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パリのカフェが変わる? -Anticafe アンチカフェ-

鈴木春恵パリ在住ジャーナリスト
新しいコンセプトによる「アンチカフェ」店内(写真はすべて筆者撮影)

8月下旬のとあるウィークデイ。フランスのながーい長いヴァカンスシーズンもようやく終わろうかというこの時期、人口密度が極端に低くなっていた都会にぼちぼちと人々が戻り、世の中が再びゆっくりと動き出すのを感じる。

ところが、待ち合わせをしたとあるカフェには、そんな巷ののんびりムードとは違い、すでにフル回転で活動をしている人々の姿があった。カフェの名は「Anticafeアンチカフェ(eの上にアクサンテギュ)」。2013年に誕生してからパリに7か所店舗を構えるまでに成功している新しいタイプのカフェだ。

迎えてくれたのはアンヌ=ローさん。アンチカフェのコミュニケーション・マーケティング担当の女性だ。

アンチカフェのアンヌ=ローさん
アンチカフェのアンヌ=ローさん

「アンチ」という店名が象徴する通り、コンセプトは従来のカフェとは異なる視点から発想されている。

「創業者のレオニ・ゴンジャロフが学生のころ、勉強するのにいい環境のカフェがなかったことから始まっているのです」

アンヌ=ローさんはそんなふうに話を始めた。

「和やかで、温かい雰囲気のカフェ。トラディショナルなカフェでは、飲み物の料金を払いますが、ここでは滞在時間に対して支払いをするというのが大きな違いです」

具体的に言うと、1時間5ユーロ(約650円)の料金を支払えば、飲み物、お菓子、スナック類、Wi-Fi、プリンター、電源などを好きなだけ利用できるというシステム。お給仕のギャルソンはいないセルフサービスで、食器も自分で下げるというシステムだが、逆に言えば、煩わされることなく好きなだけそこに居られるという心地よさがある。

まずはカウンターで飲み物をオーダー。この時、時刻を記録したカードが渡されて、帰りにそのカードを返す時点で滞在時間に応じた料金を支払うシステム
まずはカウンターで飲み物をオーダー。この時、時刻を記録したカードが渡されて、帰りにそのカードを返す時点で滞在時間に応じた料金を支払うシステム
トースト、スナック、フルーツなどが並んだコーナー。セルフサービスで利用できる
トースト、スナック、フルーツなどが並んだコーナー。セルフサービスで利用できる
冷蔵庫の中には、冷たい飲み物、ジャムやバター、そしてちょっとしたサラダが作れる材料も揃っている。
冷蔵庫の中には、冷たい飲み物、ジャムやバター、そしてちょっとしたサラダが作れる材料も揃っている。

1店舗目はポンピドゥーセンターのある界隈、2店舗目はルーブル美術館近く。最初は小さくともとにかくパリの中心から始め、認知度が高まるにつれて大学のキャンパスやビジネス街のラデファンス地区から声がかかり相次いで出店。店舗の大きさも拡大してきたという。

利用者は、ルーブル店ならばアーティストやツーリスト、ラデファンス店ならサラリーマンなどが比較的多いという立地による多少の差はあるものの、共通しているのはフリーランスで仕事をしている人、学生、企業家、そしてテレワーカーが多いこと。2013年のスタートから5年経って、特にテレワーカーとよばれる人たちが増加しているのを感じるとアンヌ=ローさんは言う。

「週末は普通のカフェと同じように、友達と待ち合わせておしゃべりしたりコーヒーを飲みにくるという人が多いですが、ウィークデーは50パーセントの人が、仕事をするためにここに来ます。若い人は特に、パリの外で働くよりも、パリの中でフレキシブルな場所を求めてると思います。コーワーキングという施設も最近の傾向ですが、ここは予約も要りませんし、閉ざされた空間ではありません。たとえば、グラフィストが仕事をしているそばにスタートアップの人が座っていて、その人がたまたまプロジェクトのためにグラフィストを探しているかもしれない。そんな交流のある場所です。

5年前にもカフェで仕事をすることはあったと思いますが、それがハイブリッドな場所でモードになっているというこの風潮は、私たちが作ったものだと思います」

店内には様々な雰囲気のコーナーがあり、プリンター、本やゲームも備え付けてある
店内には様々な雰囲気のコーナーがあり、プリンター、本やゲームも備え付けてある
体を伸ばしてリラックスできるコーナーも
体を伸ばしてリラックスできるコーナーも

コーヒーのクオリティとデザインは大事、ともアンヌ=ローさんは言う。

こちらのコーヒーは、パリのコーヒーブームの中心になった「COUTUME(クチューム)」によるもので、アンチカフェ用にスペシャルブレンドを作ってもらっている。それを専門のバリスタが淹れるというもので、たしかに街場の気の抜けたカフェで出てくるコーヒーよりも格段に美味しい。

パリのコーヒー専門店「クチューム」によるスペシャルブレンド。カップも洒落ている
パリのコーヒー専門店「クチューム」によるスペシャルブレンド。カップも洒落ている
紅茶の銘柄にもこだわりが感じられる
紅茶の銘柄にもこだわりが感じられる
テラス席の灰皿には淹れた後のコーヒーを利用。臭い消しの効果もある。
テラス席の灰皿には淹れた後のコーヒーを利用。臭い消しの効果もある。

店舗デザインは、1店舗目からすべてBonkersLabによるもので、それぞれの場所のアイデンティティをもたせつつ、カラフルでウッディな造りが共通項になっている。コンセプトはパリだけでなくエクサンプロヴァンス、リヨン、ボルドー、ストラスブールにも広がり、さらにローマにも出店。秋にはパリでの8店舗目が予定されているが、建物の3フロアを使ったものだそうだから、発展ぶりには目をみはるものがある。

ところで、1時間5ユーロで飲み放題、つまむ程度のものとはいえ食べ放題と聞けば、いったいこれで採算がとれるのかと老婆心が湧く。

「利用者はみなさん節度がありますので、それほど心配することはありません。ただ採算面でいえば、一般利用の他に、コーポレート使用がもう一つの柱になっています。店舗には必ず貸切可能なスペースを設けていて、そこを会議やセミナー、あるいはヨガのレッスンなどにも使っていただけます。また、この秋からはプリペイドカードを導入する予定で、すでに大企業がまとめてカードを購入しています」

企業はカードをコラボレーターやテレワーカーに配り、どのアンチカフェでも仕事ができるように便宜をはかるという目的のようだ。

さて、パリのカフェといえば、サルトルどボーヴォワールを引き合いに出すまでもなく、一時代を築いた人たちが集う場所。歴史の残り香を辿るような気持ちで世界中の旅人が訪れる有名カフェがあるいっぽうで、こんなふうに新しい現在進行形のカフェがある。文人、芸術家、今ならスタートアッパー。集う人の肩書は違えども、そこから何かが生まれる。昔も今もカフェがパリの文化を育む大事な場所であることは間違いない。

貸切にできるスペース。壁のランプなど、最新流行が取り入れられている。
貸切にできるスペース。壁のランプなど、最新流行が取り入れられている。
化粧室への通路もデザイン空間
化粧室への通路もデザイン空間
パリ在住ジャーナリスト

出版社できもの雑誌の編集にたずさわったのち、1998年渡仏。パリを基点に、フランスをはじめヨーロッパの風土、文化、暮らしをテーマに取材し、雑誌、インターネットメディアのほか、Youtubeチャンネル ( Paris Promenade)でも紹介している。

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