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世界最大のベンチャー基地 パリ STATION F

鈴木春恵パリ在住ジャーナリスト
貨物駅が世界最大のベンチャー基地に変身(以下写真はすべて筆者撮影)

「ベンチャー」「スタートアップ」と聞くと、門外漢である私などは、アメリカのシリコンバレーあたりの遠いところのお話かとまず思う。

だが意外にも、世界最大のベンチャー基地は、それこそ我が家から30分ほどで行けるパリ13区にあった。

昨年6月29日、新しい時代の到来を予感させる就任ほやほやのマクロン大統領を迎えてスタートした「STATION F(スタシオン・エフ)」がそれで、稼働開始から1年がたち、初年度を振り返るレポートが発表された。

「起業家はステレオタイプではない」という言葉から始まる所長メッセージはこう続く。

「起業家と聞くと、私たちはフードを被った20代の若者(男性)、例えば大学をドロップアウトして昼も夜もコンピュータのプログラミングをしているような姿を想像するかもしれない。だが、STATION Fにいる起業家たちは様々なプロフィールを持っている。大多数が30代で女性も多く、世界各地から集ってきている…」

そう聞いて、何やらぐっと自分との距離感が狭まったような気がして、百聞は一見にしかずとばかりSTATION Fを訪ねてみることにした。

場所はパリの中心から東にセーヌを遡った13区、ガラスばりの4つの塔がそびえる新国立図書館を始め長いこと再開発が続いている地区にある。施設はかつての貨物駅を大改装したもので、STATION の名前は元々の建物に由来している。では、F(エフ)はどこからきているかというと、1929年にこの駅を設計した構造エンジニアEugene FREYSSINET(ウージェーヌ・フレシネ)の頭文字。当時としては斬新なセメントを使い、しかもごく薄くなめらかにアーチを描く構造などは建築史上でも特筆すべきものであるがゆえに、駅としての役目を終えて取り壊しの計画が持ち上がったものの、歴史的建造物に指定されて生き延びたという。時にファッションショーの舞台になったりするほかは長いこと放置されたままだったのが、2013年に実業家Xavier Niel(グザヴィエ・ニール)が買い取った。この彼、インターネットと電話のfreeの創始者で、フランスの孫正義にもたとえられるIT時代の成功者だ。かねてから世界規模でベンチャー投資を展開してきたが、ほぼ廃墟同然だった巨大な建物を買い取り、世界最大の基地として再生させたというわけだ。

再開発が続く地区にできたSTATION F。左奥の建物が新国立図書館
再開発が続く地区にできたSTATION F。左奥の建物が新国立図書館
STATION Fの内側
STATION Fの内側

敷地面積は34000平方メートル。およそ1000のスタートアップが厳しいセレクションをくぐり抜け、5000人ほどが「入居」している。デスク1つにつき毎月195ユーロの使用料というのが基本だが、いわゆるコーワーキングスペースとは違う。すでに実現しつつある企画を持っていて、副業ではなくその企画にフルタイムで取り組んでいることが条件。1年間で11271件の応募があったうち実際に入居できたのは9パーセントという狭き門ぶりは、ここに集うスタートアップたちがいかに魅力的で将来の展望が期待されるビジネスの種を持っているかを物語っている。またフランスだけでなく、アメリカ、イギリス、中国、インド、ドイツ、スペイン、カナダ、ブラジル、ナイジェリア、ベルギー、つまり世界中から有望なスタートアップたちが集うのには、それだけの魅力がある。

ここには、政府系機関、上級ビジネススクールのほか、マイクロソフト、フェイスブックといったITの巨人、LVMH、ロレアルなどフランスを代表する企業グループ、さらに投資機関などが名を連ね、スタートアップの活動を支援し、資金提供の用意もある。

さて、実際に施設を訪れた第一印象は、「静か」なこと。ヴァカンスが開けてようやく新年度がスタートするかという時期だったせいもあるが、建物の中央が巨大な吹き抜けの空間になっていて、フルに人が入ったとしても、密集した感じは受けないと「入居者」は言う。

施設は大きく3つのエリアに分かれている。

施設に入るための関所。時節柄、施設の性格上、セキュリティにはことのほか気をつかっている様子だ
施設に入るための関所。時節柄、施設の性格上、セキュリティにはことのほか気をつかっている様子だ

最初のゾーン「シェア」は、オープンステージ(150人収容)、半地下のマスターステージ(350人収容)などイベントスペースやパートナーとしてスタートアッパーたちを支援する機関が入っている。このゾーンは予約制で一般のアクセスも可能。初年度は63821人の訪問者があったそうで、王族や国家元首、ITの重鎮たちもたくさん名を連ねている。

「シェア」ゾーン。中央にイベントスペースがあり、建物の両サイドがワークスペースになっている。
「シェア」ゾーン。中央にイベントスペースがあり、建物の両サイドがワークスペースになっている。

2つ目が「クリエイト」ゾーンで、ここがスタートアッパーたちの仕事場。コンテナの形をしたミーティングルームのほかは全くのオープンスペースになっていて、ところどころにゲーム機やリラックスゾーンがあるのが面白い。

「クリエイト」ゾーン
「クリエイト」ゾーン
コンテナキューブの中はミーティングルーム
コンテナキューブの中はミーティングルーム
インテリアデコレーションとしても効果的なチェスセット
インテリアデコレーションとしても効果的なチェスセット
ワークスペースの合間にあるゲーム機
ワークスペースの合間にあるゲーム機
吹き抜け空間の真ん中にあるリラックスゾーン
吹き抜け空間の真ん中にあるリラックスゾーン
シャレもきいています
シャレもきいています
村上隆作品を始め、最先端アートが点在
村上隆作品を始め、最先端アートが点在

3つ目は、今年6月にようやくオープンしたレストランゾーン。イタリアン、ハンバーガー、グリル、カフェテリア、バーなどがあり、それぞれが好きなものを選び好きな席で楽しめるパリでは画期的なフードコートスタイルだ。しかも全部で1000席という吹き抜け空間はかなり新鮮。一般に開放されているので、パリの食の新名所にもなっている。

巨大なレストランゾーン「LA FELICITA(ラ・フェリシタ)」
巨大なレストランゾーン「LA FELICITA(ラ・フェリシタ)」
一般の入場は「シェア」ゾーンとは逆のサイドから。こちらはぐっと陽気な雰囲気だ
一般の入場は「シェア」ゾーンとは逆のサイドから。こちらはぐっと陽気な雰囲気だ
トラットリアの定番パスタは、手打ち風の本格麺で食べ応え十分
トラットリアの定番パスタは、手打ち風の本格麺で食べ応え十分
カフェテリアには目移りするほどのパティスリーが
カフェテリアには目移りするほどのパティスリーが
レストランゾーンにある「図書室」。ここでも食事ができるが、仕事場として利用しているスタートアッパーたち多し
レストランゾーンにある「図書室」。ここでも食事ができるが、仕事場として利用しているスタートアッパーたち多し

前回ご紹介した「アンチカフェ」は、じつはこのSTATION Fの「シェア」ゾーンの一角に入っている一軒。もちろん一般の人でも利用できるが、スタートアッパーたちの仕事場の延長といった性質もあるので、ただいま孵化中、将来色鮮やかに大きな羽根広げるかもしれない人たちが醸し出す空気感を肌で感じられる場所なのだ。

次回は、実際に今STATION F を基地にしているスタートアッパーたちをご紹介したいと思う。

パリ在住ジャーナリスト

出版社できもの雑誌の編集にたずさわったのち、1998年渡仏。パリを基点に、フランスをはじめヨーロッパの風土、文化、暮らしをテーマに取材し、雑誌、インターネットメディアのほか、Youtubeチャンネル ( Paris Promenade)でも紹介している。

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