コロナ禍の差別に苦しむ「難治性の咳」 厚労省が新たな治療薬を承認
11年もの間、咳で悩まされた患者さん
咳が出る呼吸器疾患は、たくさんあります。咳というのは自分でコントロールしにくい症状で、一度発咳してしまうと次の咳が出やすくなるという特性があり、慢性化してしまうとなかなかおさまらないという悪循環が起こります。そのため、コロナ禍では「咳差別」に苦しんだ患者さんがたくさんいました(1)。
いつだったか、咳で苦しむ患者さんが外来にやってきました(※)。
患者「長い間、咳が続くんです」
私「ちなみに、どのくらい続いていらっしゃるんですか?」
患者「11年です」
私「じゅ、11年!?」
※患者さんの同意を得てエピソードを記載しております。
慢性的に咳で悩まされている患者さんは、いろいろな病院を渡り歩きます。「喘息」「咳喘息」「アレルギー」「心因性」などと診断を受けても、治療の効果がなく、また次の病院に行くというドクターショッピングを繰り返します。
次の病院でも同じような検査を受けますが、診断がつきません。患者さんにとってこの徒労感は本当につらく、咳差別でうつ状態になってしまった人もいました。
まず、咳を診療する医師が「絶対にあなたの咳から逃げません、一緒に頑張りましょう」という意思表示をすることが重要です。でなければ、また次の病院に行ってしまうことになります。
さすがに11年もの間、咳が続くという事例はまれですが、1年、2年続く咳というのは呼吸器内科医にとっては珍しくない症状です。こういう咳のことを「慢性咳嗽(まんせいがいそう)」といいます。学術的には「8週間以上続く咳」と定義されていますが(表)、ぴったり8週間で受診することはなくて、3日目ですぐに受診する患者さんもいれば、数か月以上我慢してからやってくる患者さんもいます。
慢性咳嗽にはいろいろな病気が含まれます。喘息や咳喘息なら吸入薬、胃食道逆流症(いわゆる逆流性食道炎)なら胃薬、副鼻腔気管支症候群なら鼻噴霧ステロイドや抗菌薬といった感じで、ある程度治療法は確立されていますが、これらの治療を受けてもなかなか改善しない「難治性の慢性咳嗽」の患者さんもいます。
「難治性の慢性咳嗽」に対する新薬が承認
「難治性の慢性咳嗽」の原因には、咳が出やすい体質というものがあります。「あの人は足が速い」、「あの人は食べても太らない」など、私たちは個人個人でいろいろな差を持っています。咳についても同じで、生まれつきあるいは何かしら後天的な原因で咳が出やすくなってしまう人がいます。
こういう咳の患者さんは女性に多いことがわかっています。日常生活に支障が出る場合、咳を出にくくする治療をおこなうわけですが、日本ではこの咳に対して使える薬が非常に限られています。咳中枢をブロックする薬としては、コデインリン酸や塩酸モルヒネという薬がありますが、居合い切りのようにスパっと使うことはあっても、こちらとしても長期間処方したい薬ではありません。
ハチミツは急性咳嗽には効果があることもありますが(2)、あまり慢性咳嗽には用いられません。
一部の神経痛に対する痛み止めが咳に効くことがあるので、これを使うこともありますが、そもそも咳に対する保険適応がありません。そのため、難治性の慢性咳嗽に対する治療薬は実質これまでなかったに等しいのです。
2021年12月2日、難治性の慢性咳嗽に対して、ゲーファピキサント(商品名リフヌア)という薬剤が承認されました。気道にある咳の受容体をブロックする薬で、プラセボと比較して咳の頻度を有意に低下させることが示されています(3,4)。味覚障害という珍しい副作用の頻度が多いのが難点ですが、年単位の咳で苦しんでいる人にとって良い治療薬になるかもしれないと期待しています。
(参考)
(1) 「新型コロナの咳ではないのに…」 多くの人がいまだに悩む、コロナ差別(URL:https://news.yahoo.co.jp/byline/kuraharayu/20210627-00244702)
(2) ハチミツは、咳に対して効果があるのか? 科学的根拠は(URL:https://news.yahoo.co.jp/byline/kuraharayu/20211110-00266887)
(3) Smith JA, et al. Eur Respir J. 2020 Mar 20;55(3):1901615.
(4) Smith JA, et al. Lancet Respir Med. 2020 Aug;8(8):775-785.