で、日本動物園水族館協会を会員資格停止の処分にした。それに対して日本動物園水族館協会は、追い込み漁からのイルカ入手を禁じることを決定している。

アニマルウェルフェアも普及

 また「動物の法的人格」とは少し意味が違うが、アニマルウェルフェア(動物福祉)という考え方も世界的に広がっている。それは最終的に肉とする家畜や動物園などの展示動物、新薬開発などの実験動物、そして獣害をもたらす野生動物に至るまで、動物が苦痛を感じることは極力回避すべきとする。

害獣の駆除にもアニマルウェルフェア

 これはIOC(国際オリンピック委員会)がオリンピックやパラリンピックを開催する際に選手たちへ提供する食材などにも求めるから、東京大会時にも日本は対応した食材を用意できるのか問題になった。

 日本の法律では、動物は「物」扱いで損害を与えても「器物損壊」だが、もはや世界的な潮流は「人と同格」なのである。

 2009年に施行されたリスボン条約では、動物の安寧要求に十分に配慮するように規定されている。アメリカなどでは、離婚する際にペットの引き取り手を動物側の感覚を考慮して懐いている側にしなければならなくなっているのだ。

獣害に向き合う際の視点

 さて日本で激甚化する獣害だが、その対応はいかにすべきか。単に駆除すればよいわけではない。私は『獣害列島』を執筆する際に、ノンヒューマン・パーソンズの考え方に触れて少し衝撃を受けた。それに賛同するか否かではなく、世界の潮流として知っておいてほしい。そして意識しながら対策を考えねばならない。甘く見ていると、世界中から白い目で見られるだろう。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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