シリア大統領選挙在外投票が40カ国で実施される:レバノンでは暴徒が投票所に向かうシリア人を襲撃
38カ国で在外投票
シリア大統領(任期7年)選挙の在外投票が5月20日、各国の在外公館で実施された。
立候補しているのは、連立与党の一つ統一社会主義者党のアブドゥッラー・サッルーム・アブドゥッラー、現職大統領のバッシャール・ハーフィズ・アサド、そして反体制派のムハンマド・アフマド・マルイーの3人(届出順)。2012年に公布された現行憲法のもとで、2度目となる大統領選挙である。
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国営のシリア・アラブ通信(SANA)によると、投票が行われたのは、在外公館が設置されている60カ国(アジア18カ国、欧州23カ国、アフリカ11カ国、南北アメリカ7カ国、オセアニア1カ国)のうち以下の38カ国(ファイサル・ミクダード外務在外居住者大臣の5月23日の声明によると46カ国)。
アラブ首長国連邦(UAE)(アブダビ、ドバイ)、アルジェリア(アルジェ)、アルゼンチン(ブエノスアイレス)、アルメニア(エレバン)、オーストリア(ウィーン)、オマーン(マスカット)、イラク(バグダード)、イラン(テヘラン)、インド(デリー)、インドネシア(ジャカルタ)、エジプト(カイロ)、オーストラリア(シドニー、メルボルン)、キプロス(ニコシア)、キューバ(ハバナ)、クウェート(クウェート)、スウェーデン(ストックホルム)、スーダン(ハルツーム)、スペイン(マドリード)、セネガル(ダカール)、セルビア(ベオグラード)、タンザニア(ドドマ)、チェコ(プラハ)、中国(北京)、日本(東京)、パキスタン(カラチ)、バハレーン(マナーマ)、ブラジル(サンパウロ)、フランス(パリ)、ブルガリア(ソフィア)、ベネズエラ(カラカス)、ベラルーシ(ミンスク)、ベルギー(ブリュッセル)、マレーシア(クアラルンプール)、南アフリカ(プレトリア)、ヨルダン(アンマン)、ルーマニア(ブカレスト)、レバノン(ベイルート)、ロシア(モスクワ)。
投票は現地時間の午前7時から午後7時まで行われた。だが、イラク、オマーン、UAE、イラン、アルメニア、キプロス、インド、パキスタン、フランス、レバノンでは、投票に訪れる有権者が多く、時間内に投票を終えることができないと判断されたため、外務在外居住者省の要請のもと、最高司法選挙委員会(選挙管理委員会)は、在外公館での投票時間を午後12時まで延長した。
■各在外公館での投票の様子はSANA配信の画像1、画像2を参照のこと。
投票実施が認められなかったドイツで抗議デモ
実施された国のなかには、シリア政府の正統性を一方的に否定しているフランスなどの一部欧州諸国が含まれた。だが、米国、英国、ドイツ、イタリアなどでは、投票は実施されなかった。
このうち、ドイツでの在外投票は、前日の5月19日に中止が発表された。駐ドイツ・シリア大使館の発表によると、ドイツ当局(政府)が実施を許可しなかったのが理由で、投票日当日には、ドイツ在住のシリア人がベルリンの大使館前で抗議デモを行った。
注目はレバノンでの投票
これらの国のなかでもっとも注目されたのは、推計で150万人の在外居住者と難民が暮らすレバノンだ。同国では、前回の大統領選挙(2014年)と同じく、投票所が設置された首都ベイルート県郊外のバアブダー市にあるシリア大使館に在外居住者が大挙し、大使館に通じる道がシリア人で埋め尽くされ、大混雑したのだ。
暴徒が有権者を襲撃
しかし、レバノン国営通信(NNA)やニュース・サイトのナハールネットなどによると、在外投票に参加するため、シリア大使館に向かっていた在留シリア人やシリア難民が乗ったバスや車が、選挙に反対するレバノン人暴徒の襲撃を受けた。
襲撃に参加したレバノン人のほとんどが、レバノンの野党の一つで、レバノン内戦以来、シリアに強く反発し続けているレバノン軍団の支持者だった。組織の代表を務めるサミール・ジャアジャアが前日に出した次のような声明が襲撃を煽ったかたちだ。
レバノン軍団の支持者らは、ベイルート県郊外やベカーア県東部各所の交差点で、シリア国旗やアサド大統領の写真を掲げて大使館に向かう車やバスを待ち構え、投石を行ったり、棍棒で窓ガラスを割ったりするなどして、移動を妨害した。
ベイルート県北のナフル・カルブ(カルブ川)に近い高速道路では、シリア人数百人を乗せたバスの車列が襲撃を受け、乗っていた54歳の男性が、心臓発作を起こし死亡した。
襲撃した男性の1人(ファーディー・ナーディル)は、次のように述べて怒りを露わにした。
SANAによると、一連の襲撃によって、一部の在留シリア人やシリア難民が投票できなくなったものの、多くが無事に投票を済ませた。
民主主義は、多くの犠牲によって実現し、支えられるなどと言われる。だが、レバノンでの光景を見ると、欧米諸国によって「独裁」と非難される「体制」のもとで、民主主義の根幹をなすとされる選挙に粛々と参加する人々を、襲撃という民主主義とはほど遠い手段で暴徒が妨害する、という一筋縄ではいかない捻れが生じている。この捻れをどう解釈するかはともかく、内戦勃発から10年を経た今日のシリアにおいて、これほどまでに大規模な選挙を国内外で実施できるのは、欧米諸国が「独裁」と呼ぶシリア政府しかないということは、否定しようもない事実である。