第一次安倍政権「政権投げ出し劇」の主役たちが揃った赤坂の夜
フーテン老人世直し録(297)
卯月某日
18日の夜、興味深い会合が赤坂であった。小泉元総理が呼びかけたというが、小池百合子東京都知事を囲んで小泉元総理時代に自民党幹事長を務めた山崎拓氏と武部勉氏、それに現在の二階俊博幹事長を加えた会合が開かれたのである。
会合が開かれたのは狭いながらうまい料理を出すので有名な小泉元総理行きつけの料理屋で、総理時代には盟友の山崎拓氏と政局の節目節目で酒を酌み交わした店である。その場所に小泉元総理が小池都知事を招いた。おそらく二階幹事長と同席させることが目的である。それが露骨に見えぬよう小泉元総理は自分を支えた二人の幹事長経験者も招いた。
もとより小池氏は小泉元総理の最側近であったし、また二階幹事長とも共に政治経歴を重ねてきた政治家同士である。その3人が会合を持つことは不思議でないが、しかし小池氏が都知事に就任して以来、小泉氏が小池氏を支えるような言動をすることは全くなかった。
それがこの時期に会合を持ったことにフーテンは大いに興味をそそられる。第一次安倍政権で安倍総理が政権を投げ出すことになった時、フーテンが最も注目していたのが当時の二階国対委員長と小池防衛大臣の二人だったからである。
2007年9月、安倍総理は臨時国会の冒頭で突然辞任を表明した。腸に持病を抱えていたためだと発表されたが、フーテンは全く異なる理由で安倍総理は辞任したとみていた。
まず全く大臣経験がなく政治経験も未熟な安倍晋三氏を総理に引き上げたのは小泉元総理である。小泉氏も総理になるための条件と言われる外務、大蔵、通産の閣僚経験がなく、ただ「自民党をぶっ壊す」と叫び、熱狂的な国民的支持を得て5年余の政権を維持した。
小泉氏は拉致問題で国民に人気のある安倍氏を総理にすることで永田町の慣行を打ち破ろうと考えたのかもしれないが、しかし安倍氏は小泉氏の政治的後継者ではなかった。むしろ激しく小泉批判を行う麻生太郎氏と考えが近く、総理に就任するや小泉氏が自民党から追い出した郵政民営化反対派議員を自民党に復党させた。
これで小泉氏と安倍氏の関係は決定的になる。小泉シンパである中川秀直幹事長と安倍総理の間には絶えず隙間風が吹き続けた。「お友達内閣」と揶揄された第一安倍政権には閣僚のスキャンダルが絶えず、2007年の参議院選挙で自民党は大敗する。衆参ねじれが生まれ、安倍政権は予算以外の法案を成立させることが出来なくなった。
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