シリアで大統領選挙をめぐって多数が逮捕:誰が何のために?
5月26日に投票が行われ、バッシャール・アサド大統領が再選を果たしたシリア大統領選挙。その直後に、複数の反体制メディアは大規模な逮捕が行われたと伝えた。
シリア政府を「独裁体制」、「犯罪者体制」と非難する反体制系メディアの報道だけに、自由と尊厳のため、アサド大統領の再選に抗った無垢の市民が、軍・治安部隊の暴力に晒されたといういつもの喧伝かと思われた。
しかし、実際は違った。
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「シリア革命」最後の牙城の支配者は…
弾圧が行われたのは、「シリア革命」最後の牙城とされる北西部イドリブ県のいわゆる「解放区」。
同地は、シリアのアル=カーイダであるシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)がほぼ軍事・治安権限を掌握し、トルコの庇護を受ける国民解放戦線(シリア国民軍、Turkish-backed Free Syrian Army (TFSA))、「穏健な反体制派」として知られたイッザ軍、新興のアル=カーイダ系組織であるフッラース・ディーン機構といった武装勢力が活動している。そして、これらの勢力の軍事的傘のもとで、シャーム解放機構によって自治を痛くされているシリア救国内閣、各地元の評議会などが統治を行っている。
大統領選挙を拒否するデモ
イドリブ県では、大統領選挙投票日当日の5月26日、中心都市であるイドリブ市のサブア・バフラート交差点で、「アサドとその選挙に正統性はない」と銘打ったデモが行われ、国内避難民(IDPs)を含む数百人が参加し、大統領選挙に反対を表明するとともに、体制打倒や「シリア革命」支持を訴えた。
シャーム解放機構の活動を宣伝するイバー・ネットは、デモの様子を撮影した写真多数を掲載した。
「市民ジャーナリスト」として知られるハーディー・アブドゥッラー(ハーディ・アル=アブドッラ、ハディ・アブドラ)は、ツイッターのアカウントで次のようにデモを絶賛した。
しかし、抑圧と苦痛を味わったのは、デモ参加者でも市民ジャーナリストでもなかった。
多数の住民が逮捕
英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団によると、サルキーン市で、シャーム解放機構の治安部隊である総合治安機関が5月28日、大統領選挙期間中にアサド大統領を支持するビデオ映像をネットで公開していた男性を逮捕したのだ。
また、5月29日には、反体制サイトの一つイナブ・バラディーが、シャーム解放機構の総合治安機関が、大統領選挙期間中にシリア政府を支持する言動をとったとされる住民多数を「解放区」各所で逮捕していると伝えた。
同サイトによると、シャーム解放機構は、サルキーン市のほか、ダーナー市、ハーリム市、ダルクーシュ町からジスル・シュグール市一帯にいたる地域に部隊を派遣し、検問所を増設し、車輌や通行人に対する検問を強化、逮捕を行った。
また、シリア人権監視団によると、逮捕は5月30日にも続けられ、その範囲はイドリブ市にも拡げられたという。
シャーム解放機構は、この弾圧に対して当初コメントを控えていたが、5月30日、総合治安機関がフェイスブックなどを通じて、29日に早朝から、サルキーン市、ジスル・シュグール市、そして両市周辺で「犯罪者体制の手先とその元締め、容疑者」に対する治安活動を実施していると正式に発表し、その様子を撮影した写真多数を公開した。
「シリア革命」は、抑圧と監視によって他者の意見を排除し、封じ込めてきた独裁体制を打破するために始められたはずである。「シリア体制とロシアのスリーパー・セルと内通者の摘発」などと言えば聞こえは良いが、10年間の闘争の末に得た「解放区」を死守するために行われているのは、活動家たちが忌み嫌っていた抑圧と監視そのものである。