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母子の後ろ姿だけで「川に飛び込むのでは!」と判断、2人を救った男性のスゴ技

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
とっさの判断で母子を救い出す男性=中国中央テレビのサイトより筆者キャプチャー

 中国広東省広州の橋から飛び降りようとした母子を、バス運転手が間一髪で救い出した――この緊迫した場面を収めた動画が中国の内外で拡散している。この運転手は過去にも人助けで表彰されてきた人物。中国に限らず、他者への無関心が問題視されるなかで、運転手の行動は「ヒーロー」とたたえられている。

◇欄干に右足を乗せた母親

 地元紙・広州日報などの情報を総合すると、広州で今月21日、地元バスグループの運転手、張志徳さんが路線バスを運転して幹線道路を走っていた。午後5時ごろ、珠江大橋を通過する際、バスの進行方向右側(中国は車が右側を通行)の路肩を、子供を連れた女性が歩いているのに気づいた。張さんは違和感を抱いて減速し、母子の近くにバスを停めた。

 ドライブレコーダーが撮影したとみられる映像をみると、バスの停車とともに前方ドアが開けられ、その先で母親が子供を両手で抱きかかえ、橋の欄干に近づいている様子が映し出されている。その時、バスの中には張さんとみられる「おい!」「おい!」という声が鳴り響いている。

 次の瞬間、張さんは運転席から飛び出るようにして母子に向かって突進した。その時、母親は欄干に右足を乗せた状態になり、今にも転落しそうな状態だった。張さんは母親に飛び掛かり、2人を橋の内側に引きずり込んだ。その様子を見た乗客も次々に降り、母親や子供を介抱した――。

 車を止めてから10秒にも満たない、まさにとっさの判断で、親子の命を救った。張さんは母子をバスに乗せ、母親をなだめて、正気に戻らせたという。その後、「二度とこんなことはしないように」と言い聞かせ、地元の警察に保護をゆだねた。

 張さんは後日、地元メディアのインタビューに、次のように答えている。

「バスを降り、とっさに母子を抱きかかえました。あの一瞬でふたりを引き戻せなければどうなっていたか……。次の瞬間には母親の左足も橋を越えていたかもしれません。私の足場はしっかりしていなかったので、そうなれば3人とも珠江に転落していたかもしれません」

◇「子供を守ることさえ考えていない」

 映像を見ただけでは、張さんがなぜ、母子の後ろ姿を見ただけで「違和感を抱いた」のか、はっきりしない。この点について、張さんは今月27日に地元の市民団体からの表彰を受けた際、次のように振り返っている。

「あの幹線道路で、あのように歩いている人を見たことがありません。ましてや子供を連れて歩いているのはなおさらです。それに、母親は交通安全に対する意識が全くなく、歩いている間、周囲の車に気を配るどころか、川のほうを見ていて、子供を守ることさえ考えていないようすでした」

 細心の注意を払って得た視覚情報と、自身の経験を照らし合わせた結果、抱いた「違和感」だったというわけだ。

「そして母親が再び、川の方を見つめた時、私は『彼女は何か、悪い考えを持っているのかもしれない』と気づいたのです」

 張さんがブレーキをかけた時、母親は子供を抱きかかえようとしていたが、うまくいかず、もう一度、抱え上げた瞬間、張さんが飛びついた。

 この映像は瞬く間に中国のインターネット上に拡散した。

 中国版ツイッター「微博(ウェイボー)」上では張さんの行動を讃える書き込みが相次いでいる。「感動した!」「電光石火」「ヒーローにふさわしい」

 中国ではかつて、交通事故で重傷を負った人の横を素通りしたり、倒れている人がいても無視したりするような例が相次いでいた。善意を持って近づいた人が逆に「お前のせいでこうなったのだ」と言いがかりをつけられて脅迫される例もあった。ネット上でも今回の件と対比して「助けを必要としている人を見かけた時、あなたは助けに行きますか? いまの社会では人を助けることに消極的な人が多く、手を貸すよりも見ているだけ」と憂える声が出ている。

 張さんは過去にも、電動自転車のそばで倒れていた配達員の少年や、運転中に体調不良を起こしたドライバーらを助けたことで広州の交通当局から表彰されている。インターネットメディア「網易新聞」は「張さんは、人の役に立つならどんなに些細なことでも実行に移すことを習慣にしていた。このような資質はまさに、われわれに欠けているものである」と論評している。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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