シリア:大統領選挙の立候補者届出期間が終了、アサド大統領以外の有力候補者、そして注目候補者は?
女性7人を含む51人が大統領選挙に立候補
シリアで4月28日、大統領選挙の立候補者届出期間が終了、ハンムーダ・サッバーグ人民議会(国会)議長は、女性7人を含む史上最多の51人が届出を提出したと発表した。
サッバーグ人民議会議長は4月18日に召集した2021年第2回特別会第1会合で、5月26日に大統領選挙の投票を実施するとしたうえで、4月19日から28日までの10日間、立候補者の受付を行うと発表、希望者に最高憲法裁判所に届出を行うよう呼びかけていた。
大統領選挙の仕組み
2014年の前回大統領選挙では、現行憲法(2012年)のもとで初めて実施され、バアス革命(1963年)、ハーフィズ・アサド政権発足(1970年)以降初めて、複数(3人)が立候補し、バッシャール・アサド大統領が10,319,723票(88.7%)を獲得して圧勝していた。
なお、ハーフィズ・アサド前政権のもとで制定された旧憲法(1973年)においては、大統領選挙は、最大与党であるバアス党が候補者を指名し、これに対して有権者が信任投票を行う仕組みだった。だが、現行憲法では、複数の立候補者が争う仕組みを採用している。
なお、大統領選挙にかかる現行憲法の規定は以下の通りである。
(現行憲法の全文については「シリア・アラブの春顛末記」を参照されたい)
立候補者一覧
立候補者は届け出順に以下の通りである。
- アブドゥッラー・サッルーム・アブドゥッラー:1956年3月4日生まれ、カズル・マズラア村(アレッポ県)出身、男性(4月19日届出)
- ムハンマド・フィラース・ヤースィーン・ラジューフ:1966年6月13日生まれ、西マッザ・ヴィーラート地区(ダマスカス県)出身、男性(4月19日届出)
- ファーティン・アリー・ナハール:1971年10月17日生まれ、ダマスカス県出身、女性(4月20日届出)
- ムハンナド・ナディーム・シャアバーン:1980年5月12日生まれ、メッカ(サウジアラビア)出身、男性(4月21日届出)
- ムハンマド・ムワッファク・サウワーン:1974年3月18日生まれ、ジャウバル区(ダマスカス県)出身、男性(4月21日届出)
- バッシャール・ハーフィズ・アサド:1965年9月11日生まれ、ダマスカス県出身、男性(4月21日届出)
- アフマド・ユースフ・アブドゥルガニー:1966年5月9日生まれ、スーク(県不明)出身、男性(4月22日届出)
- ナーヒド・ムハンマド・アンワル・ウユーン・ダッバーグ: 1972年1月3日生まれ、ダマスカス県出身、女性(4月22日届出)
- ムハンマド・サーリフ・アスアド・ハーッジ・アブドゥッラー: 1973年2月11日生まれ、ダマスカス県出身、男性(4月22日届出)
- アブドゥルハナーン・ハルフ・バダウィー:1965年1月8日生まれ、ワクファ(県不明)出身、男性(4月22日届出)
- マフムード・アフマド・マルイー: 1957年6月18日生まれ、タルフィーター村(ダマスカス郊外県)出身、男性(4月22日届出)
- ハーリド・アブドゥー・クライディー:1966年8月3日生まれ、アール村(クナイトラ県)出身、男性(4月22日届出)
- スィナーン・アフマド・カッサーブ:1955年9月23日生まれ、ハマー県ミスヤーフ市出身、男性(4月23日届出)
- ムハンマド・ユースフ・ラマダーン:1965年11月10日、ハマー県サフサーフィーヤ村出身、男性(4月23日届出)
- アフマド・ハイサム・アフマド・マカーリー:1965年2月2日生まれ、ダマスカス県出身、男性(4月24日届出)
- ダアド・ムバーラク・カヌーア:1970年3月15日生まれ、サラミーヤ市(ハマー県)出身、女性(4月24日届出)
- ムハンマド・カーミーラーン・ムハンマド・ジャミール・ミールハーン:1967年2月8日生まれ、ダマスカス県出身、男性(4月24日届出)
- フサイン・ムハンマド・ティジャーン: 1961年2月6日生まれ、アレッポ市(アレッポ県)出身、男性(4月24日届出)
- イーナース・マルワーン・カワーディリー:1981年4月24日生まれ、ダマスカス県出身、男性(4月25日届出)
- ハーニー・アドナーン・ダッハーン:1957年3月23日生まれ、シャーム(ダマスカス県)出身、男性(4月25日届出)
- ムハンマド・ハムディー・サラーフ:1966年6月20日生まれ、マンスーラ(県不明)出身、男性(4月25日届出)
- ムハンマド・バッシャール・ムハンマド・ファーイズ・ヤースィーン・サッバーグ:1964年12月18日生まれ、ダマスカス県出身、男性(4月26日届出)
- ムハンマド・ハイダル・シュジャーア:1959年9月12日生まれ、ダマスカス県出身、男性(4月26日届出)
- ワリード・ナーズィム・アッタール:1952年7月5日生まれ、ハマー市(ハマー県)出身、男性(4月26日届出)
- ムハンマド・ガッサーン・アフマド・ジャザーイリー:1958年4月13日生まれ、シャーム(ダマスカス県)出身、男性(4月26日届出)
- アビール・ハビーブ・サルマーン:1964年7月18日生まれ、ダマスカス県出身、女性(4月26日届出)
- アンワル・シャッラーシュ・カッダーフ:1950年1月2日、生まれ、フラーク市(ダルアー県)出身、男性(4月26日届出)
- アフマド・ムヒーッディーン・ハッラーク:1945年8月7日生まれ、シャーム(ダマスカス県)出身、男性(4月26日届出)
- ムハンマド・ナースィル・アフマド・ビカーイー: 1963年7月15日生まれ、ラウダ(県不明)出身、男性(4月26日届出)
- ジハード・サーリフ・シュハイル:1974年12月1日生まれ、スバイハーン市(ダイル・ザウル県)出身、男性(4月27日届出)
- アニーサ・バシール・ハンムーシュ:1969年8月24日生まれ、ダマスカス県出身、女性(4月27日届出)
- サミール・アフマド・マアラー:1961年11月27日生まれ、クナイトラ市(クナイトラ県)出身、男性(4月27日届出)
- フサイン・ムハンマド・ジャースィム:1977年7月1日生まれ、マルハ村(ダマスカス郊外県)出身、男性(4月27日届出)
- ムハンマド・スライ・ムハンマド・ナビール・カンヌート: 1972年4月18日生まれ、ダマスカス県出身、男性(4月27日届出)
- ファーティマ・ウクラ・バルクー:1974年2月8日生まれ、ハサカ市(ハサカ県)出身、女性(4月27日届出)
- アマル・ムハンマド・バシール・カッドゥール:1976年3月17日生まれ、タルーダント(モロッコ)出身、女性(4月27日届出)
- アンワル・サジーア・ハサン:1974年1月1日生まれ、バーブ・ジャンナ(県不明)出身、男性(4月27日届出)
- アドナーン・アンワル・シュジャーア:1951年生まれ(月日不明)、ダマスカス県出身、男性(4月27日届出)
- シャーイシュ・フサイン・ハリーフ:1961年12月1日生まれ、ハルジーヤ(県不明)出身、男性(4月27日届出)
- タフスィーン・ファウズィー・ムハンマド:1957年1月22日生まれ、マヤーディーン市(ダイル・ザウル県)出身、男性(4月27日届出)
- ジャラール・アブドゥルカリーム・イブラーヒーム: 1980年6月19日生まれ、ラクバ村(ハマー県)出身、男性(4月27日届出)
- アフマド・ギヤース・ムハンマド・シャフィーク・サイダーウィー:1946年2月23日生まれ、ラタキア市(ラタキア県)出身、男性(4月28日届出)
- タリーア・サーリフ・ナースィル:1967年4月1日生まれ、カフティーン村(イドリブ県)出身、男性(4月28日届出)
- バシール・ムハンマド・バラフ:1931年生まれ(月日不明)、シャーム(ダマスカス県)出身、男性(4月28日届出)
- ハーリド・イーサー・イーサー:1962年3月10日生まれ、ザンマール町(アレッポ県)出身、男性(4月28日届出)
- ファーイズ・カマール・ジュハー: 1965年年11月29日生まれ、ジャウバル区(ダマスカス県)出身、男性(4月28日届出)
- ウィサームッディーン・アブドゥッラフマーン・ウスマーン:1973年5月2日生まれ、ダマスカス県出身、男性(4月28日届出)
- ムハンマド・ハビーブ・アルース:1949年2月15日生まれ、アルヤー(県不明)出身、男性(4月28日届出)
- ジャブル・マフムード・ハルーフ: 1954年2月15日生まれ、スリージス村(タルトゥース県)出身、男性(4月28日届出)
- ムイーン・アフマド・イブラーヒーム:1961年1月1日生まれ、ラーマ村(ラタキア県)出身、男性(4月28日届出)
- ハサン・ラビーフ・ルワイリー:1975年1月6日生まれ、バーリダ地区(ヒムス県ヒムス市)出身、男性(4月28日届出)
7人もの女性が立候補するのは、シリアの憲政史上今回が初めて。また51人という立候補者数も過去に例がない多さである。
有力候補は?
前述の現行憲法(第85条3)に定められている通り、立候補は、人民議会(定数250人)議員35人以上の文書による支持が得られない場合、受理されない。2020年7月の選挙で選出された人民議会(第3期)は、バアス党が166議席、連立与党の進歩国民戦線加盟政党が12議席を占めているため、アサド大統領の立候補届出が受理されること(そして選挙でアサド大統領が圧倒的な票を獲得すること)は言うまでもない(「シリア第3期人民議会選挙(2020年):コロナ禍とバアス党の「啓発」プロセス」『中東研究』第540号、「シリア第3期人民議会選挙(2020年7月)」(CMESP-J.net) を参照)。
だが、72議席を占める無所属議員(うち野党議員1人)の全員が必ずしもアサド大統領を支持する訳ではない。
アサド大統領の除く50人の立候補者のうち、議員35人以上の支持を獲得すると見られているのが、最初に届出を出したアブドゥッラー・サッルーム・アブドゥッラーである。
アブドゥッラーは、ダマスカス大学法学部卒で、イマード・ハミース内閣(2016年7月~2020年6月)と第1次フサイン・アルヌース内閣(2020年6月~8月)で人民議会担当国務大臣を務めた人物。バアス党の傘下組織である人民組織の一つシリア学生国民連合の執行局員(1985~2005年)を経て、2003年から2016年には人民議会議員(旧憲法第8期、現行憲法第1期)も務めている。所属政党は進歩国民戦線に所属する社会主義統一主義者党。党内ではダマスカス郊外支部書記長、政治局員などを歴任している。
注目候補は?
35人以上の支持を獲得するかは不透明だが、注目を浴びている立候補者もいる。女性立候補者のファーティン・アリー・ナハールである。
ナハールは、ダマスカス大学法学部を卒業後、2009年に弁護士となり、現在は弁護士組合クナイトラ支部に所属しているという。父は、シリア軍の偵察局長を務めていたアリー・ナハール退役少将。
注目を浴びたのは女性立候補者だったからではない。SNSでの露出度の高さゆえた。
ナハールの立候補が発表されると、SNS上では彼女とされる女性の写真が拡散された。
だがほどなく、この女性は本人ではなく、「薬局関係の仕事に就いていたが、自殺したロシア人女性」の写真だったことがフェイスブックで明らかになった。
また、4月25日には、自身のものと思われるフェイスブック・アカウントで、シリア駐留ロシア軍司令室が設置されているラタキア県のフマイミーム航空基地で、アサド大統領、アレクサンデル・ラヴレンチエフ・シリア問題担当大統領特使、ロシア軍士官らと会談し、シリア情勢について意見を交わしたとの書き込みがなされた。
書き込みによると、会談のなかで、アサド大統領は、ナハールに対して、彼女が選挙で勝利したら、自分と連絡をとり続け、自らの経験に基づいて支援やアドバイスをしたいと申し出たという。
書き込みではまた、アサド大統領の指導のもとで、政府の支配下にある地域の支配回復と復興に取り組むとの意思が示され、「アサドのシリア万歳」という言葉で締めくくられている。
なお、このアカウントは、4月21日に開設されているが、ファーティン・アリー・ナハール名義のアカウントはこのほかにもう一つ別のアカウントがある。