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アフリカ・ブームの国際政治経済学 5.テロと政治変動のリスク(2)

六辻彰二国際政治学者

社会不満を暴発させる背景 (2)貧困や格差の可視化

次に、「不公正」が社会に存在しても、それを認識できなければ、社会的な不満は増幅しにくい。政府高官の間に汚職が蔓延し、貧富の格差が大きいことは、ナイジェリアや北アフリカ諸国だけでなくアフリカ全体で以前からあった現象である。それでは、なぜ以前からあった現象が、突如としてテロや政治変動を呼び起こす原因となったのか。

成長と貧困が併存する大陸(2)」で述べたように、「最後のフロンティア」となったアフリカが従来にない経済成長を実現し、国レベルで成長しながらも、ジニ係数やインフレ率の悪化からは、その恩恵が行きわたっていないことがうかがえる。つまり、アフリカの多くの人は、これまでより貧困や格差を実感しやすい状況があるといえる。

これに関連して重要なことは、「自分の直面する貧困や格差が、社会的な不公正に少なからず由来している」と低所得層が認識することは、ICTが発達した今日では、さほど難しくないことである。「アフリカ・ブームの現状と背景(1)」で触れたように、ICTはアフリカでも加速度的に普及している。例えばナイジェリアでは、2012年段階での携帯電話契約者数が100人中67.7人にのぼる(World Bank, World Development Indicators Database)。ナイジェリアに限らず、2000年代初頭までアフリカの農村部では、情報収集の手段は国営ラジオなどに限られていた。ところが、ICTの普及は、遠距離のコミュニケーションを可能にしただけでなく、国内外の情報へのアクセスを一気に高めた

ICTの普及は社会の不公正を広く伝達するプラットフォームになり得る。それは民主主義において有効なツールになり得る一方、社会不満を増幅させる契機にもなり得る。貧困や格差に対する不満は、自らと他者を対比させることで、初めて生まれる内外の多くの情報にアクセスできる状況は、この対比を容易にする。日常生活で経済成長の恩恵を感じにくいなか、政府高官やそれと癒着した企業のニュースが洪水のように流れる状況が、既存の社会全体に対する不満を増幅させたとしても不思議ではない。

不公正に由来する貧困と格差が可視化されるなか、現代のアフリカでは、テロの拡散と政治変動は紙一重といえる。欧米諸国で時折みられる、イスラームそのものが自由や民主主義に否定的な価値観を含んでいるという主張は、必ずしも経験的データに符合しない。図5-4からは、アフリカにおいても民主主義の価値に肯定的なムスリムが総じて多いことが見て取れる。ただし、テロ活動に向かったボコ・ハラムと、ムバラク政権の崩壊を主導したムスリム同胞団は、そのいずれもがイスラーム系団体であることを除いても、対面のコミュニケーションだけでなくICTを通じて貧困層に訴え、これを糾合できるイデオロギーあるいは信条と、支持者を動員できる物質的基盤を備えた組織である点で共通する

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それらの組織の行動パターンは、政府による抑圧の程度や民主的選挙に参加できる可能性によって左右されるといえる。仮にこれらの組織が、その目的を達成するうえでの民主的な手法の可能性に悲観した場合、冷戦終結後に自動小銃などの小型武器が商品として取り扱われるようになり、「需要のあるところに供給が発生する」という市場メカニズムに基づき、これらが政情不安定なアフリカに流入する状況に鑑みれば、テロ活動に向かう物質的ハードルは限りなく低くなるといえる。

テロ組織の拡散に対する内外の反応

「豊かさを感じにくい成長」と政府による恣意的な支配が珍しくないアフリカでは、今後ともテロと政治変動が頻発する可能性が否定できない。この観点から、テロと政治変動は、アフリカにアプローチする域外国にとって共通するリスクといえる。それでは、このリスクに諸外国はどのように対応しているか。以下では、なかでも外国人が直接的な危険にさらされるテロについて取り上げる。

ナイジェリアに限らず、多くの場合テロリストの標的は自国の政府・公的機関であるが、それらと関係をもつ外国企業や、「他者」の文化を受け入れた同胞へも拡大する。そのため、アフリカへのアプローチを強める各国は、アフリカの治安に重大な関心を払っている。「『新たな争奪戦』(1)」で述べたように、2000年代に入って米国やフランスが国連PKO活動だけでなく、アフリカ各国政府との個別の軍事協力を強化している一方、「中国の衝撃(1)」で述べたように、中国も国連PKO活動を通じてアフリカの安定への関与を強めている。西側先進国と中ロの間では「アフリカで経済活動を安定して行えること」が共通の利益となっているため、イラクやシリアと異なり、両者が対テロ戦争をめぐって対立する状況には乏しいといえる。

アフリカ各国政府もテロの脅威に直面している点では同様で、この面で地域内部の協力も活発化している。内戦の嵐が吹き荒れた1990年代以降、アフリカではAU(アフリカ連合)の他、ECOWAS(西アフリカ諸国経済共同体)やSADC(南部アフリカ開発機構)といった地域機構による安全保障協力が進んできた 。外部の軍隊が駐留することに警戒感が強いアフリカでは、国連PKO部隊を受け入れる場合でも近隣諸国からの方が受け入れられやすい。他方、先進国にとっても、自国が直接介入するより、アフリカ内部の取り組みを支援する方が、軍事的コストだけでなく、政治的・経済的コストが安い

そのため、対テロ戦争においてアフリカ諸国が先進国と協力することは稀でない。2013年1月のマリ軍事介入の場合には、4,000名のフランス軍とともにECOWAS加盟国を中心に8,000名のアフリカ各国の兵員がマリに展開したが、その中核を担ったのは2,400名のチャド軍であった。また、アル・シャバーブによる攻撃にさらされるソマリア政府は、米国とともにエチオピアとケニアが支援してきた。

とはいえ、各国の軍事的な対応は、基本的に事後的なものとなりやすい。そのため、事前にリスクを把握したい民間企業の需要に応える形で、各国の軍隊出身者からなるPMC(民間軍事企業)の活動の場も広がりをみせている

1990年代にアフリカでは内戦が頻発したが、自国軍隊の忠誠心や能力に問題がある場合、各国政府が反政府勢力の鎮圧、要人警護、軍隊の訓練などにPMCを利用する状況が頻発した。これが国際法で禁じられている傭兵にあたるのではないかという批判が噴出したが、2000年代のアフガンやイラクで米軍の死傷者が相次ぐなか、その代替として米国政府によって本格的に活用されるに至った。

米国防省との密接な関係で有名な米国ブラックウォーター(Blackwater)の元社員が2011年5月に創設したジェリーフィッシュ(Jellyfish)は、各国政府や企業などのクライアントにテロなどに関する情報・分析を提供するインテリジェンス企業である。そのウェブサイト上での宣伝文句は、「ジェリーフィッシュは業務への経済、政治、軍事的脅威に関するよりよい理解を支援する、イノヴェイティヴな分析を提供します」。限りなく諜報機関に近い民間企業であるだけに、その全容は不明な点が多いが、同様の企業が相次いで設立される状況からは、テロが頻発する地域で操業する民間企業が、その需要を生んでいることをうかがえる。

「対処療法」からの脱出は可能か

アフリカにアプローチする各国にとって、テロは直接的な脅威になり得るだけに、以上のような反応は不思議でない。しかし、これらはいずれも、いわばテロという社会病理に対する「対処療法」といえる。すなわち、テロの背景に、「豊かさを感じにくい成長」のなかで不公正に由来する貧困と格差への不満があることに鑑みれば、その緩和がなければ、テロや政治変動といったリスクを軽減することが困難である

その意味で、汚職対策をはじめとする不公正の是正や、貧困層の生活改善は、迂遠ではあっても、テロや政治変動を抑制するうえで欠かせない。ところが、これらはいずれも、基本的には各国政府自身によって改善されるべき問題である。「成長と貧困が併存する大陸(2)」で述べたように、もともと政府としての統治能力が乏しく、さらに「資源の呪い」に魅入られている国が多いアフリカにおいて、それは容易でない

この観点から、西側先進国を含む諸外国にとって、アフリカにおける貧困や格差の是正に協力することは、自らの安全にとっても重要な課題といえる。2000年代以降における西側先進国の開発協力のトレンドである「貧困削減」は、人道的な観点からだけでなく、テロ対策や政治的安定といった文脈からも、意義を見出すことができる。さらに、援助とリンクさせる手法はさておき、欧米諸国が透明性の向上などガバナンスの改善をアフリカ諸国に求めてきたことは、この点において必要性を見出すことができよう。

ただし、やはり「成長と貧困が併存する大陸(2)」で述べたように、「最後のフロンティア」としての関心が高まるにつれ、諸外国自身がアフリカにおける「資源の呪い」を促しがちである。そして、競争が激しくなるほど、アフリカ各国政府にとって耳触りのよくないテーマは、語られにくくなる。2007年の第1回アフリカ・EUサミットでは、「新興ドナー」としての中国の台頭を念頭に、ポルトガルなどヨーロッパ諸国のなかからも、援助に関する政治的な条件付けを緩和する可能性について言及されている。

さらに、アフリカにおいて対テロ戦争が本格化するほど、「対処療法」に追われるなかで、欧米諸国にもともとあったダブルスタンダードは、より顕著とならざるを得ない。2013年にマリへフランス軍の兵員を派遣したチャドや、軍閥の脅威に直面するソマリア政府を支えるエチオピアでは、実質的な競争のない選挙しか実施されておらず、これらは決して民主的な国といえないが、欧米諸国から国内政治に関する要望はほとんど出されない。つまり、アフリカのなかには、対テロ戦争に積極的に参加することで、安定した投資環境を生むことに貢献し、地域内部の存在感を高めるだけでなく、欧米諸国から一種の免罪符を手に入れる国もあるといえる。

相手国内部の政治問題より対テロ戦争での協力を重視する判断は現実的ともいえるが、他方でこれが対テロ戦争に協力的な国のなかで、テロや政治変動の土壌を生む側面も否定できない。例えば、チャドでは1991年から20年以上大統領の座にあるイドリス・デビーのもと、イスラーム系武装組織だけでなく、野党も抑圧の対象となっている。さらに、2003年からの原油の商業生産にあたって、世銀からの融資でパイプラインを建設した際、世銀から提示された「原油収入の一部は将来世代のために積み立てること」という条件を一旦了承し、そのための基金を設置したにも関わらず、原油生産が始まった後の2006年に基金を廃止した。一方で、チャドではその間に軍事予算がほぼ10倍に膨らんだ。すなわち、西側先進国の黙認のもとでチャド政府自身が「資源の呪い」に陥り、国内で反政府的な気運を高めているといえる。

その意味で、軍事的対応を中心とするテロ対策は、それ自体の必要性は否定できない反面、テロの頻発の背景にある「不公正に由来する貧困と格差」を再生産する側面をはらんでいる。これに鑑みれば、相手国政府が「資源の呪い」に陥り、貧困や格差を解消する能力や意思を備えていない場合でも、「政府が国民を代表する機関である」という紋切り型の理解で、これとのみ密接な関係をもつことにはリスクがある。カダフィ政権と結びつき、リビア国内で油田の操業をしていた中国系企業が、新体制の発足にともないその権益の多くを失ったことは、西側先進国にとっても他山の石とすべきケースといえる。すなわち、民間企業にテロや政治変動へのリスクを全て負わせることは困難であり、アフリカへの進出を強めるならば、政府による自国企業へのサポートが不可欠であろう。

その場合、諸外国政府には、一方で貧困や格差を改善するための開発協力などを強化することで、アフリカ各国の政治的な安定を間接的にバックアップしながらも、他方で汚職防止のための透明性の改善など相手国政府にとって耳の痛い要望も伝え、さらに相手国の国民に幅広く直接アプローチして、自国企業あるいは自国そのものが‘敵’と認知されにくくするよう働きかけることが求められる。それはアフリカの安定と発展に寄与すると同時に、アフリカにおける自国企業の活動を促進することでもある。この点を踏まえて、最終章では日本の対アフリカ・アプローチを検証していく。

アフリカ・ブームの国際政治経済学 6.日本の対アフリカ・アプローチ(1)に続く

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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